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貴方のおかげで騎士になれた ③

 幼い頃の記憶には、いつも曇り空が付きまとう。

 ネージュは親のいない捨て子だ。王都モンテクロの孤児院で子供時代を過ごしたが、その環境は散々なものだった。

 躾と称して鞭で子供達を痛めつける院長に、一日一度しかない食事。栄養状態は常に下限を彷徨っていて、病を得た者から順に死に誘われていく。

 皆が中年男の院長の機嫌を損ねないため必死で家事をこなした。奴に毎朝酒を献上するのはいつも腹立たしかったけれど、仲間たちに手を出させないためには必要だった。

 そんな時、見上げた空はいつも曇っている。自身の心を映すようで、ネージュは見るたびに暗い気持ちになった。

 そうして痛めつけられるばかりの子供時代を過ごし、十三歳の誕生日を迎えた初夏の夜、事件は起こる。


 明日になったらこの孤児院を出る。朝日が待ち遠しいと思ったのは、生まれて初めてのことだった。

 誕生会は楽しかったな。まさか皆がケーキを用意してくれるなんて思いもしなかった。お腹が空いていただろうに、おこづかいを貯めてまで。

 ネージュは笑みをこぼしながら、みすぼらしい麻の鞄に少ない着替えを詰めていく。準備はすぐに終わって、その代わりに不安が襲いかかってきた。

 残していく子供達の事を考えるとどうしようもなく心が沈む。ネージュは皆のお姉さん的存在で、自分がいなくなったら彼らがどうなるのか、考えるだけで恐ろしかった。

 けれどネージュは無力だ。幼い子供達に、ここにいるより死から遠い生活を保障することなんてできはしない。

 理不尽だと、そう思う。どうしてこんなに憤りを感じるのだろう。子供という生き物はもっと愛を受けて育つべきで、自分はそんな環境を知っているような気がする。

 妙な妄想に取り憑かれたことに気付いて、ネージュは首を左右に振った。

 明日は早いのだからもう眠らなければ。しかしベッドに入ろうとしたところで、部屋の扉がゆっくりと開き始めた。

 鼻に届く酒精のおかげでその正体はすぐに知れた。闇の中で肥え太った醜悪な男の姿を認めたのも束の間、ネージュは口を塞がれてベッドに背中から押し付けられてしまった。


「よう、ネージュ。起きて待ってたのかあ?」


 院長のマンテレに耳元で囁かれて全身が総毛立つ。突然の事態に混乱しながらも、ネージュは覆いかぶさる男を睨み据えた。

 憎しみのこもった視線にも動じることなく、マンテレは下卑た笑みを浮かべている。


「お前はどの子供よりも利口でクソ生意気だったな。大人になるのが楽しみだったよ」


 その台詞に自らが直面した窮地を理解したネージュは、両足をバタつかせて大暴れを始めた。

 しかし少女の力など大人の男には及ばない。両足に太った男の体重がかかり、腕は頭の上で拘束されてしまう。


「離せ! こんなことしていいと思ってるのか、このクソジジイ!」

「ちっ。大人しくしろ、下品なガキめ。どうせ一度きりだ、せっかく育ててやった俺に恩返しくらいして見せろ」


 吐き気のする理屈をこねながら、マンテレの手が頬を撫でる。その感覚に嫌悪感を噴出させたネージュは、必死で身を捩りながら応戦した。


「ふざけるな! あんたに育ててもらったつもりはこれっぽっちもない!」

「ふうん、やっぱりお前は恩知らずだなあ。ちょっとは姉貴たちを見習ったらどうなんだ」


 ネージュは凍りついたように動きを止めた。今この男はなんと言った。姉貴たち? 今はもうこの孤児院を出た仲間のことを、どうして。


「あんた、まさか」


 顔を白くして問いかけるネージュに、マンテレはおかしくてたまらないという顔をした。


「ああそうさ。お前の姉貴たちは、ちょっとなぐったら皆従順になったぜえ? お前はどうだろうな」


 頭の中が瞬時に赤く染まった。これほどの怒りを感じたことは、今までの人生で一度もない。

 こいつ。こいつこいつこいつ! よくも、皆を……!

 一つ年上の友は、旅立つ朝に目を腫らしていた。寂しくて泣いてしまったのだと彼女は言った。その一つ上のあの子も。あの子も、あの子も。


 ——許さない。絶対に、許してなるものか。


 心が燃え、全身の血が逆流する。それと同時に薄茶色の瞳が輝いて、枯れ枝のような身体に力がみなぎっていく。

 目の前の醜い大人が憎くて仕方がなかった。こんな理不尽がまかり通るこの世の全て、呪っても呪っても足りない。

 地鳴りのような音が聞こえた気がしたが、それは空耳か、魔力によるものか、それとも来訪者たちの足音だったのか。

 部屋の扉が吹き飛んだのはあまりにも突然の出来事だった。

 あっけにとられているうちに体の上を青い炎が通過して、のしかかっていた不快な重みが消えて無くなる。ネージュは恐る恐る顔を巡らせて、今まさに入室してきた背の高い男の存在を認めた。

 ダークブロンドの髪に空色の瞳。夜陰においても美しいその色は、端正な面立ちを品良く彩っている。男は青い炎を纏った剣を振り払って、床に転がったマンテレに冷徹な眼差しを据えた。


「ブルーバレイ孤児院院長、マンテレ。貴殿を麻薬法違反と児童暴行の疑いで逮捕する」


 深みのある低音が暗く淀んだ室内に響く。ネージュは呆然としたままベッドに横たわっていたのだが、彼が騎士様であることに気付いてさっと上体を起こした。


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