貴方のおかげで騎士になれた ④
この紺色の騎士服は間違いなく王立騎士団のものだ。子供達の絶対的な憧れ。忠実なる国王の騎士。
部下らしき騎士たちが気絶した豚を運び出すかたわら、空色の瞳の騎士がネージュに向かって歩み寄ってきた。
「君、大丈夫かい。怪我は?」
大きな手のひらが差し出される。高貴な騎士様に触れるには自分の手はあまりにもみすぼらしくて、ネージュは両手をぎゅっと握りしめた。
その行動を勘違いしたのか、騎士が悲しそうに眉を寄せる。彼は主君にするように片膝をついて、極めて優しい言葉で少女を労わった。
「すまないね、驚かせるつもりじゃなかった。君の涙を拭いてあげたいだけなんだ」
涙。その単語は違和感しか喚び醒まさなかったが、ネージュはおもむろに自分の頬に触れてみた。そこに雫の存在を確認して、ようやく安堵が押し寄せる。
強がってみても本当は怖かった。助けてくれたのだ。地獄のような状況から、この人が。
「な、何にも、されてない。さっきみたいなのは、今が初めてだったから。……大丈夫」
か細い声でようやく返事を返したネージュに、騎士はほっと息をついたようだった。手袋を纏った大きな手が伸びてきて、濡れた頬を拭っていく。
「勇敢なレディ。私が扉を開けた時、君は魔法を発動させようとしていたね。本当なら一人で何とかしてしまったのかもしれないな」
しかし彼の紡ぐ言葉は意味がわからないものだった。
魔法とはごく一部の人間にしか使えない特別な力。貴族の子弟ならば魔法学校に進み、王宮魔法官などの関係職へと就く。中でも騎士は憧れの職業で、全ての民から尊敬を集める最高の存在だ。
「……魔法?」
ネージュがぼんやりと復唱するので、騎士は信じられないものを見たという風に、ゆっくりと目を見開いていった。少女の涙を拭き終え、手を離しながら言葉を選び問いかけてくる。
「まさか、自分に魔力があることを、知らないのかい?」
「知らない。そんなもの持ってないよ?」
「……そうか。どうやら君は、よほどの環境で育ってきたようだね」
空色の瞳が複雑な色を映して陰っていた。憐憫と怒り、遣る瀬無さ、そして失望。負の感情ばかりが宿っていても、彼の目は美しかった。
「すまないね。私たちの力が及ばないせいで、苦しんでいる人が沢山いることは知っている。あともう少しだから……許してほしい」
その時の騎士の言葉は、ネージュにとってまったく訳のわからないものだった。何故か悲しい瞳で許しを乞うてきた彼に胸が痛んで、わざとらしい程に明るい笑みを浮かべて見せた。
「何を許すの? あたし、あなたに助けてもらったのに。ありがと、騎士様!」
ベッドの上に座ったまま頭を下げて、再び上げたその時のこと。彼はその瞳を泣きそうに歪めたように見えたが、それは瞬きの合間に消え去るほど一瞬の出来事だった。
「ねえ、騎士様。ここはどうなるの? 行く当てのない子供がたくさんいるんだ」
お願い、助けて。あの子達に死んで欲しくない。
ネージュは必死の思いを込めて彼を見つめた。少女の嘆願に思うところはあったようで、美しい騎士は安心させるように微笑んで、ネージュの頭を撫でてくれた。
「君はとても強いね、勇敢で優しいレディ。大丈夫、全て私に任せておきなさい」
子供に優しく博愛精神に富み、高潔で凛々しい騎士の中の騎士。眩しいその姿から目が逸らせないまま、嬉しくなって微笑んだ。
——騎士になりたい。この人みたいになりたい。
憧れが胸を焦がす。ネージュは何のためらいもなく、そんな夢を抱いたのだ。
その後は孤児院ごと王立騎士団に保護されることになった。
この国が荒れていることは幼心に理解していたし、孤児院の環境なんてどこも同じようなものだと思っていたのだが、どうやら麻薬の売人だった院長のせいで特別ひどい事になっていたらしい。その院長マンテレはというと、その後は更なる罪状が表沙汰になって、裁判の後に死刑に処された。
騎士様はネージュに学校に通うための援助を申し出てくれたが、それは丁重にお断りした。そんな迷惑はかけられないし、何より落ち着くまで孤児院に残って子供達の面倒を見てやりたかった。
心優しく面倒見のいい騎士様は、名をカーティス・ダレン・アドラスと名乗った。第一騎士団副団長を務める偉い人だと知ったのは、彼が去ってからのこと。
どたばたの一夜を終えて見上げた空の色は、かの騎士の瞳と同じ色をしていた。
その後の半年間、ネージュは孤児院で働いた。新しく来た女性の院長はいい人だったが、カーティスが来てくれないことは少しだけ寂しかった。
孤児院が落ち着いてからは兵士として国境警備の任につき、試験を経てようやく十六で騎士団に入った時、カーティスは既に王立騎士団長に就任していた。
貴方のおかげで騎士になれたと礼を伝えたかったが、それは土台無理な話。いくら自身が騎士になったと言っても、騎士団長閣下と新米では天と地ほどの差があり、おいそれと声などかけられない。そもそもカーティスが過去に救った平凡な少女のことなど覚えているはずもなく、よく考えたら思い出して欲しくないような気もした。
あの時の自分は敬語も使えないクソガキだった。品がなくて無礼で、薄汚れた身なりの貧相な子供。
そんな過去を知られたら、むしろ恥ずかしくて死ぬ。
ネージュは一人納得して、この思い出を誰にも話さずしまっておくことに決めたのだ。




