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誰がために

 爽やかな笑顔と共に放たれた言葉を理解するまで、長い時間を要した。

 ロードリックはぐらつく頭に手を当てる。いけ好かない男が告げた言葉は、すぐに信じるにはあまりにも衝撃的だった。


「何を言っているんだ……? リシャールが女な訳がないだろう。我が騎士団は貴様たちと違って完全な男所帯なんだぞ」

「君こそ何を言っているのかな。どう見ても女の子じゃないか」


 カーティスは穏やかな笑顔に憐れみを含ませていた。

 本人にその気があるのか知らないが、小馬鹿にしているように見える表情だ。


「そんなはずがない! リシャール、この男に違うと言ってやれ! 適当なことを言って、我々の戦意を削ぐ気なんだ!」

「酷いな、そんな卑怯な真似はしないよ」


 ため息混じりに首を横に振るカーティスを押し退けて、ロードリックはリシャールと視線を合わせた。

 ところが、リシャールは小さな苦笑をこぼしている。目元は隠れて唇しか見えないのに、清々したような表情を浮かべていることがわかってしまった。


「こんなところでばれてしまうとは、思いませんでした」


 か細い声が聞こえてくる。対人恐怖症ゆえの高音だと思っていたのだが、まさか——。


「申し訳ありません、チェンバーズ騎士団長閣下。確かに、私は女です」


 頭を金槌で殴られたような衝撃を受け、ロードリックは一歩よろめいてしまった。

 痛烈なまでに胃が痛くなってきた。女だって? 一体どうやって暮らして来たんだ。いや、そういえばリシャールは訓練を共にしないから、特にシャワー室を利用したりだとか、そういった事態とは無縁のまま過ごしていたのか。それにしたって……!

 驚き過ぎた頭は冷静に過去を振り返り始めていた。その場面場面、リシャールの顔は稀にしか見えず、声すらも殆ど聞き取れない。更にはいつも黒魔術師らしくローブを被り、基本的には研究室にこもって過ごしていたのだったか。

 ロードリックは蒼白になったまま震える両手を握りしめる。今もなお否定したい気持ちが脳内を占拠しているが、あろうことか本人が認めたのだ。


 ——だめだ、今度こそ胃に大穴が空いた気がする。まさかこれ程の秘密に気がつかなかったとは、騎士団長失格ではないか。


「本当、なのか……?」

「はい」

「マクシミリアン様はご存知なのか」

「ご存知ありません。黒豹騎士団に入ることができてしまったばかりに、言い出せなくなりました。この幸運を手放せなかったのです。マクシミリアン様のお役に立ちたかったのです」


 静かな声音には切実さばかりが滲んでいた。

 マクシミリアンの役に立ちたい。その気持ちが痛いほどにわかるから、ロードリックは言葉を詰まらせる。

 黒豹騎士団は女人の入団を禁じている。それは一貴族の所有する地方騎士団には良くある話で、王立騎士団が女騎士を擁していることこそが革新的なのだ。

 世間一般の認識を押してまでマクシミリアンの役に立ちたかった。リシャールはそれほどの覚悟を持って、主君に仕えていたというのか。


「そうかそうか、それではひとまず戦線離脱だね。魔獣はこの通り消耗しきっているし、ロードリックは魔法も剣も使えない女性を戦場に駆り出すような冷血漢ではないだろう?」


 カーティスはいやに爽やかな笑みを浮かべていた。

 驚きの真実が明らかになった余韻などお構いなし、その顔にはいかにも「さっさと話をつけろ」と書いてあったので、ロードリックは頭の中の血管が数本切れる音を聞いたような気がした。


「貴様はもう少し空気を読めないのか!? いつもいつも私の神経を逆撫でしおって、嫌がらせのつもりか!」

「悪いね、急いでいるんだ。それに君も、できることならマクシミリアンを止めたいと思っているんだろう? 私と同じように」


 だから、この男のこういうところが嫌いなのだ。

 いつもよく人のことを見ていて、さらりと心の内を言い当てて来たりする。一目見ただけで敵の秘密を指摘できるほどに観察眼に優れ、頭の回転も早く、マクシミリアンには今もなお一目置かれている。


 ——こんなに気が付くくせに、ネージュの気持ちには気付いていないようだったが。


 ロードリックは知っているのだ。あの一度だけ共闘した夜、ネージュに淡い思いを抱いたせいで、彼女が誰を見ているのか手に取るようにわかってしまった。そしてカーティスもまた琥珀の瞳を見つめていたことを。

 あれ程に純粋な想いを理解できない鈍感男など、せいぜい血みどろになって働けば良いのだ。


「貴様とそんなことを議論する筋合いはない。私はマクシミリアン様の元に向かう。止めてくれるなよ」

「止めないよ。君がいてくれた方が都合が良さそうだ」


 カーティスは穏やかな笑みを浮かべている。ロードリックは空色の瞳を睨み付けると、肩を縮めて俯くリシャールに視線を向けた。


「リシャール、お前は魔獣と共にここで待機、可能なら拠点へ帰還しろ。自分の身も守れない女を戦場に立たせる訳にはいかん」

「……はい。承知いたしました、閣下」


 まるで死刑宣告を待つ囚人のような態度だが、リシャールに処罰が下されることがあるのかどうかはこれからの戦いにかかっている。

 マクシミリアンは死ぬ気なのだ。その願いを叶えるために動くべきなのか、それとも止めるべきなのか、ロードリックは答えを掴むことができずにいた。

 それでも一の臣下として見届けることだけはしなければならない。ロードリックは最後にカーティスを睨み付けると、翼竜に飛び乗ってその場を後にした。


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