第6話 輔弼近衛は第二王女付きに任ぜられる②(アレン視点)
辞退を願うアレンに、宰相はなぜ彼を第二王女付きに選んだのかを告げる。不器用で、口が軽くなく、余計な思惑を持ち込まない近衛。見えない危機の外側に立つ役が決まる。
その一言が、やけに胸に刺さった。
だが、閣下はそのわずかな緩みをすぐに引っ込めた。さっきまでのやり取りなど脇へ置いてしまうような顔で、声音を元の硬さへ戻す。
「しかし、そうであるならば、むしろ好都合やもしれぬ」
今の流れのどこをどう曲げたら好都合になるんだ、と問い返したい。
「どのあたりが好都合なのでございましょうか」
「貴卿は、不要な色を帯びぬ」
「そのようなもの、帯びた覚えもございませんし、帯びられる覚えもございません」
「そのことを言っておる」
そこらしい。まるで褒められている気がしない。いや、実際褒めてはいないのだろう。こじつけである。しかも自分でも分かっていて言っている顔だ。つまり色気がないと言われているわけで、知ってはいても任命理由にされると地味にきつい。
閣下はさらに言葉を継いだ。
「第二王女殿下は御気質がまっすぐだ。ゆえに、周囲に余計な思惑を差し挟む者を置くべきではない。貴卿は少なくとも、その種の濁りを持ち込まぬ」
「買い被りにございます」
「買い被ってはおらぬ。見たままを申しておる」
言い切られると、反論しにくい。見たまま、ね、と胸の内でぼやく。ずいぶん容赦のない見立てである。
「護衛でございましたら、他にも適任がおりましょう。より礼法に通じ、女官方との折衝にも慣れた者が」
「その種の者は、その種の器用さを備えておる」
「私は器用ではございませんが」
「知っておる」
断言された。今日の閣下は妙に容赦がない。せめて少しくらい否定してくれてもいいだろうに。
だが、その次に来た言葉は、少しだけ重みが違った。
「それに、殿下の周囲には、今後、目が向く」
俺は黙った。言葉の意味そのものは分かる。だが、その「目」が誰の目で、どこから向き、何を見ようとしているのか、そこまでは掴めない。ただ、第二王女殿下の周りで何かが動き始めているらしい、という輪郭だけがぼんやり浮かんだ。
(……それだけで十分に嫌だな)
「城中の気配が変わりつつあることには、気づいておろう」
「はい、承知しております」
「ならば十分だ。今は多くを語らぬ。だが、第二王女殿下の側には、余計な思惑を寄せつけぬ近衛が要る。口が軽からず、憶測で走らず、命じた境を越えて手を伸ばさぬ者が必要だ。貴卿は、その条件にかなう」
なるほど、とまでは思わなかった。いや、思えるだけの材料を、閣下は最初から渡す気がないのだろう。だが、さっきまでの「色気を出さぬからちょうどよい」よりは、少なくとも任の重さだけは伝わった。あの王女殿下の周囲で、何かしら余計なものが動く。その正体は見えない。見えないまま、その外側に立てと言われている。見えないものを見張れという話で、好きじゃない。しかも、こういう面倒はだいたい質が悪い。
(……面倒事の匂いしかしない)
しかし、それであっても、俺の気は進まなかった。剣を持って立つだけならよい。だが相手は、今朝たった数言でこちらの調子を崩してきた王女である。あの手の相手の側に長くいるのは、別の意味で神経を削る。
「なおさら不適任に存じます」
「まだ申すか」
「申し上げます。殿下は……」
そこで言葉に詰まった。何と言えばいいのか分からない。明るい。無垢だ。人懐こい。まっすぐだ。どれも間違ってはいないが、どれも俺の困り方を正確には表していない。近い、でも違う。まぶしい、でも違う。いや、まぶしいのかもしれないが、それをここで言ったら余計におかしい。
閣下がじっと待っているので、仕方なく続けた。
「調子が狂います」
閣下は、そこで初めてほんのわずかに口元を緩めた。
「それもまた、余計な慣れを持たぬ証であろう」
「閣下」
「案ずるな。殿下付きといっても、終日お相手を務めよということではない。近衛としての務めを果たせ。必要の折に付き従い、不要の折に口を出すな。貴卿向きの任だ」
向いているのか向いていないのか、ますます分からなくなる。だが閣下の口ぶりからして、この件はもうほとんど決まっている。俺の辞退は、最初から儀礼の一手として数えられていたに過ぎないのだろう。最初から決めていたなら、少しは遠慮してくれてもいいだろうに、と思わないでもないが、この人にそんな情けを期待した俺が馬鹿か。
「……これは、御下命と承ってよろしいのでしょうか」
「無論だ」
やはりそう来た。
俺はごく浅く息を吐いた。断れる余地があるならとっくに置いてきていない。最初から命令の形を取らぬのは、この老人の悪い癖だ。相手に一応しゃべらせてから、最後に逃げ道を塞ぐ。本当に碌でもない。だが命令なら、もうどうしようもない。
(……碌でもない)
胸の内で今日何度目か分からぬぼやきを転がし、俺は頭を垂れた。
「承知致しました」
「うむ。よろしい」
閣下はそれで話が済んだ顔をした。済んだのは貴方の中だけだと言いたかったが、無駄なので飲み込む。
「近く正式に申し渡しがある。それまでは平素通りに振る舞え」
「は」
「第二王女殿下の御前においても、だ」
それは釘を刺されたのか、牽制されたのか。おそらく両方だろう。今朝の廊下でのあの無様な反応が、どこまで顔に出ていたのかは考えたくなかった。今日の朝を経たあとで平素通りにと言うのは、そちらは簡単だろうなとしか思えない。
一礼して執務室を辞し、扉の外へ出る。石の廊下の空気を吸った瞬間、ようやく少しだけ肩の力が抜けた。だが気分が軽くなるどころか、逆に妙な重みが残る。
第二王女付き。
言葉にしてみても、まだどこか現実味がない。あの明るい声。あの「アレン様」。あの、何ひとつ疑っていないような目。そこへ、近衛として立つ。しかも命じた理由の一つが「女慣れしていないから」である。どんな人事だ。
(……泣きたい)
さすがに泣きはしないが、故郷の鍛冶場へ逃げ帰りたい気分にはなった。エミリーならきっと、この話を聞いた瞬間に腹を抱えて笑うだろう。そのあとで「似合わないにも程がある」と言って肩でも叩いてくるに違いない。たぶん痛い。しかも最後は一言で「諦めろ」と終わらせる。ひどく目に見える。
廊下の窓から朝の庭が見えた。ついさっき、あの王女殿下が花壇を見てきれいだと言ったのも、こういう光の中でだったのだろうと思う。そう考えた途端、またあの軽い声が耳の奥によみがえった。
『では、アレン様と呼ばせていただきますね』
誰にともなくそうぼやいたが、もちろん声は消えない。せめて頭の中から出ていってくれ、と思うのに、こういう時に限って居座るあたりが実にたちが悪い。
(……やめてくれ)
俺はひとつ息を吐き、歩き出した。命じられた以上、従うほかない。だが、納得したわけではなかった。
ただ、胸のどこかで、今朝あの扉の前に立った時に感じた嫌な釣り合わなさだけは、まだそのまま残っていた。あの王女殿下の明るさと、その周りに集まりつつあるらしい何か。その二つが同じ場所に置かれるのを思うと、やはり碌でもない予感しかしない。しかもたいてい、こういう予感は外れない。外れてくれればありがたいが、そううまくいかないのがこの城だ。
(……どうせまた、面倒なことになる)
そしてそういう時に限って、逃げ道は最初から塞がれているのだ。
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
次回、アレンはいよいよ第二王女の居室へ向かう。
近衛らしく挨拶を済ませ、職務の線を引く。そう心に決めていたはずなのに、待っていたのは満面の笑顔のアスリンだった。しかも彼女は、初手からアレンの想定を軽々と飛び越えてくる。
次回の投稿は来週火曜日21時頃の予定です。
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