騎士団長閣下の秘めたる想い ②
六百人から成る王立騎士団の朝礼にて、舞台の上に新米騎士たちが並んでいる。秋の風が広葉樹を柔らかく揺らし、黄と橙を舞い散らせる様は、さながら紙吹雪で祝福しているかのようだ。
歳若い彼らは緊張に肩を強張らせていて、真新しい濃紺の騎士服に糊が効き過ぎているところがなんとも初々しい。瞳はこれからの人生への希望と不安に満ち、その輝きは眩しいほどだった。
カーティスには騎士団長として新米騎士を迎えるために、一人一人に襟章を渡すという役目がある。全員に対して声をかけながら襟章を渡していくと、何人めかにその少女はいた。
——あの時の子じゃないか。そうか、騎士になったのか。
ミルクティー色の髪に琥珀の瞳。彼女は名をネージュ・レニエと言った。
庇護してくれるはずの大人に裏切られ、泣きながらも気丈に微笑んだ少女。類まれな魔力を秘めた彼女を何とか日の当たる場所に出してやりたかったのに、肝心の本人はあっさりと姿を消してしまった。
ちょうど二人の王の死が重なり、人生で最も煩雑な時期だった。事後処理を終えて何度か孤児院に通ってみたものの結局は会えず終い。だから彼女が自身の魔力を活かして身を立てていたことが、カーティスには嬉しかった。
子供の時分に出会った騎士のことなんてきっと忘れているだろう。そんな予想に違わず、ネージュは新米騎士としての態度も露わに畏まって襟章を受け取った。
あの時は子供らしかったのに随分と立派になった。きっと血を吐くような努力をしたんだろう。
そう考えてしまえば、少しだけ複雑な気持ちが胸中を覆う。ネージュのように強い魔力を持った女子ならば、騎士などという危険な仕事でなくとも、もっと安全で地位ある職にいくらでも就けたのに。
しかし決めたのは彼女自身だ。過去に一度だけ行き合っただけの年長者が、若者の決断に口を挟むものではない。
それは六年前の秋の出来事。ネージュとはそれ以来さほど会話も交わさないまま時は過ぎ、瞬く間に季節は巡る。
「シェリー、仕事はどうかな」
「はい、父上。まだまだ力及びませんが、とてもやりがいがあります」
春に十五歳で入団して三ヶ月。久しぶりに寮から帰宅した愛娘が、口に入れた肉を飲み下して溌剌と笑う。その表情には充実感が漂っていて、カーティスはそっと胸を撫で下ろした。
本当なら両親の元で幸せに育つはずだった公爵家の姫君は、政争に巻き込まれたせいで本人の知らぬところで人並みの幸せを失った。代々騎士を輩出してきたアドラス侯爵家に託されなければ、騎士になろうなどとは思わなかっただろうに。
せめて本人にとって毎日が幸せならいい。カーティスは穏やかな笑みを浮かべて、成長期の娘にお代わりを勧めた。するとシェリーは嬉しそうに執事からパンの山を受け取って、上品な所作ながら怯むことなく山を崩し始めた。
うん、良い食べっぷりだ。大きくなれ、シェリー。
「友人もできたんです。ネージュ・レニエという、第三騎士団所属の優秀な騎士なのですが」
父上、ご存知ですか。そう問われてしまい、カーティスはそうとわからない程度に眉を上げた。
もちろん知っている。かの少女の入団以来、男社会で困ってはいないかと何とは無しに気にかけていたのだ。
しかしネージュは予想以上に優秀だった。騎士団長の密かな憂いなど軽々と飛び越え、今度はついに班長に昇進することになったのだ。
「知っているよ。そうか、レニエ君か。彼女は強いだろう」
「はい、その上人柄も素晴らしいです! 同僚と喧嘩になったとき、間に入ってくれたんですよ」
シェリーは喧嘩と言ったが、七光りだと陰口を言われていることは知っていた。確かにシェリーは騎士団長の娘だが、入団したのは彼女自身の実力だ。
カーティスはシェリーを助けるネージュの姿を想像した。院長に暴行される寸前だったあの時、年下の仲間を助けようとした少女の姿と重なる。
「良い友達ができて良かったね。今度遊びに連れておいで」
「それが、私もそう思って誘ったのですけど、恐れ多いと断られてしまって」
残念そうに首をかしげるシェリーを前に、一瞬だけナイフを握る手が止まった。
恐れ多い、か。それはそうだ。騎士団長が住む邸宅だなんて、部下からすれば息苦しくてたまったものじゃない。わざわざ休日に緊張しに出かけるなんて、若者が進んでやるはずがないじゃないか。
カーティスはなんだか申し訳ない気持ちがした。父が騎士団長だったせいで、シェリーは初めての友達を家に呼ぶこともできないのか。
「……遠慮はいらないと伝えておいてくれ。でも、無理強いはいけないよ」
一応そう伝えてみたら、シェリーはそうですねと言って笑ってくれた。しかしネージュが遊びにくることは、終ぞ一度もなかったのだ。




