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アゼルスタン平原の戦い


聖国軍に動きあり。


前線から、聖国軍が王国へ侵攻する気配を見せていると伝令が届いた。


もぞもぞしているらしい。

なんだもぞもぞって。


まぁ、十中八九、王国への再侵攻を企図したものだろう。

すぐに追加情報が来て、集結中の兵力は約二万程度と判明、これもこちらの予想を裏切るものではない。

聖国軍の指揮官はまたしてもランスロットとのこと。


性懲りも無く復讐戦を叫んでいるという追加情報ももたらされた。


俺と共に、この報告を受けたエリザは眉間に皺を寄せながら、当然の疑問を口にした。


「なぜ、またらランスロットが指揮官……? 前にあれだけやられたのに更迭されないものなのかしら?」


「政治的な思惑だろうな。教皇がそれをおせば覆るまい」


「でも、これではわざわざ負けに行くようなものではありませんか。聖国にはなにか企みがあるようにも思われます」


敵の謎采配が逆に彼女を不安にさせている。

ある意味で成功しているのではないか?


「これは追加の情報になるが、おそらく今回のランスロットは単なる神輿だ。どうやら聖国は聖堂騎士団を動員したらしい。実質的な指揮官は騎士団のだれかがあてられるはずだ」


「聖堂騎士団?」


聞き慣れない響きであるのだろう。

エリザは首を傾げ、胸の下で腕を組んだ。


自然、体の一部が強調されたので、俺は慌ててそっぽ向いた。


「神殿騎士の精鋭集団だ。個々人の練度に関して言えば、聖国でもっとも強力な集団だろう」


「率直に聞きます。彼等は脅威でしょうか?」


本当に率直だな。


「ううむ、状況による。強さとはおしなべて相対的なものだ。連中は戦闘になると隊列を組んで突撃してくる。複雑な戦術は採らないはずだが……」


「それだけ聞くと、弱そうに聞こえますね」


「いや、侮るのは早計だ。単純な戦術であればこそ効果的でもある。重装騎士の突撃はそれだけで大きな衝撃力を持つからな」


人馬の質量が速度を乗せて突っ込んでくるのだ。

これに生身で立ち向かうのは恐ろしい。


「重くてでかくて速い。加えて戦闘技術も積んでいるとなれば相応の脅威。戦車は恐ろしいだろう? あれに近いものさ」


「ああ、なるほどー。よくわかりました。私の訓練に付き合ってくれた兵士さんも顔引きつってましたものね」


「まぁ、単純な突撃が相手なら対抗手段も多い。それよりも戦闘時の段取りだ。エリザには戦車に搭乗してもらいたい」


俺の言葉に、エリザは煤けた顔で頷きを返してくれた。


ここで俺は、明言しておきたいと思う。

俺はエリザに戦車を提供した。

頑丈で、大質量で、微妙に居住性に富んだ鉄の箱だ。


だが、俺は、エリザをこれに乗せて突撃させる気は毛頭無い。

あれは戦場の中でエリザが万が一包囲された時に、自力で突っ切って逃げるために用意した代物で、彼女に訓練を施したのもいざという時に備えてのことだ。


間違っても彼女に、撃破スコアを稼がせるためではない。


ただ、帝国軍は全軍もって出撃する予定であったので、エリザにも遠征に同道してもらう必要があった。

ああ、そうだ。王国軍との役割分担も話しておかなくては。


「遠征の間、エリザの身はこちらで護衛する。それとは別に王都の守りが必要だが、これを王国軍に任せられないか? 現在の王国軍はその任に堪えられるか教えてくれ」


エリザは少し思案してから、力強く請け負った。


「問題無いと思います。みな仕事をしたがっていました。首都防衛ぐらいは自分たちにさせてくれ、と。ちょっと高齢化が進んでいますけど、あと半年ぐらいは彼等の寿命ももつはずです」


「そうか、ならば俺は爺共のお迎えが来る前に、作戦を終わらせるようにつとめよう」


俺は王国の騎士団長らに王都の防衛を委任した。

エリザにお迎えが近いと評された爺様達であるが、確かに奴らは張り切っていて、久々の仕事を前に、早速警備のシフトを組み始めていた。

多分死ぬまでにはまだまだ期間が空くだろう。


王国兵は妙に好戦性が高いのが不安の種だが、それいがいはとても信頼できる。


俺は、王国軍の騎士団長とも実務的な話し合いをし、戦場で頑張るエリザの土産話を持ってこいとも約束させられて出撃することになった。

年が明けてから、およそ一月が経っていた。



さて、この遠征。

エリザとその側近に加えて、ルチアも同道することになっていた。


かの聖女様は戦後処理に絡んだ大役があるのだ。

彼女には一芝居してもらう予定である。


「ぬかるなよ」と俺がルチアに言うと、「慣れてますから」と奴はそっけない返事をくれた。

それから、自分用の馬車の手配をすると言って、アリスのところへ歩いて行った。


無愛想な聖女と入れ替わりにエリザがやってきた。

彼女が話題に出したのもまた乗り物の事だった。


エリザはちょっとだけご機嫌に頬をゆるませていた。


「オスカー、私用の馬車も準備してくれたんですね。私、戦車に乗っていくのかと思ってました」


「馬鹿を言わないでくれ。あんなデカ物を王都から走らせたら魔力が枯渇してしまう。移動は普通に馬車を使う」


俺の言葉に、エリザは心底不満そうな顔をした。


「でも、あの馬車、装甲馬車でした。あれだけ無骨なら、戦車は要らないんじゃありませんか?」


「それこそ無謀だ。あの装甲では、歩兵に纏わり付かれたら終わりだ。戦場では戦車を使ってくれ。だが、平時は馬車旅のつもりでいてくれれば良い。英気は戦場まで取っておいてくれよ」


「じゃあお言葉に甘えます。良い馬車でした。オスカー、ありがとう!」


「アリスに言え」


「そっちには、もう言いましたから!」


最近のエリザは、大変に気安い。

それが、ちょっと楽しい。


彼女には相変わらず女王の威厳はないが、その分、可愛さが増量中で見ているとほっこりする。


まぁ、見た目こそ女王らしくない彼女だが、世の姫君よりもよほど覚悟はできているようで、


「どんな死地でも、慌てず騒がず踏み潰していきましょう!」


と、配下と共に気勢をあげていた。


俺は彼女を死地になどやらぬよう、手を尽くさねばなるまい。

ちょうど俺のところに打ち合わせに来ていたマルノイもエリザの言葉を聞き留めていた。


「名誉に賭けて、エリちゃんを危ない目に遭わせないように気を付けてよね。一番危なっかしいのは浮き足だったスカさんだから」


どうやら、俺は、旧来の部下の信用についても失いかけているらしい。

俺にとってもこの遠征はちょっとした試練になりそうである。




俺たちは出撃した。

帝国軍騎兵部隊一万に、エリザ一行、そこにごくわずかな女王護衛の王国軍親衛隊が随伴する。


進軍路は事前の偵察と合わせて策定済み。


王都より南に進出、その後大陸公路に合流後、東へと進路を取り、聖都を目指すルートである。

まず迷う事のない単純な道のりで、沼沢地や森林地帯を回避できるため、戦車も随伴させやすい。


聖国軍は聖国軍で、こちらの王都を目指して進軍するはずだが、この動きは無視する事になっていた。


なにせ奴らは、亀もあきれるほどに足が遅い。

お互いがお互いの本拠地を目指した場合、こちらが聖都に取り付く方がよほど早い以上、聖国軍は王都への攻撃ではなく迎撃を優先せざるを得ないのだ。


速度で優越する以上、戦争における主導権はこちらにある。


俺達は、マイペースに進軍し、マイルールで主戦場を決定するのである。


果たして、聖国軍は進路を変更し、我らが連合軍へとその矛先を向けた。

そして、両軍は聖国内東部の街道近く、アゼルスタン平原で対峙することになったのである。




アゼルスタン平原は、名前の通りの平原だ。

聖国辺境の地であるが、一面に続くなだらか平地は、雨期になると一面の花畑になるらしい。

今は冬枯れの茶色がただひたすらに続いているわびしい場所であるが、遠乗りのすぽっとであるとルチアから情報を得た。


その枯れ野も、草の丈は膝より低い。

騎兵にとっては動きやすいし、敵に奇策を弄する余地も与えないだろう。


なにせ俺達は王国の女王エリザと聖国の指導者ルチアの二人を抱えている。

何かの間違いで彼女らに兵刃が届かぬよう、俺は配慮を求められているのである。

正直、結構気をつかっている。

先頭よりも大変だ。


幸い、敵は迂回戦術などもとらなかったようで、ちゃんと全面に雁首揃えて陣を敷いてくれた。


両軍、約二千アリシア(三千メートル)の距離をもって対陣した。


さて、戦場選びは俺達が意図した形で決着した。


しかし、ここで俺達の予想を超える事態が起こる。

なんと、敵が、こちらに都合が良すぎる布陣をしてしまったのである。


「スカさん、スカさん。向こうの隊列、やけに横に広いんだけど?」


「ああ、そうだな。俺とお前の横幅ぐらい差があるだろう。比率的に」


体が横に広いマルノイは、そうだねと言って頷いた。

俺はスルーされて感情の置き場に困った。


まぁ、俺とマルノイの横幅比較は置いておくとして、なぜか、敵の組んだ横陣が、無意味な広さを誇っていた。


帝国軍一万に対して、聖国軍は約二万。

兵力的な優越は敵軍にあるが、だからといって横幅まで二倍にする必要は無いだろう。

もっと厚くしなさいと俺が教官なら言うはずだ。


「さて、連中、これはどういう意図で布陣した? まさか柔軟防御からの包囲攻撃など企図しているわけでもあるまい」


俺は幕僚達に召集をかけてから、各々所見を述べさせた。

まぁ、全員の見解は一致していた。


「やつら、前回の戦いで包囲射撃に負けました。それをやり返すつもりなのでは?」


「なるほど、ありえることだ」


前回の戦闘で、ランスロットは円陣をもって、騎兵部隊に対抗しようとした。

それで射撃戦になって負けた。


その時の雪辱を果たす奇なのだろう。


敢えて言おうか。

馬鹿じゃないか?


「防柵もなし。重弩弓の列もなし。こんな平原ど真ん中、騎兵突撃を弓だけで止めるのか? 普通にストッピングパワーが不足するぞ」


マルノイが言葉を繋ぐ。

顔はちょっと沈痛だ。


「ランスロット君は、戦争する前にまず戦史を学ぶべきだろうね。これじゃ戦闘にもならないよ……」


「一方的過ぎる戦いは気が重いか。相変わらず甘いな、お前は」


まぁ、無用な殺戮はうちの軍では武勲にはならん。

その点、健全でもあり、異常でもあるだろう。


「それで、スカさん。どう動こうか?」


「常道であたるさ。敵陣の中央を抜かせてもらう」


一般的な野戦において、敵隊列の突破は、そのまま勝利を確定させる。

陣形の破壊が組織的抵抗力の喪失を意味する以上、中央を突破されるということは、即死判定をくらうに等しいのだ


通常はそれを防ぐために、陣には厚みを持たせる。

ゆえに側面攻撃や包囲攻撃が意味を持つのだ。


それに、必要以上に陣を広げては、両端の兵が遊兵になってしまう。

いずれにせよ、聖国軍は兵学の常道を無視していた。


まぁ、意図的に無視させていたようなのだがな。


「作戦は単純だ。騎兵突撃をもって敵陣中央を衝撃、突破。しかる後、敵背面に展開して片翼を包囲してたたく。教科書通りだ。総員配置につけ」


マルノイが楽しげに笑うと、俺の言葉尻を捕まえる。


「教科書通りっていうけど、スカさん、士官学校出てないよね」


「黙れ」


そこは重要じゃ無いだろう。

あと一応一通りは目を通してる。


中央突破、背面展開。

騎兵部隊の指揮官としては、一度はやってみたい戦術第一位(俺調べ)である。


「それで、突破後はどっちを包囲するの? 左翼? 右翼」


「左だ。第九、第十連隊を後詰めに残し、残りの部隊は左翼側の包囲。殲滅次第、全軍で敵残損部隊を掃討する。他に質問はあるか?」


幹部の一人が挙手をした。


「敵の意図が読めません。ランスロットはともかく、聖堂騎士団からも軍事顧問が出ていないはずがない。だとすればおかしい。あの布陣は、連中の得意な突撃戦術にも不利なはずです」


「もっともだが、その辺の事情は俺にもわからん。政治的な何かじゃないか?」


「政治となると我らの想像の埒外ですな」


「この地形では小細工も施しようがない。特に臭いとも思わん。構わず突撃して蹂躙せよ」


「了解です。閣下の鼻を信じましょう」


まぁ、強めに行った方が効果があるからな。

指揮官は胸を張っていた方が良い。


敵陣を一望する。


まず一番に警戒すべき聖堂騎士団の重騎兵であるが、これらは敵軍の両翼に配置されているようだった。

随分と遠くに見える。

またわずかばかりであるが、敵陣中央付近にも布陣しているようで、連中の軍旗がランスロットがいる本陣付近にもあがっていた。

少なくとも戦場に同道していないという事ではないらしい。


よくわからんという懸念もうなずける。


まぁ、平原での正面衝突となれば、攻撃有利に傾きやすい。

主攻側に回り続けて戦場の主導権を握ることに傾注しよう。

小細工を弄する暇を与えねば良いのである。


「さて、今回の作戦だが、敵隊列の粉砕突破が最大の焦点になる。ここで俺から提案がある」


幕僚が俺を見た。

さて何を言い出すのやら? という顔だ。

心外だな。そう奇をてらうつもりも無いぞ。


「戦車を使う。あれを陣頭におしたてて、敵陣を粉砕する」


「!」


その時、幕僚達に衝撃が走りぬけた。

「えっ、あれ本当に使うの!?」って顔だった。


使うぞ。戦務からコンバットプルーフを求められているからな。




さて、戦車を使う。

おあつらえ向きの戦場だ。


エリザが乗る以外にも戦車は二両ある。

それらを陣頭に押し立てて突撃をかけるのだ。


帝国軍としては初のの戦車兵となる栄誉に預かった兵士達は、「骨は拾って下さいね」と、諦めの言葉を吐き出しながら、戦車へと搭乗した。

なんで死にそうな顔をしているのか。

アクセル踏んで敵陣に衝角攻撃をかけるだけの簡単なお仕事なのだから、気張らずに頑張ってもらいたい。


さて、も一両戦車がある。

エリザの座乗車である。


今、彼女はかねてよりの予定に従って専用車メタセコイアELZ1に搭乗していた。

彼女をどこに配置するべきか。


先頭に出したら、またぼろくそに俺が言われるのだろう。

ある意味一番安全な場所なんだが、彼女は怖い思いをするかもしれない。


となると、陣形真ん中が一番よいのかな?


俺はエリザと話をしに行った。


俺の話を聞いたエリザは、盛大なため息を吐き出した。

はぁーーーーっと、肺の中からありったけの空気を振り絞ってから、彼女は胡乱な内心を三白眼に込めて俺を睨んでくれた。


「まぁ、だいたい予想はしてました……。オスカーさんは、本当に酷い人ですね」


「待ってくれ。確かに突撃には参加してもらう! だが、一番安全な場所を用意したのだ。多分だが接敵することは無い」


「……じゃあ、誓えますか? 絶対私が敵とぶつからないって。オスカーさん私のおっぱいかけられますか?」


「無理です」


戦場に安全地帯など無い。

絶対の保証などあり得ないのだ。


まして、エリザのそれを賭けるなんて、俺には無理な話である。


とんでもない物を賭けてきたエリザが、ぶすりと視線の槍で俺の頬をつき刺した。


「まぁ、一人、後方に残されるのも不安ですしね。承知いたしました」


彼女は開き直った様子で、側付き二人を伴って戦車へと乗り込んでいった。

付き従う女達は「しっかりやれよ」って顔で俺の顔を眺めていた。


まぁ、コレットとアリスは、やる気に満ちあふれている様子であった。

コレットは聖国兵相手に鬱憤を晴らせるのが楽しみらしい。

アリスは走り屋なので楽しみらしい。


怖い二人の女が、戦場でもエリザを導いてくれることだろう。




突撃準備のため、俺達が戦車の突入角度を調整していると、敵陣にいるランスロットが突如として叫び始めた。


「よし、聞け、悪逆なる帝国軍共! 僕は聖女ルチアを奪還するためにはるばるこの地まで来た! この戦いで、聖国と帝国に正義と秩序を取り戻し……」


諸将は顔を見合わせた。


「戦争に良いも悪いも無かろうが。勝者は大量殺人犯だ。道義を云々してどうする気だ?」


「知らん。準備を続けさせろ」


気にせずに戦車の進出路を策定。

幸い、絶好のタイミングで敵本陣の所在がわかったので、進路をランスロットへと向ける。


改めて見ても戦車は大きかった。


その車高は、騎乗した兵士の二倍近くある。

鈍色に輝く鋼鉄張りの躯体は重々しく、小山のような存在感だ。

大きさといい、突撃中に進路を変えられないことといい、たしかにその運用は象に近かった。


まぁ、ご存じの方もいるかも知れないが、実は戦象という奴は、突撃中に進路を転換できないのだ。

象は興奮状態になるとコントロールを受け付けないので、襲われた側は、隊列に穴を作ってやりすごすのがセオリーだったりする。


知られていると不味いんだがな。

幸い敵はそのやり方に気付いていないようだった。


となると、この二両の戦車は大いに仕事をしてくれる。


エリザ車も上手くすると、活躍させられるに違いないが……。

まぁ、無理しても怒られるだけだ。

ほどほどで行くとしよう。


エリザの車は、先行する二両から十分に車間距離を開けて進撃することが決まっていた。

前の車両に轢かれた何かをプレスする可能性はあるかも知れないが、彼女の車両が敵とぶつかることは少ないはず。


そして、ランスロットの演説をBGMに、帝国軍一万と三両が配置についた。


それからほぼ完璧なデルタ隊形で突撃を開始した。


「き、来たぞ!」


普段よりも安全速度で突撃する帝国軍。

ランスロットの声が、馬蹄の轟きに引きちぎられて、陣の後ろへと抜けていく。


加速には十分な距離。

戦車とそれに随伴する騎兵部隊は、突撃の衝撃力を十分に蓄積して敵陣へと殺到する。

地軸を揺るがごとき響きは、聖国軍の隊列を圧迫し、それだけで彼等を動揺させたようだった。


並ぶ歩兵陣列の槍先が落ちつか無げに揺れ始める。


「む、迎え撃て! 前進せよ!」


ランスロットが甲高く攻撃を指示。

しかし、聖国の兵士達は、だがその場に射すくめられたように動かない。

槍を構えたまま隣に立つ僚友の動きを伺い、身じろぎするばかりだ。


「ええい、弓兵隊、放て! 奴らを止めろ!」


そして、弓射戦の距離から戦闘が始まった。

聖国の陣から矢が放たれ驟雨となって帝国の陣へと降り注ぐ。


「ぬるいな」


「弾幕が薄いわ。話にならん」


弓兵を用いる際は集中して運用するのが鉄則だ。

矢の弾幕を張り、敵に間断なく出血を強いる。

数、つまり投射火力こそが力だ。

弓兵に速射を可能とさせるだけの練度も求められる。


しかし、聖国軍は、陣の広さに兵力を回した結果、ただでさえ少ない弓兵が分散されていた。

しかも、急いでかき集めたのだろう、最初の斉射が終わると途端に矢の密度が落ちた。

弓兵の練度が低すぎるのだ。


放たれた矢はその高ささえも不十分。

重力による加速も受けられず、騎兵隊が頭上で振り回す槍に弾かれてつぎつぎとたたき落とされた。

かろうじて届いたものも矢よけの魔術具によって阻まれる。


加えて思わぬ事態も発生した。


奴ら、なんと戦車に攻撃を集中したのである。

鉄張りの戦車に矢の雨が降り注ぎ、甲高い衝突音を鳴り響かせて、随伴騎兵の鼓膜を攻撃する。


うるさいがそれだけだ。


戦車は目立つ。それだけに敵は狙ってしまったのだろう。

あるいはランスロットの指示があったのかもしれぬ。


「馬鹿な、なぜ止まらない!」


「馬鹿が、なぜ止まると思うのだ……」


矢で戦車は止まらん。

そして単なる弓兵の斉射では重装騎兵の突撃は止められん。


徐々に迫る聖国軍の隊列。

敵陣列の先頭に立つ兵士の顔が、恐怖に歪むのが俺には見えた。

迫り来る騎馬と車両の質量に、鼻水と涙を垂らして怯えている。


ところで戦車に近い兵科は戦象だと再三申し上げた。

そんな戦象の最大の強みは攻撃力では無い。


その巨体で、戦う前から、敵兵の戦意を喪失させるのが最大の強さなのだ。

戦わずに敵を走らせるというのはある意味で究極の勝利法である。


そして、この戦場でもその期待した効果が発揮された。

聖国軍の歩兵隊列が、迫る戦車に肝を潰され瓦解し始めたのだ。


まぁ、戦意を潰されるだけならまだいい。

体を潰されるよりはましだろう。


そして、聖国の兵士達は、帝国軍と槍を交える、逃走を開始したのである。


一人が持ち場を離れれば、途端に動きが加速する。

まるで泥の巨人が崩れるように、聖国の隊列は溶けていった。


「戦う前に勝負がつくか……」


戦車の素晴らしい効用であった。


聖国の防御陣が崩れていく。

隊列が崩れれば、騎馬をもって乗り入れるのみ。


俺達が進む分だけ陣が割れ、ほどなくして本陣がむき出しになる。


ランスロットの軍旗まで、俺達は遮られる事なく進んだのだ。

そして、ランスロットの本陣もまた戦う前に瓦解した。


なんと奴の周囲を固めていた騎士達までも、馬首を巡らし逃げ出した。


兵だけでなく将まで逃げるのか!


俺は違和感に気がついた。


やたらと広い敵隊列。

遊兵にしかなりようがない、両翼配置の適精鋭。


「ランスロット……。最初から見限られていたのでは?」


まるで俺達を迎えるように道がひらけていく。

いっそ異様な光景だった。

こちらに、背を向けた聖国軍は、一心不乱に両翼へと走り出していた。


兵達は、全力で。

対する聖堂騎士団は、まるで予定通りといわんばかりの落ち着きようで。

隊列を組み戦場から離脱する。


秩序と混乱が入り乱れる敵本陣。

そこに、ぽつねんと立ちすくむ騎馬がいた。

残った、というか残されたその者の名はランスロット。


「逃げるな、者ども! あんな木偶押し返せ! なぜ逃げる! 貴様ら、いや、それより僕を置いていくな!」


奴は秀麗な顔をさらしつつ、未だに、ただただ叫んでいた。


「狙え! 奴を殺せば全て終わる!」


思うんだが、我ながら、騎士の台詞じゃ無いよな。

聞いていた将兵からも「悪役臭い台詞はやめてくれ」と苦情を言われた。

まぁ、この時の俺は知った事では無かったが。


帝国兵も皆、俺の意思を汲む。


奴を射程にとらえ、騎馬の一団がその槍先を敵将の首に照準して包囲の構えで殺到した。


ランスロットは、ここへ来てようやく、帝国軍の殺気に気がついたらしい。

奴は、もたもたした手綱捌きで、馬首を巡らし逃げようとした。


その時だ。

奴のまたがる見事な毛並みの白芦毛が、突然竿立ちとなった。

そして、鞍上の物体を背中から振り落として駆け出したのだ。


もうここまで来ると目を覆うしか無い。


馬は賢い生き物だ。

特に、名馬は腹立たしいぐらいにこざかしい。

そして、そんな良い馬は、概して気位も高いのだ。

嫌いな騎手には平気で反抗する。


おそらくランスロットの馬は、ここぞというタイミングを狙っていたのだろう。

実際最高のタイミングでランスロットは乗馬にまで裏切られ、地べたへと短い旅行をしてのけたのだ。

間違いなく素晴らしい名馬である。


絶対に、あとで回収しよう。


「がぁあ! 待て! 餌をやらんぞ!」


お前は、この期におよんで余裕があるな!

だが、ランスロット。多分お前には馬を兵糧攻めにしてる時間は多分無いぞ。


無防備な敵将に、鎧を着た肉弾が走り寄る。

マルノイだ。

その相戟が孤を描き、ランスロットの鎧を打ち据えた。


激突、伴って、辺りに空虚な破砕音が響き渡り、砕けた金属片が舞い散った。

だが、そこに居たはずの男の姿はまたしても消えていたのである。


「転移だ!」


「またか! 二度目か、面倒な!」


俺も、そしてマルノイも怒声を吐いた。

案の定か。

ランスロットはまたしても転移をしてくれやがったのだ。


もうここまでくると、奴の転移先を押さえておかんと話しにならん。

だが、どうする?

聖都の宮城に転移すると決まっているのなら、聖都を落とせばいい。

だが、任意座標に飛べるなら、永遠と追いかけっこをすることになるぞ。


俺が、奴を封殺する手段へと意識を飛ばしたその瞬間だ。


突然、空から、素っ裸の男がふってきた。

金髪、白い肌、白い尻。


「親方、空から変態が!」


「馬鹿者、だれが親方だ!」


いっそ白昼夢を疑いたくなる光景だが、残念、俺だけでは無い、周囲を囲む将兵全てがその物体を目撃した。


あれは、きっとランスロットだ。

俺はさしたる根拠も無く確信した。


「あああああああああああ!」


ドップラー効果を伴う絶叫を口からほとばしらせて、奴が落着する。

そしてそのまま動かなくなる。


……転移ミスか!?

座標がずれた?

いや、しかし、そんなことが起こりうるのか?


原因は不明だが、とにかく奴は上空に飛ばされていた模様。

それが、重力に惹かれて帝国軍中央へと降下してきたというわけである。


ところで、帝国軍の隊列は前進を続けていた。


先頭を行く戦車二両も、既に、ランスロットが元いた場所を通り過ぎていて、今はエリザ車が通過しようとがたがた車を進めていた。


昔、偉い人は言いました。


車は急には止まれない。


エリザが駆るその戦車は、ただひたすらに突き進んだ。

車体の重みにエリザの全体重を乗せ、突き進んだ。

そして、その重さをのせて、ランスロット上を通過した。


「あがー!」


という声がして、間もなくその場は静かになった。


ランスロットは討ち果たされた。


まぁ、討ったというより、斃したというか、よりはっきり言うなら轢かれてしまったのであるが。


ランスロットが叫びが俺の耳朶を打ち、そのまま鼓膜を抜けて消えていく。


「なんということだ……」


目撃者は皆呻いていた。


戦場の常であるが、生き死には軽い。

しかししぶとかった、敵将ランスロット、実にあっけない最期である。

こんな幕切れになるとはおもわなかった。


「取りましたね」


「ああ、だが、そんなことより、エリザに手を汚させてしまった。これはまた苦情を言われるかもしれん」


「そっちの方が重要ですか、司令?」


一応言い訳させてもらうと、俺にだって想像が付かないことぐらいある。

まさか敵指揮官が急降下で全裸体当たりをかけてくるとは、普通予想もできんだろう?


だが、とにかく、とにかくだ。

ランスロットは倒したのだ。

首実検はしてないけれど。


「奴がおらなんだら、この戦争もおわりでしょうか」


「ああ、そうなるな」


ランスロットこそが聖国が王国へと侵攻する名分だった。

それが消えたとなれば、どうなるか?


今もって、戦闘自体は継続中。

しかし、こちらも衝突そのものが不発に近い状態で推移中だ。


「どうにも敵兵の敗走、計画的だった感があるな」


「最初から遁走すべく仕組まれていたように見えますね」


退避する敵の動きが、妙に秩序立っていた。

特に、聖堂騎士団の動きがおかしい。

最初から戦うつもりが無かったようにしか見えないのだ。


俺の脳裏を疑問がよぎった。


聖国の教皇は、ランスロットを自らの後継にするつもりだった。

ルチアと諜報部がそれを証言している。

しかし、聖国の人間達はそれを望んでいたのか?


俺なら嫌だ。

普通は嫌だろう。


聖国人なら排除したいと考える。

確実に、そしてできる限り速やかに、奴を殺すべく知恵を回すはずだ。


ただ、自分の手を汚せば、教皇の怒りを買う事になる。

ならば、どうするか。

敵の手を借りれば良い。


聖堂騎士団の指導部がこの単純な結論に至っていなかったとは思えなかった。


そして事実ランスロットは戦死した。

その上で、向こうの意図するところはなんであるか。


自慢じゃないが、俺は戦場限定で空気が読める男である。


「全軍、包囲は中止! 包囲は中止だ! 敗走する敵の後背を圧迫して追い散らせ!」


敵の退路を遮断した場合、そのまま殲滅せざるを得ない。

だが、最初から戦う気が無い集団を滅ぼしてなんとする?

無用な流血は避けるべきだ。


しかし、俺が流血を忌避するとは!

以前の俺にはなかった発想で、俺は、内心で苦笑した。

多分エリザの影響だ。


だが、まぁ、悪くない変化だろう。


俺の命令は確実に伝達され、部隊は運動にうつった。

各連隊長の指揮の下、帝国軍の隊列が進行方向の左右に分離する。

それから、逃げる敵の背中について追走を開始した。


聖国の兵達は、後ろから追い回されて必死になって逃げ出した。

反撃の意思など微塵も見せない潔さで、武器を捨て、盾を捨て、足をばたつかせて走って行く。

彼等は両翼を目指しているようだった。


俺は、その背中を馬上から見守った。


両翼の端には聖堂騎士団がいた。

彼等は、逃走する兵達をその場でまとめているようだった。


俺の隣に、マルノイが馬を寄せてきたので、状況認識を共有する。


「マルノイ。どうも一杯食わされた感じがする。お前はどう思う?」


「そうだね。特に向こうの、騎士さん達は最初から逃げる気だったみたいだね。試しに追っかけてみたらら白旗を見せてくれたよ」


まめだな、マルノイ。


「しかし、そうか……。ここまで交戦を徹底的に回避されるとなると。もしかしたら仕掛け人がいたのかもしれないな」


「まぁ、普通はそう考えるよね」


俺達は期せずして、後方を振り返る。

突撃には参加せず、後方に待機している馬車が、視線の先にはいるはずだった。



正午から始まったアーレンディセリ野戦は、午後のティータイムを待たずに終結した。


こちらの戦死者は皆無だった。

対する、聖国軍の戦死者も驚くほど少なかったようだ。

百に届くか届かぬかというところ。


今、彼等は武器を捨て、左翼と右翼に固まってこちらの様子をうかがっていた。


戦意は無さそうだ。

武装も自主的に解除しているらしい。


両翼では、どちらも前列に立つ兵士が後ろの方に逃げようと、一列ずつ後方に下がっていく

妙に規則正しいその様が見ていて少し可笑しかった。


安心しろ、襲撃をかけるつもりはないぞ。


俺はこの時、ルチアのことを思い出していた。

そういえば、あの聖女様は、手紙を出しまくっていた。


その手紙の宛先に、聖堂騎士団騎士団長の名もあったように思うのだ。

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