チートって何だっけ? ①
王宮に帰還したのは早朝だったのだが、間もなく緊急会議が催されることになった。昨晩と全く同じメンバーが集結した今、会議室の空気は重みを更に増している。
ネージュはその末席に身を沈めながら、これから始まる会議の行方を思った。
「戦争か。どうやらブラッドリー公は手段を選ばない気らしいな」
ライオネルが端正な面立ちを顰めて言う。彼の言葉はこの場にいる全員が感じていたことだった。
戦略についての議論が始まる。彼らは皆難しい顔をしていて、話し合いは過熱の一途を辿った。
どこでぶつかり合うことになるのか、時期はいつ頃か。魔術記録装置で持ち帰った映像を眺め、敵戦力についても推察を重ねる。
「では次、先鋒を務めるのは誰か検討に移りましょう」
そうして作戦が固まりかけた頃。宰相閣下が投げかけた議題に、ネージュは俄かに表情を引き締めた。
ここだ。ここでハンネスが先鋒に決まり、彼は戦争で命を落としてしまうのだ。戦は熾烈を極め、敵味方問わず甚大な被害を出すことになる。
何より重要なのがハンネスがマクシミリアンの友であるという事実。ついに自らの友を死に追いやった自責から、マクシミリアンの心は闇に堕ち、今後は更なる暴走を重ねて行くことになる。
ハンネスの帰りを待つ家族のためにもこのまま手をこまねいているわけにはいかない。彼が先鋒を務めるなら、ネージュはフレッドと共にその補佐を担当するのだ。それなら何とか最悪の悲劇は回避できるはず。
しかしなかなかどうして思い通りにはいかないものらしい。
「宰相閣下、先鋒は私に務めさせて頂きたく」
静かな、しかし凛とした眼差しで申出たのは、他ならぬシェリーだった。
ネージュは驚愕の眼差しを友へと向ける。彼女の背はまっすぐに伸びていて、その言葉に少しも迷いがないことが察せられた。
会議を終えたネージュは自室に戻るなりシャワーを浴びる。髪を乾かすのもそこそこに、タンクトップに短パン姿の体をベッドに横たえた。
——なんでこんなことになっちゃったかな……?
もはや笑うしかなかった。茫洋とした視線を虚空に向け、まさかの事態に陥った我が身の無能を呪う。
シェリーは先鋒隊の指揮を任されることになった。攻略キャラがこぞって補佐に立候補する中、ネージュも必死で右手を上げたものの、補佐の座を獲得することはできず終い。戦が始まるまでまだ数日の猶予があるとの見立てによって、それまではおのおの必要な仕事をこなすことになった。
あとでシェリーに聞いたところによれば、「ネージュが命をかけるなら、私も同じようにしなければと思った」らしい。
なんということだ。偵察任務に立候補したあの時の自分を殴りたい。
だが、それ以外にシェリーを偵察に向かわせない手立てなどあったのだろうか。もっと立ち回りが上手ければ、今こうして危機に陥ることもなかったのか。
どうしたらいい。自分のとった行動ひとつで、物語の筋書きからどんどん外れていく。
ネージュは自らの顔を両手で覆った。今更のように困難な使命を言い渡された実感を得て、胸が鉛を飲み込んだように苦しい。
様々な不安が渡来する中、ネージュはそっと目を瞑る。この三日間まともに睡眠をとっていない体はいつのまにか意識を手放していた。
*
「あなたには私の都合で過酷な運命を背負わせてしまったわね。ほんとうにごめんなさい」
真っ暗な空間に一人の女が佇んでいる。
年の頃は二十代後半だろうか。艶やかな黒髪とこげ茶の瞳を持ち、シンプルなワンピースを着ている。この世の不幸を知り尽くしたような悲しい瞳で見つめられ、ネージュは息を詰めた。
この顔、どこかで見た覚えがあるような気がする。どこだったか。尋ねたいのに少しも声が出てこない。
「あの子と友達になってくれてありがとう。どうか、よろしくね……」
その懇願は切なげな笑みを伴っていた。その表情に言い知れぬ胸の痛みを覚えた時には、既に女の姿は暗闇に掻き消えていたのだった。
瞬きの次にはまたあの神殿のような場所にいた。
あまりにも突然のことに頭が追いつかない。しかし再会を果たした神は、自身が転生させた娘の狼狽など気にしたそぶりも見せず、あろうことかソファを模した石の上に寝転がっていた。その白魚のような手には見覚えのあるゲーム機が握られており、胸の前にはポテチの袋を抱え込んでいる。
神は画面から視線を上げると、実に朗らかな笑みを浮かべた。
「ああ。頑張っているな、地球の子よ」
——どういうことだこのニート。私だってニンテ◯ドース◯ッチなんて持ってなかったんだぞ。
喉元まで暴言が出かかったが、すんでのところで飲み込むことに成功した。代わりに拳をギリギリと握りしめながら、急な召喚に対しての文句をぶちまけることにする。
「せっかく寝てたのに。それにさっきの、何?」
「さっきのとは」
「知らない女の人の夢を見たの。あれ、神様が見せたんでしょ。回りくどい事しないで、伝えることがあるならはっきり言ってよ」
苛立ちを隠そうともしないネージュに、神はしばし思案するそぶりを見せた。ゲーム機の電源を落とし、ポテチを脇に避けてから、改めて正面を向いて座り直す。
「それはどんな女だったのだ?」
「黒いロングヘアーの綺麗な人。二十代後半くらいかな。日本人っぽく見えたけど、よくわからない」
「……ほう。なるほど」
ネージュの答えを受けて、神は含みのある笑みを浮かべた。
しかしそれ以上言葉を口にすることはなく、やれやれとばかりに肩をすくめてみせる。
「なかなか面白いことになっているではないか。早くも筋書きから離れてきたな?」
「……うう」
ネージュはぐっと押し黙った。
やはり神は全てを見通しているらしい。下手を打ったネージュを嘲笑うために呼んだのだろうか。
「そなたを呼んだのは他でもない。実は、いくつか伝え忘れていたことがあったのだ」
神は優美な笑みを浮かべている。ネージュはその表情に嫌な予感を覚えて身構えたのだが、それは儚くも的中した。
「誰も死なない、というのは敵方までを含めてのこと。もちろんマクシミリアンの死まできっちり阻止せよ」
「……はい?」
ネージュは思わず笑顔で聞き返していた。それを本当に聞こえなかったがゆえと思ったのか、神は全く同じことをもう一度述べる。
「だから、敵方まで救えと言っているのだ。あと末端の騎士、国民、全て取りこぼすことは許さぬ。あとはそなた自身もだ、地球の子よ」
「……はああああ!?」
悲痛な絶叫が神殿内に木霊した。
何を言っているのだこの神は。いやもちろん、誰一人として死なないように努めようとは思っていたけれど、流石にネージュ程度の力で担うには全国民の命は重すぎる。
何より、マクシミリアンの死を止めるのが一番難しい。誰も死なずに結末を迎えたとしても、謀反人は処刑すると法で定められているのだ。それを邪魔しようとすれば王立騎士団の全員が敵に回ることだろう。
「流石に無理じゃない!? 無茶振りが過ぎると思うんだけど!」
「そう言うと思ったから、特別策を用意しておいた」
「特別策?」
ネージュは胡乱げな瞳で瞬きをした。この神の特別扱いはろくなことがない。
「そなたに魔力を与えよう。全属性、最大出力で扱える最強の魔力だ。世界でそなたに敵うものは一人としていなくなる」
「……はい?」
ネージュはまたしても笑顔で聞き返したが、今度の神は説明してくれることはなかった。
魔力なんてものはコントロールが出来なければ何の意味もないものだ。急に魔力が高まったりすれば、今まで扱えていた魔法が使えなくなってしまう。
「ちょっとまってよ! そんなものもらったって、扱えないって!」
「努力でなんとかするがいい。もらった力を生かすも殺すもそなた自身よ」
神が頭上に掲げた右手が虹色に輝き出す。太陽のごとく煌々とした光に耐えられず、ネージュは目を瞑ってしまった。
「少々痛いぞ、覚悟せよ」
「えっ……ま、まったまった! たんま! タイム! ストップ!」
次の瞬間、強烈な熱がネージュを包んだ。あまりの衝撃に息が止まって、悲鳴すら出てこない。
——この神、やっぱりだいぶ雑じゃん。
そんな恨み言を脳内で唱えた時、意識がプツリと途切れてしまった。
*
「熱っあああ!?」
ネージュは豪快な叫び声を上げながら飛び起きた。
風呂から出た時は鳥のさえずりが聞こえていたはずが、今の自室はすっかり暗闇に沈んでいる。冷えた汗のせいで張り付くタンクトップが不快だ。朦朧とした頭を抑えたネージュは、魔力で明かりを点そうとして——とんでもない光を放ち始めたランプにベッドから転げ落ちそうになった。
慌てて出力を調整して普段の明るさになったのは良いが、突然の出来事に心臓が大きな鼓動を刻んでいる。
「まさか……今の、夢は」
口に出してみると実感が湧いてくる。どうやら自分はあの神によって、とんでもない魔力を授けられてしまったらしい。
どうしろというのだ。この力を使ってどうしろと。
神が言うほどの力なら、この世界で手にしている者など存在しない。いきなりそんな魔力を披露すれば疑念を向けられるのは必至。おそらくは尋問の対象となり、悪くすれば投獄の可能性すらある。
乾いた笑いが口から漏れた。余計に困難を増した使命を反芻して、ネージュは再びベッドへと突っ伏したのだった。




