表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/9

プロローグ 金曜、二十五時

 世界というものは、誰かの雑な要件定義でできている。

 入社五年目にして俺がたどり着いた、ささやかな真理だった。

 金曜の深夜二十五時。正確に言えば土曜の午前一時。株式会社ネクサスウェア第三開発部のフロアで、俺――三嶋湊、二十七歳は、本番リリースの完了報告メールを打っていた。

 件名「【完了】顧客管理システム更改 本番リリース作業のご報告」。本文、異常なし。切り戻しなし。デスマーチの終着駅としては上々の部類だ。三ヶ月前、顧客が「とにかく全部いい感じに」という一行の要望を投げてきたときには、この日を無事に迎えられるとは思っていなかった。

「三嶋くん、まだいたの」

 振り向くと、プロジェクトマネージャーの佐伯さんが、コンビニ袋を提げて立っていた。

「メール打ったら帰ります。佐伯さんこそ」

「月曜の障害報告書の下書き。まだ障害起きてないけど」

「起きる前提なんですね」

「起きない前提で書類を作らないのが、大人になるということです」

 佐伯さんはそう言って、袋から出した缶コーヒーを一本、俺のデスクに置いた。こういうところがあるから、この人の下では辞められない。

「三嶋くんはさ」缶のプルタブを起こしながら、佐伯さんは言った。「腕はいいのに、変なところで枕を高くして寝られないタイプだよね。仕様書に書いてないことまで気にする」

「書いてないことが本番で人を殺すんですよ。比喩ですけど」

「その調子で頼むよ。……お疲れさま。よい週末を」

 よい週末。いい響きだ。土曜の午前一時に聞くのでなければ、もっとよかった。

 終電はとうに消滅していた。タクシーアプリを開くと、深夜料金に雨の割増が乗って、目玉が飛び出るような数字が表示された。俺は画面を閉じ、歩いて帰ることにした。アパートまで四十分。リリース明けの頭を冷やすには、ちょうどいい距離だ。

 雨上がりの路面に、信号の赤がにじんでいた。

 コンビニで缶ビールとカップ麺を買った。袋を提げて、いつもの近道――ビルとビルの間の、細い路地に入る。

 その路地の真ん中で、地面が光っていた。

 最初は、水たまりに看板のネオンでも映っているのかと思った。だが違う。光は路面そのものから滲み出ていて、淡い燐光の線が、幾何学模様を描いていた。二重の円環。円周に沿って並ぶ、見たことのない文字。円の内側には、文字列が整然と区画分けされて詰め込まれている。

 俺は疲れた頭で、それを数秒、眺めた。

 綺麗にネストしてるな、というのが最初の感想だった。外周の環がヘッダで、内側のブロックが本体。区画ごとに先頭の記号が揃っていて、字下げまでしてある。まるで――。

 まるで、誰かが書いた、行儀のいいコードみたいだ。

 光が強くなった。

 足元から浮遊感が突き上げてきて、ビールとカップ麺の袋が手から離れて宙に浮いた。まずい、と思ったときにはもう遅かった。視界が白に塗り潰され、耳の奥で、大量のファンが一斉に回り出すような轟音が鳴った。

 意識が途切れる寸前、俺は思った。

 ――障害報告書、やっぱり月曜までに要るんじゃないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ