お薬とわたし
仕事してて遅くなった
私は、女王エリザベート。
仲良し独裁政権の君主として、王国の統治にあたっている。
私と王国の首脳陣は割と堅密な関係で結びついたファミリーであるのだが、実は国外にも親しいフレンドがいた。
教皇ルチアその人である。
まぁ、あのルチアちゃんだ。
父親を泥棒猫に寝取られた被害者仲間。
今年で在位五年。
数少ない同性の同業者。
私は彼女と超仲良くさせてもらっていた。
まぁなにせ、他国との首脳会議なんて還暦近いおっさんとじいさんばかりだからね。
若い女は珍しい。
結果、絶え間ないセクハラ攻勢にさらされるのだ。
そこで同盟を組んだ私とルチアは、デリカシーのないおっさんどもをちぎったりなげたり落としたりして国際社会で確固たる地位を築き上げていたのである。
今や私達は、美人過ぎる女君主とかいう声望すら得ているのだ。
なかなかのものと言って良いだろう。
まぁ、私は、オスカーによると美人らしいし、ルチアは万人が認める美人。
このこっぱずかしい二つ名を定着させるのは、さほど難しいことはなかったよ。
ちなみに二人は、綺麗な方がルチア、丸い方がエリザと呼ばれて区別されている。
私は、私を丸い物体呼ばわりした商国外務卿を酒の席に呼び出してから、コレットに闇討ちさせた。
タマを握られた商国とは、表向き平等な顔をした不平等通商条約を結ばせてもらっている。
王国宮廷外交の一幕である。
この日、ルチアは王国を公式訪問中だった。
あの戦争で結んだ和平条約を更新するためだ。
まぁ、恒久平和なんてあてになるもんじゃない。
故に平和条約は、ちゃんと期限を区切って五年ごと更新することにしていたのである。
私は現実主義者なのだ。
もっともルチア自身に関しては、春と夏と冬の長期休暇には王国に遊びに来ているので、彼女と会うのは特に懐かしさは感じない。
むしろ、またどら猫がやってきた感が強い。
ルチアも慣れたもので、その頃は、王城の離れを自分の離宮代わりに使っていた。
王国だと暗殺の心配せずに済むから楽なんだってさ。
この図々しい女教皇は私の家族にもすっかり受け入れられていた。
説くに、もともと物怖じしない我が娘クリスはすっかり親戚のお姉ちゃん扱いで懐いている。
ルチアお姉ちゃんと懐かれて、聖国の女教皇はでれでれと鼻の下を伸ばしていた。
今も彼女は、お気に入りのソファーにどしりと尻をしずめ、両腕でクリスをがっちり拘束しつつ、その頭頂部をふんがふんがと嗅いでいる。
絵面が若干変態くさい。
ティリーはルチアから危険な物を感じたらしく、びびって近づこうとしないのも納得だ。
クリスのほうはだらしない顔で喜んでるから、とりあえずは放っているけど。
ひとしきり我が娘の頭皮の香りを楽しんだらしいルチアが顔を上げた。
「でさ、聞いてよ、エリ姉。実は私、ちょっと悩みがあるのよ」
「なによ? 子供を寄越せって話なら断るわよ。自分で作りなさい」
「違うわよ。自分の子は要らないわ。他所の子じゃ無いと好き勝手かわいがれないもの。それにこんなに可愛い子ができるとは思えないし」
「おまえ、何言ってんだ」
人んちの子供を堕落させるんじゃない。
クリスとか、頭はいいけどおバカだから、すぐにのせられちゃうんだぞ。
今も「よくわからないけど可愛いってほめられた!」、どや顔で、眉毛の端をしゃきーんってさせてるし。
ルチアはにまにましながら言葉を続けた。
「そんなんじゃなくて、貿易赤字よ」
「貿易赤字」
「そう。対帝国の貿易赤字が膨らみすぎて困ってるの。それで相談したくって」
「そういう真面目な話を、人の娘の脇腹を鷲づかみにしながら言わないでくれ」
ルチアはへらへらと笑いつつ、目だけは真剣にクリスの横っ腹をくすぐりたおしていた。
クリスは、きゃはーと無邪気な歓声を上げる。
平和な光景だ。
ルチアに子供を任せるのは危険だな。
私は用心することにした。
貿易赤字。
いきなり君主っぽい話で恐縮だが、国王にとって統治とはそれ即ち国を通じた金稼ぎ。
この手の話は避けて通ることができないのだ。
まぁ、国なんて物は儲かっていてもいなくても苦労はそれなりに存在する。
我が王国も例外では無く、経済大国の帝国をお相手に、それなりの苦労を強いられていた。
なにせ、帝国はでかいうえに自助努力を旨とする自由主義のお国柄。
弱者だからと情け容赦はしてくれないのだ。
奴らは経済活動となったとたん遠慮会釈無くむしり取りに来てくれる。
とても大変なのである。
今だって、王国の資本を買いあさり、土地を買いあさり、有り余る財力で立法と司法にロビー活動でくちばしを挟もうとする。
私にあれほど好意的なアリスでさえ、経済関係となると容赦はしない。
「万が一、王国が経済破綻したら、我が家にいらして下さいませ。お姉様」とか言って、自由貿易路線でがんがん帝国企業を誘致してくれちゃっているのである。
去年、奴の家がうちの国で荒稼ぎしたお金の量は、うちの国の年間予算のうん十パーセントに相当する。
奴はバカみたいに王国で利益をあげているのだ。
おっかない女だ。
アリスのSはどSのSだ。間違いない。
ちなみにアリスの綴りはAliceなのでSはどこにも入っていない。
王国は生産拠点は多いし人件費は安いから、貿易収支は黒字。
でも最近は、小金ができた王国民が帝国に旅行に行くことも多くて、お金をいっぱい帝国におとしてくる。
その分のお金は当然出ていくし、王国企業は資本を帝国にがっつり握られてるので、所得収支は真っ赤っか。
当然、予断は許さない状況なのだ。
最近の私は、お部屋で帝国製のビスケットをかじりながら、帝国産品への関税をどうするかについて息子のティリーと意見を戦わせる毎日だ。
保護主義に舵を切るなら聖域は設けるなと正論をのたまう我が息子に、お菓子だけは無関税のまま頑張りたいと私は意見をぶつけている。
だいたいの場合、現役女王の私が、三歳児の息子に論破されて終わる。
面目など潰れきっているので、私はもはや気にしていない。
帝国クラッキー社製のビスケットはおいしいのだ。
これを無くすわけにはいかぬ!
とまぁ、王国の状況はこんな感じ。
しかし、それでも我が王国はまだマシだった。
なにせ、にっちもさっちもいかなくなったら帝国に併合してもらうという最終手段がとれるからね。
でも、聖国はそうはいかない。
なにせ、独立国で、一度戦争もしてる彼等は、両国ともくっつきたくはない。
しかし、聖国の産業構造は帝国に周回遅れにされている。
結果、がんがん外貨をすわれていて、故に、対策が必要なのだそうだ。
「というわけで、外貨獲得手段が欲しいのです。それでエリ姉に相談にしにきたの。聖国と王国で、経済同盟を組んで帝国に対抗したい! そしてなんとか生き延びたい!」
「いきなりぶち上げてくるわねぇ。まぁ、頼られるのは悪い気はしないけど。でも勝ち目はあるの?」
「無くはないわ! 経済ではだめだめだけど、思想では勝ってるもの。帝国への布教は結構すすんでるのよ!」
ルチアはぎらりと瞳を輝かせた。
この言葉も本当だ。
なんと、ルチア、大胆にも旧敵国の帝国へ、宣教師による布教攻勢をかけていた。
聖国の教えは「人の間違いを許し、そして自分の間違いを許してもらえる教え」として、今、帝国で勢力を急拡大中なのだ。
聖国が説く寛大な神様の存在は、割と自国民にも容赦ない帝国民の心の隙間に入り込み、じわじわと勢力を拡大させている。
まぁ、どんなお金持ちだって間違いはおかすし、人生に後悔の一つや二つはあるものなのだ。
その時、だれかから「いいんだよ。許してあげるよ」って言ってもらいたい。
そこにルチアはつけ込んだのだ。
それをお前が言うのかルチアという気分はちょっとあるけども。
でも、宗教家なんてそんなもんだからね。
しかしルチアは、宗教人としては本当に良識人なのだ。
聖職者が貪るんじゃない! と厳しく戒めてもいるみたい。
で、その分、信者さんからのお布施はあまり期待できないらしく、ちょっと困っているそうである。
「それで、良いアイデアを一緒に考えてもらいたいの。早くて確実で大規模化しやすくて、しかも競争優位性を維持しやすい産業計画、なんかないかしら?」
「そんなものあるわけないだろう。バカか貴様は」
「あら、お帰りなさい、オスカー」
ここで、我が夫オスカーが突っ込みと共にもどってきた。
小脇にはティリーを抱えている。
今日は外で鍛錬の日だったはず。
放っておくと、ティリーはずーっとぼーっとしているので最近はオスカーがよく連れ出しているのである。
ティリーは「わー、やめろー」とか言いながら、無気力に連行されている。
鍛錬は嫌だが、抵抗するのも面倒らしい。
誰に似たのか、とことん低燃費な息子である。
今日も外で二人で暴れていたらしく、ティリーは若干ぼろくなっていた。
オスカーは、すっきりした出で立ちのままである。
かれはしゃきしゃきとした歩調で歩いてきて、ティリーを床に放り出してから上着を近くの机に脱ぎ捨てた。
「エリザ、飯にしよう。なにか希望はあるか」
「こないだ頂いたパンチェッタがおいしかったです。あれ下さい」
「図々しいな、ルチア。お前の希望は聞いてないぞ」
「なぜですか? 私、お客なんですけど」
「黙れ、居候。食費ぐらいは置いていけ」
「ひどーい。外交儀礼がなってませんよ、ミスタ・オスカー。単なる王配のくせに。あと滞在費は払ってるのでお忘れ無く」
二人はニマニマ笑い合いながらやり合っていた。
オスカーとルチアは、相変わらず仲が悪くて、私はほっこりだ。
しばらく減らず口をたたき合っていたオスカーだが、一つため息を残すと厨房の方へと向かった。
今日のお昼もオスカーのお手製。
これが美味しいんだ。
トマトソースでパスタを作ってくれるらしい
クリスなど、「お父様のお料理はお母様より美味しいの!」とか、いらん情報はいちいち言ってくれる。
主夫としての我が名声は既に血に潜り込んでいる。
オスカーの姿が消えたところを見計らって、ティリーがむくりと起き上がる。
それからスタスタと歩いてくると私の隣に腰掛けた。
疲れた疲れたと口では言うけど、この子も大概タフだ。
ティリーの髪の毛を撫でると、朝使ったシャンプーの香りがした。
「で、外貨獲得手段だよね。でも、ごめん。やっぱりぱっとは浮かんでこないわ」
「難しそうかしら?」
「関税同盟ぐらいならいいけど……。でも、あの帝国相手にお金を稼ぐとなると、売れる商品なんてそうそう思いつかないわ」
「やっぱりかー」
二人してへこっと頭を垂れる。
いや、簡単に商品が浮かぶなら、どこの君主も起業家も苦労はしない。
そうじゃないからみんな困っているのである。
まぁ、持ち帰ろう。
それで閣僚みんなで協議してみよう。
じじいと私で無い知恵絞れば、何か出てくるかもしれぬ。
なんて私が考えていると声が横からかけられた。
これまでだまって私達を見守っていたティリー王子であった。
「ルチア様、お母さん。もしかして、通商の話ですか?」
「そうよ。聖国の対帝国貿易赤字が酷いの。それでどうしようかって二人で考えてたの」
「貿易赤字の解消……。 なら、王国の薬を聖国経由で売ってもらえば良いのでは?」
「簡単に言ってくれるけど、多分無理よ」
私はため息を吐く。
「だって、帝国には薬なんてあふれてるもの。うちで作った薬なんて絶対に売れないわ。陳腐化してるし」
ここにルチアが付け加える。
「それに、聖国を経由して売る必要もありません。王国の産品は王国で売ればいいですし。でも、私の国のことを心配して下さるのは嬉しいです。ありがとう、ティリー王子」
ルチアもしょんぼりした顔だ。
でもちょっとだけ、返事する声音が高い。
ティリーと絡めたから、それが嬉しいのだろう。
ルチアからはショタコンの風を感じる。
私は警戒を強めた。
私とルチアの反応はいまいちだったのだろう。
ティリーは「えぇぇ……、そこから説明するの?」みたいな顔でこっちを見た。
この顔は知ってるぞ。
天才ティリー坊やが、凡人共を見る時の顔だ。
私は姿勢を正す。
ルチアが「えっ、なにかあるの?」って顔でこっちを見た。
彼女は知らんのだろう。
最近の王国の政策はこの幼児の頭から出てるって事を。
ティリーはこほんと咳払いすると、彼の考えを聞かせてくれた。
「お母さん、ルチアさん。まず、物を作って売るということについて説明します」
「はい」
「この時、ものの作り手と売り手が、一緒である必要はありません。開発力がある国が作って、販売網を持つ国が売れば良い。ここまではいいですか?」
「はい。そこまではわかります」
「王国は自給自足の国です。自分で物を作るのは得意。それに帝国のサプライチェーンと独立して物を生産できる強みがある。反面、ド田舎の人間らしく商売は苦手です」
「サプライチェーン……」
「ド田舎……」
「一方で聖国は国策で布教を進められるぐらい人の心に取り入るのが得意です。物を押し売りするにはもってこいの国でしょう。つまりマーケティング力に長ける。口ばっかり達者で物作りはさっぱりですけど」
「マーケティング……」
「口ばっかり達者……」
専門用語と悪口が交互に出てくる。
まぁ、王国はそんな感じだ。
あと、なんか聖国って悪の組織みたいだ。
人の心に取り入るのが得意とか、それっぽくない?
「なんか、うちの国、悪の組織みたいですね」
どうやら、ルチアも同じ事を思ったみたい。
ティリーは頷いた。
彼も、聖国を悪の組織と思っているようだ。やっぱりな。
「要するに、生産と販売は別々に担当する体勢で行くのです。コカコー○と○カコーラボトリングみたいなものです」
「聞いたことが無い会社ね」
「こっちにはないんでしたっけ? まぁ、単なる例です。あれは独禁法を回避するための方便ですし。で、今回の商材であるお薬についてですけど、さらにつっこんだ議論ができます」
「……続けて」
「ルチアさん。僕のお父さんとお母さんが別々の薬を売っています。どっちから薬を買いたいですか?」
「そりゃもう、エリ姉よ。オスカー様からもらった薬なんて、例え良い薬でも効かなくなる気がするわ」
「そうでしょう。ところで、いま、ルチアさんは、薬の効き目なんて議論せずに、お母さんから買うことをえらびましたよね?」
「そうですね」
「薬の効き目は二の次。これはどの消費者にも言えることなのでは?」
「あっ!」
私にも、ティリーが何を言いたいのかわかってきた。
ルチアも顔を上げる。
「いいですか。薬を買うとき、お客は成分や薬効なんか見ていません。薬の効き目は使ってみなければわからないですから」
「たしかに、そうね」
「つまり売れる薬は、効く薬じゃないんです。効きそうな薬が売れるんです」
がーん。
な、なんということだ。
薬の効き目なんて二の次だったのか……!
私は製品開発するときも、結構大真面目で薬効の調整してたんだけど。
ルチアも気付いたらしい。
「まじか!」って顔になっている。
そして、成り行きを黙って見ていたクリス嬢は、知ったかぶりの本領を発揮。
「うんうん、私は最初からわかってたわよ」って顔で貫禄たっぷりに頷いた。
そんな年長者三人を前に、ティリー先生は説明を続行。
「もう一度言います。効きそうな薬が売れるんです。そして、その効きそうな雰囲気を出すのは、ルチアさんです。宗教なんて中身は空っぽ。そんなものまで信じさせて押し売りできるルチアさんなら薬売るぐらい楽勝です」
「その通りね!」
「いや、その通りどじゃないわよ、エリ姉!」
思わず私が相づちを打ったところ、ルチアから突っ込まれた。
ルチアが姿勢を正してから補足。
「まぁ、でも私達の活動には、救貧や奉仕活動もありますから。そういうところで信用は稼げていると思います」
「そうです。まぁ、どっちでもいいです」
ティリーは頷いた。
「これが、聖国がつけられる付加価値になります。どこのだれにも真似できない。既存のありふれた薬を使って、競争優位性の高い商品を市場に出せる。それを貿易赤字の解消に役立ててみては、という提案です。物を作るのは、ぶっちゃけ簡単なんで、まぁ、生産ライン抱えてていて秘密保持契約結びやすい王国と組むのをオススメします。……こんな感じでどうですか?」
ティリーがこう締めくくると私達のほうをみた。
部屋に沈黙が落ちた。
「天才かよ……」とルチアがつぶやいた。
私は、今朝やり込められた時の事を思い出して苦い顔になった。
クリスは、私達二人の顔を見比べてから、なぜかカエルのごとくふんぞり返った。
この娘からはつくづく血のつながりを感じる。
日頃から弟の手柄は私の物と言い張っているからな。
ルチアががたりとソファから立ち上がる。
クリスはトノサマガエルのポーズのまま、ぼとりとその膝から転がり落ちた。
「いけそうな気がします! 素晴らしいアイデアをありがとうございます、ティリー王子! エリ姉、早速、計画について詰めたいの! 新商品じゃ無くて、枯れてる感じの常備薬でうちに卸せそうなものはないかしら?」
「いくつか見繕うわ。探せば何個もあると思う」
「私はそれを教会経由で普及しますわ! 取り分についても話しましょう」
どんどんと話がつながっていく。
実務家肌のルチアはいきいきした顔を浮かべていた。
すっかりやる気になっている。
しかし、ティリーはすごい。
乳牛エリザの股から出てきたとは思えん賢さだ。
そんな彼は盛り上がる大人二人を、孫を見守るおじいちゃんみたいな目で眺めていたが、はっと何かを思い出したように手を挙げた。
ん、なんだい?
「あの、それで、お母さん。ルチア様。もし新規にプロジェクトを始めるなら、僕をしばらく専任にしてもらえませんか? 鍛錬したくないんです」
「「それは、だめ」」
ティリーは頭脳労働の方が好きなのだ。
知ってる。でもだめ。
君の頭の中身が幼児でないことは私はよく知ってるけど、ボディは小さな子供なのだ。
ちゃんと体も鍛えなければ駄目である。
エリザベートはお母さんだからね。
さて、そんな経緯で、王国で作った薬を聖国が販売する計画がスタートした。
どんな薬が良いだろうか。
薬効がわかりやすくて、安全で、沢山作って沢山売れる、そんなのが理想だよね。
私は薬品の総覧をためつすがめつしながらうなりをあげた。
そしてティンときたものをピック数r。
「ああ! ちょうどいいのがあるわ!」
「どんな薬ですか!」
「胃腸薬なんだけどね。私愛用のお薬なの!」
「特長は?」
「苦くて、臭い!」
ルチアがいやそーな顔をした。
いやいや、それがすごく効くんだよ。
私は、役人を一人呼んで、そのお薬をもってきてもらった。
差し出された茶色の小瓶を受け取って、蓋をあける。
ケミカルな臭いと共に、黒い丸薬が顔を見せた。
試しに臭いをかいだルチアは、劇物に鼻を寄せられた子犬みたいな顔をしてみせた。
「まじで臭いわ」って彼女の顔に書いてある。
まぁねぇ。
いかにもお薬って見た目と臭いがする代物なのだ。
私のお気に入りの胃腸薬。
王国でも広めようとしたんだけど、「人間が口にするようなもんじゃねぇ!」と、却下されてしまった内服薬だ。
お祖父さま一押しのお薬だったのだけど、「こっちじゃさっぱりうけなかったな」って残念がっていた。
「これを飲めば腹痛はぴたっと止まるわ。副作用もない。いろいろと使い方はあって、例えば潰して虫歯につめたりとかもできちゃうわ」
「すごい万能薬じゃないですか!」
「そう、すごい薬なの! でも見た目と臭いがコレだからね。普及に大失敗しちゃって、それでお蔵入り」
「なるほど。まぁ、たしかに、人間が口にするものには見えませんものね」
それからルチアは腕を組んで、ちょっとだけ考え込むと、何かを思いついたように表情を輝かせた。
どうしたのか?
「私、商品名を閃きました! 『聖露丸』というのはどうでしょう!?」
「おい、やめろ」
「えっ、いいじゃん?」
なぜかティリーからはダメ出しが出た。
でも、私はルチアの案に賛成だよ。
やっぱり聖国の商品っぽさはだしたいから聖の字があるのは良いと思う。
ついでにいうとお薬のイメージって、やっぱり「水」。
だとしたら、聖露丸ってぴったりじゃない?
ルチアがぐっと拳を握り込む。
「これは、いける。いける気がするわ!」
「うん、いけるいける。大ヒット間違いなし!」
なぜか慌てるティリーの「あああ……」みたいなうめき声を背景に、私とルチアは盛り上がった。
この聖露丸を皮切りに、帝国の市場に殴り込みをかけるのだ。
それからトントン拍子に話は進み、一部生産ラインを使って聖露丸の生産が開始。
早く現物を寄越せというルチアの督促に従って、それから約三ヶ月で、聖露丸の第一陣が、世の中にリリースされたのだ。
こうして聖露丸がよにだされることになったのだ。
で、結果から言おう。
この聖露丸、販売開始から爆発的な売り上げを記録した。
まず、第一の理由は、薬効だろう。
これが確かなものであったのが大きかった。
あと意外と即効性がある。
いや、まじで、腹痛がピタッ止まるんだよね。すごいのだ。
売るときに最大の障壁になってたのは、やっぱり、とても薬に見えない見た目と臭いと味である。
でも、そこをルチアが教えパワーで乗り越えさせたのだ。
あのケミカルな物体Xをして、「逆にすごい効果があるのでは」と錯覚させちゃったのである。
ルチアのカリスマと騙す力はすごい。
宗教的な思い込みが口コミのスピードを加速させた。
そしてこの聖露丸はすごいお薬だと帝国と聖国であっという間に広まったのである。
しかもだ。
時節まで、私達に味方した。
折しも帝国では、海を越えた南方への進出作戦が本格化していた。
異国の地、南の島、危険な生水と風土病。
そこに聖露丸が上陸した。
戦地の帝国軍はいまいちぱっとしなかったけど、聖露丸は大活躍だ。
南方戦線は割と泥沼な様相を呈していた。
そこで戦う将兵に、わずか半年で決着した聖国遠征への憧憬も深かったらしい。
薬効だけに留まらず、験担ぎもしたい兵士さんの間で、聖露丸は広く普及したのである。
ちなみに南方遠征は失敗に終わって帝国軍は撤退した。
何度かオスカーを貸してくれと連絡があったけど、四人目の子供を欲しがってたオスカーが断固拒否の姿勢をくずさず、その話はお流れになった。
帝国外務省のおっちゃんは泣いていた。
そんな感じでこの聖露丸は売れに売れ、私達は作りに作った。
商才逞しいルチアは、すぐに商品の横展開に着手。
最初は内服薬、次に外用薬、健康食品、最後は美容品にまで手を出した。
新製品はおおよそ二割の確率で大ヒット、七割はまあまあの成功を収め、残る一割は黒歴史になったので蓋をして両国の歴史と商品ラインナップから抹消されたのである。
この売り上げを通じて、王国はすっかり経常黒字が定着した。
聖国でも多少赤字が緩和して、ルチアは宮廷費を組めるようになったそうだ。
私はほくほくした顔で、プロジェクトに関わってくれたみんなにボーナスを出し、そしてルチアはお礼をしたいとティリーを聖都まで呼びつけて、事案まがいの行動をして見張りのコレットにしばかれていた。
大殊勲のティリーは、「僕には休みを下さい」と訴えるので私は有給休暇をいくつか支給してあげた。
もともと彼は週休五日のはずなんだけど、休みが多いと、かえってぱぱから引きずり出されやすいんだよね。
まぁ、ティリー坊やは三歳児の頭脳じゃ無いからあんまり心配してもしょうがない。
お母さんはティリー君の中に四十過ぎのおっさんが入っていても気にしないよ。
それから数年、聖都の宮殿を改築したルチアから手紙をもらう。
中には、成金のおばさんみたいな部屋で微笑むルチアちゃんの写真と共に、戦後に負けず劣らずの感謝の言葉が連なっていた。
世の中、どう転ぶのかはわからない。
血で血を洗う闘争をした聖国と王国の関係は、こうしてよくわからんところで深くなったのである。
大成功を祝して、聖国と王国の関係者が一同に介しパーティーを開いたりもした。
「こんな事になるなんてなぁ」と以前の戦争を知る人間は、お互い複雑な顔で笑い合ったのだった。
一緒に飲む酒は、やっぱり美味しかったそうだ。
私が混ぜ込んだ薬草のせいで、若干複雑な味がしたそうだが。
さて、最後に私の話だ。
そんな聖露丸だが、実は、我が王家では禁止薬剤に指定されることになった。
聞くも涙、話すも涙のアホらしい事件が発生してしまったのだ。
何分王家の恥、できれば秘匿しておきたいのだけど、皆さんにだけはお教えしよう。
アホらしい気分で聞いてもらえれば幸いだ。
やらかしたのは、王女クリスだった。
いや、子供って、臭い物大好きだよね。
実はうちのコモでさ……。
彼女は、我が王家で一番のがきんちょだ。
そして、クソガキ・オブ・クソガキだった幼き日のエリザベートの精神を全うに引き継いでいた。
加えて父譲りの闘争心もそのハートに宿している。
そんな彼女のプリンセス悪戯ハートに、聖露丸の放つ刺激臭が火をつけた。
う○こ大好きながきんちょとメンタリティが変わらない……。
クリスは考えた。
この聖露丸は、臭くて苦くてごりごりした触感をもっている。
こいつを生意気な母親の鼻にしこたま詰め込んでやった日には、さぞ爽快な気分になれるだろう、と。
聖露丸で、鼻の穴をごりごりさせる母の哀れな姿を想像し、彼女はニンマリとほくそ笑んだ。
善は急げだ!
クリスは、よりにもよって聖露丸成功パーティーの夜に作戦を決行に移したのだ。
夜。
奴は聖露丸を満載した茶色の小瓶を片手に私の寝室へと忍び込んだ。
偉大なる王国女王エリザベートに夜間浸透襲撃を敢行したのである。
まぁ、私、起きてたけどね。
戦争経験者をなめてもらってはこまるなぁ。
ベッドの上にのこのこやってきたこの小さな狼藉者を、私はがばっと取り押さえ、こいつの鼻に聖露丸を詰め込み返してやったのだ。
女王エリザの逆襲である!
クリスは必死に抵抗したが、オスカーとしょっちゅう格闘してる私は意外と組み手が上手かった。
えっさえっさと私は聖露丸をつめこんだ。
鼻一杯に広がる薬品臭にクリスは鼻水をたらしつつ、赤ちゃんみたいにギャン泣きした。
私がからからと笑い勝利の凱歌をあげ、こうして聖露丸夜戦は終結したのである。
まぁ、この後、同衾していたオスカーから雷を落とされたのだけど。
「限度を知れ! 見ろ、鼻にトリュフ詰めた豚みたいになってるじゃないか!」
豚呼ばわりされたクリスはまた泣いた。
こうして、騒ぎは無駄に拡大し、最終的には近衛までもが動員されて、事が明るみに出てしまう。
夜中にたたき起こされたコレットが「もう金輪際、この薬は使わぬように!」と怒ってしまい、こうして聖露丸は王家の薬棚から姿を消してしまったのである。
ああ、なんとおバカな一家だろう。
まとめてみるとなお酷い。
まぁ、お薬は、用法用量を守って正しくお使い下さいという話。
それができなかった我が家族は、医者の分際で注意書きを無視したと大変な問題になったそうな。
我が王家は、そんな感じだ。
私達は、その日もそれからも、皆仲良く賑やかに暮らしました。
めでたしめでたし




