君のいるところへ
「悪かったね、リシャール殿。君の秘密を暴いてしまった」
静かになった魔獣の背の上で、カーティスは静かに語りかけた。
リシャールは小さく首を振る。口元だけが見える顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「貴方はこの子を殺さないようにして下さった。感謝こそすれ、謝って頂くことなど一つもありません」
白く細い手で魔獣の背を撫でる手つきには、使役するものではなく家族に対するような慈しみがあった。
大事なのだろう。彼女にとっては周囲の者も、自身が召喚した魔物も、全てが家族なのだ。それは戦っている間もずっと感じられた紛れもない事実だった。
それ以上特に交わすべき言葉も見当たらず、カーティスは魔獣の背から飛び降りた。もう巨大な爪が襲いかかってくることはなく、すっかり雪が蹴散らされてまだらになった地面を早足で歩く。
するとハンネスが血相を変えて駆け寄ってきた。
「無事か! 何を話していたんだ?」
「はは……秘密、かな」
答えを口にしたのと同時に視界が歪んで、カーティスは地面に片膝をついた。抜き身の剣を杖にして体を支えなければ倒れ伏してしまいそうなほどだった。
今更のように体中が痛み出す。よく見ればいくつかの裂傷は未だ鮮血を溢れさせており、蝕むような熱を放っていた。
「カーティス、しっかりしろ!」
「いたた……下手を打ったなこれは」
「馬鹿が、大殊勲だ! 早く治療に向かうぞ!」
冗談めかして言ってみても、頭上から聞こえてくる声は厳しさを失わなかった。カーティスは冷や汗の滲んだ顔をのろのろと上げて、長年の友の立ち姿を視界に収める。
ハンネスもまた中々に酷い有様ではあったが、どうやら自身ほどではないらしい。薄闇の中にいてはよくわからないが表情には活気が溢れているし、声の大きさもいつも通りだ。
「ハンネス、頼む。私に治癒魔法をかけてくれ」
強い輝きを宿した空色と目を合わせ、ハンネスは言葉を失ったようだった。しかしすぐに眉を釣り上げると、やかましいほどの大声で怒鳴り返してくる。
「何を言っている! エスターでも治しきれない程の大怪我だぞ、自覚がないのか!?」
「わかってる。それでも、行かなければ」
そうだ、行かなければ。
女王陛下の御許へ、最後の役目を果たしに。
そして危険な役目を託してしまった、唯一の人の側へ。
この願いを叶えるにはハンネスの魔力を使い切る必要がある。魔法を使えなくなるということは、すなわち戦線離脱を意味していた。
彼もまたマクシミリアンに対して思うことがあるはずだ。それを捨ててあの男に会う役目を譲れと言う、カーティスは自身の傲慢にほとほと嫌気がさす思いだった。
しかしハンネスは騎士団長がそれほど懇願する意味を考えてくれたらしい。しばらくの間太い眉を寄せて黙り込んでいたが、やがて彼にしては珍しいほど慎重に話し始めた。
「お前が任務以外で頼みごとをしてくるなんて、珍しいこともあるものだな」
「そうだったかな」
「治癒魔法は得意ではない上に、魔力もあまり残っていない。どの程度回復するかわからぬぞ」
「構わない。頼む、ハンネス」
ハンネスは大きなため息をついた。それは諦めを含んでいたが、清々したとでも言いたそうな仕草ではあった。
「わかった、お前に格好を付けさせてやる。死ぬなよカーティス」




