王子様の側近候補 前編
前話直後の話です。
【あのふたりってさあ、結局なんなの?】
ダムが甘いコーヒーを飲みながら疑問を投げる。
彼はいつもこうやって、分からないことをすぐ口に出しているのだろう。
【フツーに付き合ってるだろ】
ダムと同類項のジョージは見たままの答えを返す。
【でもユリウスはフられたって】
ルカスは一番腕が立つということもあり、護衛を兼ねた学友としていつもユリウスの近くに立っている。今は空気を読んで、主から離れて友人たちと一緒にいるのだ。
【ユリウスが告る。キヨは断る。付き合えてないじゃん】
ノアの意見はシンプルだ。
【友達だって言ってただろ】
ロンは何気なく発言しただけのように見えたが、その場の注目が集まった。
ぽん。幼馴染みのダムに肩を叩かれた彼は、無言で深く俯いた。
ぽん。ぽん。ばんっ。みなで順番に可哀想な友のあちこちを叩く。
【さすがに無理だってロン。諦めろよ。あの王子が落とせなかった女だぞ】
こいつらすげえな。仲間内で全部筒抜けか。寮生活で隠し事できないとか言ってたけどここまでとは。
【……いや、あれそんな高嶺の花じゃねえから。王子が、ってより王子だから無理なだけ】
【じゃあロンにはチャンスあるってこと?】
【無理。アッシュデール人は弟が反対する】
【ひどっ】
ひどくない。当たり前だ。
【でもあれ、どう見ても付き合ってるだろ】
空港に向かう前に買い物したい、という希望があったため、一行は予定通りショッピングモールに来ている。
それぞれ日本土産を買ったら、もうすることがない。十代男子の買い物は一瞬で終わってしまった。仕方なくベンチでダラダラ喋っている。
カタリナとマシューはデートがてらふたりでショッピング中だ。なんだかんだ、あのふたりが一番日本旅行を楽しんでいる気がする。
父さんとルキウスに甚平買って来いって言われてるから一緒に選んで、とユリウスは清乃を独占する宣言をして別行動を取っている。
歩くふたりの距離感は微妙なものだった。恋人同士というにはよそよそしいし、異性の友人にしては近い気もする。
初々しいとか甘酸っぱいとか、そういう青春染みた言葉は似合わない。彼らの距離感は今後もずっとあのままで、あれ以上近づくことはないように思える。
それが誠吾を、ホッとするような、歯痒いような、憐憫を催してしまうような、複雑な気持ちにさせるのだ。
しかし不用心な王子様である。いざというときに小さすぎて盾にもできない女ひとりだけ連れて、人混みのなかを歩いていいものなのか。
ルカスがたまに遠隔視で様子を見守っているようだが。大人カップルも多分、デートついでに彼らの近くにいるはずだ。
フェリクスの現在地は不明。あのひとも王子のはずだが単独行動が多い。
【男が好きだって言って】
【女も多分、好きは好き】
【たまにしか会えなくても、しょっちゅうメールしてて】
「それメル友じゃね」
乗り気でない誠吾はそっとツッコんでみる。
【付き合わない、とは言いつつ明らかに特別扱いしてる】
「まあ美形王子相手だからな」
【ロンが近づこうとしたら拒否するのって、完全にユリウスのためだよな】
「ただの男嫌い」
【なんだよ、セイ。おまえ誰の味方だ】
【強いて言うなら俺の味方。おまえらの国こえーもん。親戚とかなりたくない】
【ひどっ】
多分こんなノリで出していい話題ではないはずなのだが。
【そんなこと言わずに、セイもアッシュデールで就職して楽しくやろうぜ】
【俺は無理。姉ちゃんもあんなイケメンと付き合えるような女じゃない】
【でもあれは完全に付き合ってる。プラトニックなだけ】
アレクが力強く断言する。
(精神的恋愛ねえ)
昨夜はみんなで夜遅くまで騒いでいた。
誠吾は楽しかったが、根暗な清乃は途中で嫌になっていたようだった。
適当なところで部屋に退がる大人組に交ざろうとした彼女を、ユリウスが引き留めた。
女以上に可愛いあざとさに負けて居残った清乃は、途中で力尽きた。一日中外遊びなんてやり慣れないことをした彼女は舟を漕ぎはじめる。
誠吾が姉を部屋に帰そうとするより前に、ユリウスが眠る彼女にタオルケットをかけて友人たちの眼から隠した。
気づいたときには、清乃が丸くなっているソファの足下でユリウスが目をつむっていたのだ。
またかよ、とアッシュデールでの最終日を思い出してげんなりする誠吾の足首を捕まえ、一緒に寝てくれ、と頼む王子様。
弟が傍にいなければ理性を保てないと思うなら、そういうことするな。
言いたかったが、誠吾は黙ってその場に転がってやった。床は固かったがひんやりしていて、布団の上よりも気持ちいいくらいだった。
他の連中も苦笑と共に主と雑魚寝を決め込んだのだ。
肝心の清乃の反応はというと、朝起きて寝ぼけ眼で周りを見渡してからの、やべ寝ちゃったか、だけだった。ガサツが過ぎる。
ユリウスはそんな彼女を知っているから、嫌われないぎりぎりを見極めてそういうことをするのだ。
何がプラトニックだ、と誠吾は言いたい。
【そうそう。アレクだってカノジョとまだなんもしてないけど付き合ってることになってるもんな】
【言うな。大学はじまるまでに絶対する】
【無理なほうに百エン】
単位がおかしい。彼らの国の通貨じゃないと意味ないだろう。日本で使い切れなかった小銭を片付けたいのか。オモチャにするくらいならくれ。
【俺も】
【えっじゃあ俺今月アレクが男になるに百エン】
【じゃあ俺は、今月アレクが女になるに百エン】
【どうやって】
彼女いる奴は楽しそうでいいなー。
【セイは結局、海で白いワンピース見つけられなかったんだろ】
【そー。やっぱ見間違いだったかな。後ろ姿だけじゃ分かんねーし、そもそも同じ服着てるとは限らないって途中で気づいて諦めた】
大人組に交ざって泊まった高級旅館の部屋から見た、白い後ろ姿。
あれから妙に気になって、誠吾の心はざわついていた。
そうしたら、貸別荘から見える砂浜に同じ後ろ姿が見えた。月が明るかったから、夜でもはっきり見えたのだ。
え、そこプライベートビーチ。駄目じゃん。
と思って、それを口実に話しかけようと、清乃にバレないようこっそり抜け出した。
このビーチ入っちゃダメだよ。俺ここの別荘でバイトしてるんだけど、黙っててあげるから今のうちに出てったほうがいい。家はこの近く? もう夜遅いし、送ってくよ。
頭の中でシミュレーションしながら砂浜に降りたが、そこには誰もいなかった。付き合ってくれた同室のオスカーに慰められながらまた部屋に戻ったのだ。
【ふーん】
まあこんな話、されてもふーんしか言えないだろう。誠吾自身、気になった理由がよく分かっていないのだ。
体型もよく分からないフワッとしたワンピースの後ろ姿だけで一目惚れするとかわけ分からん性癖はないつもりだし。ただなんとなく引っ掛かっているだけだ。
次に見る機会があったとしても、違う服を着ていたら気づく自信はない。もう忘れてしまおう。
【暇だしゲームでもするか。百円玉余ってんなら使い切ってから帰れよ】
カタリナが日本の下着見たいってキヨを連れてった、とユリウスとマシューがクレーンゲームの前で合流してきた。
ご当地ゆるキャラのぬいぐるみを取ろうと躍起になっているジョージ以外の男が一斉に興味を示す。
【ふたりは追い払われたのか】
【一緒に行けばいいじゃん】
【あれは無理だ。男には通れないバリアが張られていた】
【マシューにも無理なのか】
まあ無理だろう。
海外ではどうか知らないが、日本の女性用下着売場は男が入れる場所ではない。男子小学生も二の足を踏む。誠吾は前を通るだけでも緊張する。
彼女の下着を一緒に選びに行く男が存在するなんて話は、きっと都市伝説か何かだ。
【なあ、さっき話してたんだけどさ。ユリウスとキヨって結局どうなってんの?】
ダムが特攻隊長の名に恥じない直球を投げた。
【友達】
ユリウスは端的に答えた。
【じゃあ俺たちと一緒じゃん】
【違う。おまえたちはキヨの友達の友達。もしくは弟の友達。つまりただの知人だ】
大人げない。アッシュデールでは十八歳は成人だ、じゃなかったのか。
【マシューはどう思う? 大人の眼から見てもただの友達?】
【誰から見てとか関係ないんじゃないか。本人が友達と言ったら、周りからどう見えようと友達なんだろう】
大人な返答だ。さすが本物の大人。
【そうそう】
【でもユリウス様は交際中のつもりですよね】
油断を誘って隙を衝く。大人だ。
【……だっ……て、別にいいだろう。つもりでいるくらい】
【それそのうちストーカー行為を始める奴の思考だぞ。危険だ】
ユリウスは仲間に恵まれている。
おかしいことはおかしいとちゃんと指摘してくれる側近候補の存在があるために、普通に真っ直ぐ育つことができたのだろう。
【キヨは頑なですからねえ】
清乃はもう答えを出した。
頭のカタい彼女は、共に生きる将来を思い描けない男と付き合うことはできない。
自分はアッシュデールで生きることはできないからと、迎え入れる姿勢を見せる彼の国を拒むことを決めたのだ。
【キヨは付き合うなら肉体関係を持たなきゃいけないって思い込んでるから。接触無し、イコール付き合ってない、セーフ。って考えみたい。だから、接触さえしなければつもりでいても問題ない】
【だから、の後が強引】
【キヨって意外と頭の中爛れてるんだな】
【大学生ってそんなもんか】
【らしいよ】
偏見だ。そんなもの人によるだろう。
大人と子どもの狭間の人間が集まる日本の大学は、貞操観念の個人差が激しいところだ。
緩い人間もいるが、清乃のような潔癖な人間も珍しくはないはずだ。彼女はケッペキな自分を自覚しているせいか、周囲の意見を取り入れ過ぎてしまったか。変な染まり方をしてしまっているようだ。




