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チートって何だっけ? ②

 その翌日。ネージュはシャツにスラックスという軽装を身に纏い、王都から離れた森の中に一人佇んでいた。ここなら誰かが来る心配もないし、万が一に備えて広大な範囲の結界も敷いておいたので準備万端だ。

 心を落ち着ける為に深呼吸をする。腰に下げた剣を抜いて前に掲げると、一番得意な魔法の呪文を唱えた。


「土の城壁!」


 その途端に轟音をあげて出現する土の壁。しかしその規模はと言うと、今まで見たことも聞いたこともないものだった。

 高さは見上げても足りない程。しかもネージュを中心として大きな円を描いており、自身の部下を全て入れてもまだまだ余裕がありそうだ。

 ネージュの青い顔を汗が伝い落ちていく。

 何だこれ。以前とは倍率すら計り知れないほどの魔力量になっているってどういうこと。魔力を全て使い切ってもこれほどの魔法は発動できなかったはずなのに、今では連発できそうなくらいに力が有り余っている。

 ネージュは恐る恐る剣を掲げた。では、自身の属性以外の魔法はどうか。


「深海の怒り!」


 呪文と同時にぶち上がった巨大な水柱を、ネージュは遠い眼差しで見つめた。すぐに魔力を納めて、次は風の魔法を選ぶ。


「風切り羽!」


 無数の風の刃が切っ先から飛び出して、森の全てを切り倒していく。


「紅炎の舞!」


 赤い炎が何本もの渦を巻いて木々を燃やしていったので、水を出して消しておいた。


「雷鳴轟々!」


 無数の雷が落ちて、あたり一帯が黒焦げになる。

 ネージュはがくりと膝をついて、最後に苦手なはずの治癒魔法を使った。みるみるうちに元の姿を取り戻した森に安堵するも、今起きたことへの動揺がやすやすとそれを上回る。


「……うう」


 情けないうめき声が口の端からこぼれていった。

 酷い、あんまりだ。こんな力、制御するのにどれほどの時間がかかることか。

 ますますとんでもないことになった状況を実感したネージュは、しばらくの間青い顔を森へと向けたままでいたのだった。




 王宮へと戻ってくると自然と足が訓練場に向いてしまう。しかしいつもとは違った緊張感を場内から感じ取ったネージュは、柱の陰からそっと中を覗くことにした。

 そこではシェリーとその直属の上官であるライオネルが剣を交わしていた。

 美形同士の斬り合いは大変絵になる。ネージュは感心してその様子を眺めていたのだが、やはり勝負はすぐに着いてしまった。

 細身の剣が天を舞い、土を敷いた地面に深々と突き刺さる。荒い息を抑えることさえできないまま、シェリーは空になった手を胸に当てて深々と一礼した。


「団長殿、お手合わせ頂きありがとうございました」

「構わない。強くなったな、副団長」


 この距離感こそ、初期の二人だよね。

 ネージュはにやける顔もそのままに二人を見つめる。このお互い役職で呼ぶ間柄が、最後には名前呼びになる。そのじれったい距離の詰め方は悶絶ものだった。


「……時に、副団長」

「なんでしょうか、団長殿」

「腹が減らないか。私は今から昼食を取りに行くのだが、一緒にどうだ」


 ネージュは心の中で歓声を上げた。

 これはまったく見覚えのない展開だ。男性陣と一緒に偵察に行く機会がなくなった以上、シェリーが誰と恋仲になるのか予想もつかない。これからは見知らぬ恋のイベントが多数発生していくのかも。

 一体どう答えるのだろう。友の恋の行方を占ってドキドキしていたネージュは、シェリーが表情を変えないまま首を横に振るのを目の当たりにすることになった。


「申し訳ありません、団長殿。私はもう少しだけ訓練を続けます。今掴んだものを忘れないうちにものにしたいのです」

「……そうか、熱心だな。頑張りたまえ」


 ライオネルは端正な顔に小さな笑みを浮かべた。柳緑色の瞳が愛しいと語っている。その表情は部下の勤勉ぶりに対する労りに満ちているようで、少しだけ寂しそうにも見えた。


「は! ありがとうございました、団長殿!」


 シェリーの態度は生真面目が一貫していた。ライオネルは気にするなと手を上げて、訓練場を後にして行く。


 ——っだあ〜! 何これ、辛い! バルティア団長、どんまいです!


 ネージュは震える手で口元を押さえた。恋が発展する様子も良いが、うまくいかないのもそれはそれで尊い。

 しかしこれほどまでにフラグを綺麗に叩き折ってしまうとは。ライオネルルートの可能性が潰えたわけではないが、シェリーの恋の相手は一体誰なのだろうか。

 ネージュは思案しつつ、熱心に剣を振るうシェリーを横目に訓練場を後にした。

 重大な役目を担った戦を前にして、彼女もきっと気を張り詰めさせているのだろう。仲良くおしゃべりに興じるのは、お互い気を抜いている時だけでいい。


 *


 時は慌ただしく過ぎる。王宮からほど近くの平原に黒豹騎士団が陣を張ったとの一報が届いたのは、偵察任務から丸五日が経ってのことだった。

 女王陣営が擁するのは銀の甲冑を纏った王立騎士団六百名と、近衛軍五千。対するマクシミリアン陣営には黒鋼の甲冑を纏った兵黒豹騎士団五百名と、ブラッドリー領軍四千八百。それだけの数の猛者たちが荒野を挟んで向き合う様は、いっそ壮観だった。

 互いの騎士団の紋章を記した旗が幾十と翻り、その下に並ぶ騎士たちは前を見据えたまま動かない。空には鉛色の雲が立ち込めていたが、雫を垂らすことなく生ぬるい風を吹かせている。

 第三騎士団二百人の先陣に立ったネージュは隣に佇む老騎士を見上げた。バルトロメイは特別な感情をその瞳に映すことはなく、いつもの如く祖父のような眼差しで、兜の隙間から部下を見つめ返してきた。


「最善を尽くしなさい、ネージュ。私は君を信じる。そして部下も君を信じている。それを忘れるな」


 大好きな上司の気遣いにあふれた言葉に支えを得たネージュは笑みを浮かべて頷いた。


 ——ありがとうございます、ガルシア団長。ですが私には戦に出ること自体より、気にすべきことがあるんです。


 如何にしてシェリーを救い、かつ人的被害ゼロでこの戦を終わらせるのか。ネージュの脳内はその対策を反芻するあまりにパンク寸前だった。

 無い知恵を絞って事前に立てた策はこうだ。シェリーが先鋒として切り込むのを、遠方から魔法を使って密かに手助けする。

 魔力のコントロールはこの五日間で出来うる限り磨いておいた。正直言ってかなり不十分だが、彼女の周りに土の壁を立てるくらいはできるだろう。

 そのあとは敵陣深くに侵入したところで魔法を解く。大胆ではあるがマクシミリアンと相対させてしまうのだ。

 ライオネルルートの終盤において、マクシミリアンはシェリーに攻撃できずに自身が致命傷を負うという展開がある。この前半戦においても親子の情は同じだとすると、マクシミリアンにシェリーをぶつけることで、戦意を喪失させることができるかもしれない。

 かなり危険な策だが何の防御もなく敵陣に突進させるよりは余程いい。何より短時間での決着が見込めるため、人的被害も少なくて済むだろう。もしマクシミリアンが自身の娘に気が付かなければ、その時はネージュが持ち場を放棄してでも助け出すつもりだ。

 つもり、だったのに。

 ネージュは我が目を疑った。信じられない光景を前にした心臓が嫌な音を立て、全身から冷や汗が噴出する。

 斜め前方、荒涼とした大地の真ん中に進み出たのは、白馬にまたがるシェリーだったのだ。


「我が名はシェリー・レイ・アドラス! 女王陛下の名の下に、貴君らに一騎討ちの申し入れを致す!」


 馬上にあって彼女は一際美しかった。甲冑からたなびく銀髪も、背筋の伸びた姿勢も、曇り空などものともしない凄みに満ちている。


 ——えっと、夢だよね。これは夢だ、夢だ夢だ夢だ。


「恐れを知らぬ勇士は前へと出られよ! この私の首を取れば、その名を国中に知らしめることが出来ようぞ!」


 玲瓏たる声が平原に轟く。戦女神のごとき姿に誰もが目を奪われている。

 宣言を終えたシェリーが剣を抜き放つと同時、自陣に構えた騎士と近衛兵が一斉に沸き立った。

 それは凄まじい歓声だった。誰しもが主役の登場に熱狂し、その勝利を信じて気勢を上げる。


 ——うん、さっすが主人公、かっこいい〜! …………っじゃなくて!!!


 ネージュは沸き返る周囲にあって、口を開けたまま友を見つめた。それは今回の計画が根幹から覆されたことを示す、笑える程に絶望的な光景だった。


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