16 異変
これは……ちょっとはやる気になってくれたのかしら?
王子様の瞳の輝きを見つめながら、ゆっくりとうなずく。
「それは、外に出られるかもしれないということですね?」
「可能性はある。原因はわからないが……」
そのときだ。くきゅるるる、とわたしの腹の虫が再び鳴いた。
空気を読むことを覚えたのか控えめだったけれど、どうせ読むなら鳴くこと自体を控えてほしい。
でももうランチの時間は過ぎているのだから仕方ない。わたしの体内時計は精密なまでに正確なのだ。
王子様はあきれたように「少しだけだからな」と昼食をとる許可をくれた。
せっかくなので一等車専用食堂車に戻り、ランチメニューを堪能させてもらうことにした。
前菜はホタテのクルスティアン。
砕いた胡桃を混ぜた衣で揚げてあり、外はサクッ、中はふわっと柔らかで、口の中いっぱいに旨味が広がった。
「お、美味しい……!」
メインは仔羊のロティ。
噛んだ瞬間、肉汁がじゅわりとあふれ出し、わたしを天国に連れていってくれる。シェフがここにいたら拍手を送りたい。
デザートは爽やかなレモンタルト。
添えられたクレームシャンティにもレモンピールが混ぜられていて、口の中になんとも爽やかな風が吹いたような心地になる。
「素晴らしい……フィンにも食べさせてあげたかった」
「大げさだな。明日また同じものが食べられるだろう」
冷たく言う王子様は、始終淡々と食事をしていた。まるで作業のように、実につまらなそうに食べる人だ。
いくら美しく紳士的でも、食事を楽しめない人はいただけないわ。
まぁ、王子様のほうも、わたしのような食いしん坊な女は御免でしょうけれど。
***
食事を終えたわたしたちは、二等車に戻り探索を続けた。
今度は王子様もやる気になって、フィンの代わりに各部屋を確認して回ってくれた。
しかし! その後も二等車で何も見つけることは出来ず、窓も乗降口も破ることは出来なかった。
王子様も以前との変化を見つけようと真剣に考えているのに、何もない。そのまま三等車に入ってしまい、さすがにわたしも焦りが募る。
「三等車、初めて入りましたが、本当に何もないのですねぇ」
三等車はただただ広く、簡素な木のベンチが並んでいるだけの空間で、窓にはカーテンすらなかった。
窓の外はこれまでとは違い、機関部分からの黒い煙でほとんど景色が見えない。窓の隙間から煙が入るのか、少し煤臭かった。
これがすべて魔法で出来た偽りの景色や匂いだというのだから、魔法とは、魔女とは、とんでもないのだなと思う。
「何もない分、見て回りやすい。ベンチの下を覗くだけで済む」
王子様の言う通り、あっという間に三等車を探索し終え、窓と乗降口も突破出来ないことを確かめた。
「残るは機関車ですか……」
先頭側の妻面にある扉に、王子様と同時に顔を向ける。
あの扉を出れば外。機関車との連結部分に出るはず。出られれば、の話だけれど。
「実は、この扉には鍵がない」
「えっ? では、鍵はかかっていないということですか?」
「そう思いたいところだが――」
王子様がハンドルを掴み、動かそうとすると、ガキンと重い金属音が響いた。
何度もガチャガチャ動かそうとしても、扉は開くことがなかった。
「変わるならここかと思ったんだがな」
落胆した王子様の声に、何と答えたら良いのかわからない。
これですべての車両の窓と乗降口は調べた。あと残っているのは、備品など物が多そうな荷物車だけ。
「とりあえず、一旦戻りましょうか。フィンの様子も見たいですし」
「そうだな。疲れただろう」
休憩しようという王子様の提案に乗り、特等車へと戻る途中、食堂車でティーセットとマカロンの乗ったワゴンを発見した。
ティータイムのお菓子らしい。夕方になるとこれを魔法人形が運んでくるそうだ。
閉じこめられているのにこうも至れり尽くせりだと、微妙な気持ちになってくる。
せっかくなので休憩で食べてしまおうと、ワゴンを押して特等車へと移動する。
「何で――!?」
王子様が連絡通路の扉を開けた途端、そこにいた青い制服の魔法人形が襲いかかってきた。
けれど王子様はまるで予想していたかのように素早く動いた。わたしを守るように前に出て、目にも止まらぬ速さで魔法人形を切り捨てたのだ。
物語に出てくる王子様そのものといった凛々しい姿に、枯れかけたわたしの胸の泉に、トクンと水の湧く音がした。
「い、いるってわかっていたのですか?」
「ああ。やはり、どうやら魔法人形の数が増えているようだ。特等車の魔法人形を倒してから三時間経過した。二等車で遭遇したのがこいつじゃなければ、今頃復活しているんじゃないかと思ってな」
霧散途中の魔法人形を踏みつけ、王子様が部屋に向かって歩き出す。
わたしは恐る恐るワゴンで魔法人形の残骸を轢き、彼のあとに続いた。
「なぜ、魔法人形が増えたのか、レオンハルト様には見当がついているのですか?」
美貌の王子様は軽く肩をすくめるだけで、わたしの問いかけには答えてくれなかった。




