これこそが平和な日常、なのか? ①
騎士団本部が倒壊するという前代未聞の事態は、取り急ぎ離宮を借りて対応することとなった。
今は使われていない王宮の片隅の離宮を仮本部とし、当面の間は瓦礫から選別した物品を運び込むのが騎士の仕事だ。ライオネル率いる第一騎士団も戻ってきて、復興作業は速度を増しつつある。
ネージュも幹部とはいえその例に漏れず、今は瓦礫の撤去に精を出していた。土属性の魔法使いであるネージュは、地面からつっかえ棒を作り出して瓦礫を支えることができるのだ。
「はい、これでよし」
巨大な壁の欠片が持ち上げられ、その下の混沌がよく見えるようになったことに、部下たちはため息とも歓声ともつかない声を上げた。
瓦礫を撤去するための便利な魔法があればいいのだが、実のところこの世界の魔法はいささか偏っている。
基本的には攻撃特化で生み出された魔法たちは、破壊力重視のものが八割。他には治癒魔法やその他人体へかける魔法、そして生活に利用されるために生み出された魔具がある。
物語でよく見るようなゴーレムとか、素敵なものをポンポン生み出したりとか、そんな夢のような現実は一切存在しない。
魔法で無から有を生み出すことは出来ず、命を作り出すことなど夢のまた夢。それがこの世界の魔法の第一条件であり、全ての魔法が七属性に沿って考え出されている。それを理解することが魔法使いへの第一歩となるのだ。
「はあ……キツ……」
疲労をにじませつつも手だけはキビキビと動かすアルバーノに、ネージュはギクリと肩を強張らせた。
何せ本部を倒壊させた張本人なのだ。それをロードリックに罪をかぶせて、部下に後始末という重労働を担わせ、申し訳ないことこの上ない。
「アルバーノ班長、泣き言を言わないでください」
「つってもよおルイス、これはキツイだろ。一体いつ終わるんだよ」
「瓦礫の運び出し自体は業者を手配しています。ですが機密資料もこの中にある以上、瓦礫の選別だけは我々で担う必要があるのです」
騎士たちは疲れた様子ながらも凄まじい速度で物品を運び出している。ネージュも彼らの働きぶりに負けじと体を動かして、掘り出した資料を近くに広げた布の上に並べていく。
今度運び出した資料はかなりの重みがあって、下ろした途端にどさりと派手な音が鳴った。その音に驚いたらしいマルコが小走りに近寄ってくる。
「並べるのをお手伝いします」
「ありがとう、マルコ」
二人で雑談を交わしつつ、汚れを払い落として丁寧にならべていく。中でも重いものを率先して片付けてくれる横顔に、まだまだ幼くてもやっぱり騎士だなあと微笑ましくなった。
「あの、副団長」
「んー?」
「今度、お食事でもご一緒にいかがですか」
ネージュは埃を払う手を止めてマルコに視線を移した。彼は一生懸命に手を動かしていて、こちらをチラとも見ようとしない。
「ちょっと、言うじゃない。頑張ってるんだからご飯くらい奢ってくれって?」
ネージュはばし、とマルコの肩をはたいてやった。
いつの間にこんな処世術を身につけたのだろう。部下の成長とはこんなにも早いものなのか。ネージュは感慨深くなってしまって、思案する瞳を虚空へと向けた。
確かにこんなにも頑張っているのだ。本部が壊れたのは自分のせいだし、食堂も無くなってしまったし、美味しいものを食べさせてあげるといいのかも。
「わかった! 何人か誘っといて。期待していいよ」
何のてらいもない笑みを浮かべると、マルコはなぜか何か言いたそうに口を開けたり閉じたりした。しかし最終的にはその何かを飲み込むと、「はい、楽しみにしています……」と言って俯いてしまった。
楽しみという顔ではないのだが、どうしたのだろうか。
また倒壊現場へと戻ろうとしたところで興味深い光景に遭遇した。
砂まみれの資料の山を抱えてよろよろと歩いていたシェリーの手から、エスターが流れるようなスマートさで資料を引き受ける。
そのさながら王子様のような行動に、ネージュはすっかり感心した。隠しの魔法を使い、二人のやりとりを観察することにする。
「ありがとうございます、フランシア団長。少々持ちすぎたので、助かりました」
「これくらいお安い御用です。どうか無茶だけはしないでくださいね」
エスターは穏やかに言って桜色の髪を揺らした。エメラルドの瞳には愛しいと書いてあって、ネージュは複雑な気持ちになってしまう。怖い人だけど、悪い人ではないのだ。
シェリーには幸せになってほしい。しかしネージュが最初のイベントをぶち壊したせいもあってか、中々恋愛面が発展している様子はない。
結局のところヒロインが返したのはさっぱりとした微笑みだけだった。二人は資料を運び終えると、それぞれの持ち場へと帰って行った。
昼時になって、ネージュは昼食を取るべくちょうどいい場所を探していた。
騎士団の本部ごと食堂が倒壊したため、有難くもアドラス家の料理人が弁当を作ってくれている。仮本部たる離宮近くのベンチへと歩いて行くと、そこにはシェリーの姿があった。
しかし彼女は一人ではなかった。その隣には持参したサンドイッチを広げるフレッドがいたのだ。
「おお。シェリーのサンドイッチ、美味そうだな」
「交換しましょうか?」
はい、と大量のサンドイッチのうちの一つを手渡すシェリー。気安いその様子に、ネージュはまたしても隠しの魔法を使った。
もしやこれは、まさかのフレッドなのか。
ネージュは緊張と期待を胸にその光景を眺めていたのだが、すぐにその高揚感を真っ向から否定する出来事が起こった。
「彼女さん、料理上手ね。すごく美味しいわ」
あろうことかフレッドのサンドイッチを頬張ったシェリーが、天然発言とともに笑みを浮かべたのだ。
——違うよシェリーさん、彼女いない。チャラ男だけどいない。それ多分フレッドの手作り!
ネージュは真っ青になってフレッドに視線を飛ばす。案の定、無情にも斬り伏せられた男はすっかり肩を落としていた。
その後も二人は朗らかに会話を交わして、食べ終わると同時に別々の場所へと歩き去って行った。そんなわけで、ネージュはすっかり昼食を食べ損なうことになったのだ。
そして帰りがけ。シェリーと共に帰宅するべくその姿を探していたネージュは、本日三度目の攻略対象との組み合わせに遭遇した。
シェリーとライオネルは訓練場にて剣を交えていた。以前見た時よりもシェリーの力が増しているようで、剣戟の音は中々止まない。
不意に激しい動きに足をもつれさせたシェリーが、体を斜めに傾がせる。危ないと思った時には、彼女の細い体はライオネルによって受け止められていた。
——うおおおおお!
まさしく乙女ゲームらしい展開に、ネージュは心の中で雄叫びを上げた。
これは流石のシェリーもときめいてしまうのでは。過去最高に盛り上がった心臓を押さえつけ、物陰から期待を込めて見つめていた……のだが。
「ありがとうございます、団長殿。その反応速度、流石ですね」
シェリーは軽々とした動作で体幹を正すと、何の意識もしていない様子で敬礼して見せた。ライオネルは少し笑って、生真面目な部下を労っている。
「君は熱心だな。早く帰ってよく休むように」
「は! 団長殿、ありがとうございました!」
ライオネルが訓練場を後にするのを、シェリーは直角に腰を折って見送った。
……だめだ。みんなのヒロインが天然硬派すぎる。




