最後のページ
いたい。
身体のあちこちがいたくて、目をさました。
見慣れた景色が目の前に広がる。
謁見の間だ。たぶん、僕は父様のとなりのイスに座ってるんだと思う。
……夢、だったのかな。
だれもいないのがふしぎだったけど、それよりもさっきのことが夢だったのがうれしかった。
早くエルを見つけて、父様と母様のところに行こう。
そう思って、立ちあがろうとした。
でも、身体はちっとも動かなかった。
感覚はある。さっきから全身がいたいから。
だけど動かない。
手も足も、それどころか目も口も動かせなかった。
どうにか身体を動かそうとしていたら、ばさばさって音が聞こえた。
なんの音だろう。
その時、目の前にカラスが止まった。
一抱えもありそうな、すごく大きいカラス。
カラスは赤い目でじっと僕を見つめた後、とことこと僕に近づいてきた。
ふつうのカラスはかわいく思えるのに、このカラスはなんだかこわい。
逃げたいけど、身体はあいかわらず動かなかった。
カラスはしばらく僕の周りをぐるぐる歩きまわった後、満足そうに鳴いた。
そしたらカラスがどろどろに溶けて、人の形に変わった。
カラスだった人はすごく背が高かった。
エルや父様も大きかったし、護衛はもっと大きかった。
でも、この人はそれよりもずっとずっと大きい。
それに、背中にカラスみたいな翼が生えてる。
耳が長いからエルフかと思ったけど、エルフはこんな羽ないよね。
その人は僕の髪や服を整えてきれいにしてくれた。
お礼を言いたかったけど口が動かないからダメだった。
この人はいったい、どうしてここにいるんだろう。
父様はどこにいるのかな。
街の人たちは。
あの護衛は。
そもそも、どこから夢だったんだろう。
……全部、夢だったらいいな。
僕はまだ五歳で、エルも母様も父様もいて、街の人たちもあんなにこわい顔してなくて。
それなら、よかったのに。
早く確かめたいけど、身体はまだ動かない。
カラスだった人はいそがしそうに歩き回って部屋をきれいにしたり、調度品を変えたりしてる。
僕が目をさましたことには気付いてないみたいだ。
そういえば、どうして謁見の間がこんなに汚れてるんだろう。
考えているうちに、眠くなった。
夢なのに眠くなるなんて変なの。
いつもなら謁見の間で居眠りなんてしないけど、夢だからいいよね。
起きたら、身体が動くようになってるといいな。
「フリッツ!」
その声で目がさめた。
だれかが僕に近づいてくる。
エルだ。
エルはとても元気そうだった。
最後に会った時より顔色もいいし、きれいな服を着てる。
真っ白な服は、色のうすいエルによく似合ってた。
よかった。元気だったんだ。
返事をしようとしたけど、舌も喉も動かなくて声が出なかった。
せっかく会えたのに。
でも、エルはなんだかうれしくなさそうだった。
表情は変わらないけどそんな目をしてるし、僕にふれる手がふるえてる。
どうしたんだろう。
後ろからついてきてたカラスの人がなにかを言って、エルがふりむいた。
たぶん、エルの名前を呼んだんだと思う。
聞き慣れない発音だったけど、声とエルを見る目がやさしかったから。
エルが小さな声でなにかを言った。
カラスの人がとろけるような笑みを浮かべてエルの頭をなでる。
そしたら、エルがカラスの人につかみかかった。
どうしてフリッツが。
こんなこと、俺は望んでないのに。
なんで。
大きな声が謁見の間にわんわん響いた。
カラスの人の首をしめながら、エルが何度もさけぶ。
だけどカラスの人は楽しそうに笑ってエルを抱きかかえた。
僕のとなりに座らせて、床にころがってた王冠をかぶせる。
父様の王冠だ。
僕は動けないからエルの姿をちゃんと見ることは出来なかった。
でもカラスの人はにこにこしていたから、たぶん似合ってたんだと思う。
エルはもう、なにも言わなかった。
それから、エルとカラスの人はここによく来るようになった。
エルはその度に僕のところへ来て、何度も名前を呼んでくれた。
「ごめんな、フリッツ。たすけてやるから。今度こそ、ちゃんとたすけてやるから」
そう言って、エルはいつも泣きそうな声で僕の名前を呼んだ。
僕が話せたら、もういいよって言ってあげられるのに。
ある時、エルが僕の首をそっとつかんだ。
エルが小さな声で「ごめんな」って何度も言う。
ふるえる指が、僕の首にちょっとだけ食いこんだ。
でも、それだけだった。
エルは僕の首から手をはなして、床に座りこんだ。
「ごめん。でも、むりだ。ころせない。ごめんな。ごめん。ごめんなさい……」
僕のひざに顔をうずめたエルが何度もくりかえす。
「たすけてくれ、フリッツ」
そう言って、エルはずっとずっと、僕の前で子どもみたいにしゃくりあげてた。




