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七階のエレベーター  作者: リンコ


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第1章 最初の消失

七階のボタンを押した少女は、消えた。

監視カメラにも記録は残っている。

エレベーターも正常に動いていた。

それなのに――彼女だけがいなくなった。

どうか最後の真相までお付き合いください。

監視カメラの映像には、すべてが記録されていた。


午後五時四十三分。大阪市阿倍野区、『サンライトハイツ』。築三十年を過ぎた十階建てのマンションのエントランスに、オレンジ色に傾いた西日が床タイルの目地を一本一本なぞるように差し込んでいる。


自動ドアが静かに開く。


制服姿の少女が一人、ロビーに足を踏み入れた。紺のブレザーに白いリボン、膝丈のプリーツスカート。右手に学生鞄、左手にコンビニの袋。鞄から取り出したスマホの画面を覗き込み、一瞬眉をひそめた後、顔を上げた。ためらいのない足取りでエレベーターホールへ向かう。


ワンピース型のワイシャツの袖口が、かすかにほつれている——三年生だろうか。


呼びボタンを押す指は、真っ直ぐに伸びていた。到着したエレベーターの扉が左右に開く。少女は中へ足を踏み入れ、振り返り、正面を向く。


右手が伸びて、七階のボタンが押された。


扉が閉じる。


ランプが順に点灯していく。1、2、3——5、6、7。到着を知らせる電子音が鳴り、扉が開く。


誰も、出てこなかった。


カメラはそのまま回り続けた。開いた扉の向こうに、蛍光灯に照らされた七階の廊下の壁紙が映っている。ひび割れたクリーム色。誰もいない。エレベーターの中も、廊下も、ただの空虚だけがそこにあった。


一分。二分。やがて扉は自動的に閉まり、エレベーターは停止したまま沈黙した。


警備会社のモニター担当者が異変を察知したのは二十分後のことだった。管理人が七階とエレベーター内部を確認し、警察に通報した——橘美晴、十七歳。彼女の姿は、監視カメラの映像のどこにも、それ以降映っていない。


エレベーターの中で、完全に消えていた。


捜査は空転を続けた。監視カメラは改竄の痕跡なし。エレベーターの構造に隠し扉なし。七階の住人全員が任意の事情聴取を受けたが、誰一人、美晴がエレベーターを降りる姿を見ていなかった。彼女は物理法則を無視して、この世界から蒸発した——としか説明のつかない状況だった。


三ヶ月後、警察は表向きの捜査を打ち切った。


そして街では、こう囁かれるようになった。


——『サンライトハイツの七階のエレベーターに乗ったら、消えるらしいで』


——『女の子だけが消えるんやて』


——『十年に一人やて』


十月の午後。空気の芯がようやく冷たくなり始めた季節だった。


俺、高橋修司は阿倍野の商店街から一本外れた路地の奥にある喫茶店『そうれん』の隅席で、十四インチのノートパソコンとにらみ合っていた。クラウドソーシングで拾った観光案内のSEO記事。文字単価一円、三千字で三千円。ブレンドコーヒー一杯四百二十円。二杯飲めば、半日働いた分はほとんど消える計算だ。


(元全国紙の記者が、今じゃカルーセルで売ってるコタツ記事の量産か)


誰にともなくそう呟いて、冷めきったブレンドをすすった。苦味だけが舌の奥にこびりつく。酸味はとっくに死んでいた。


父が死んだのは、俺がまだ制服を着ていた冬のことだ。


小さな町工場を営んでいた父は、取引先の理不尽な単価切り下げに抗議し、裁判を起こした。そして負けた。機械は差し押さえられ、借金だけが手元に残った。年が明ける前に、父は自宅のガレージで首を吊った。


真実を突きつけて、真実に殺された——と言っても過言ではない。


俺が記者を選んだのは、それから一年後だ。大手紙の入社試験に受かった時、本気で思っていた。あの時、父ができなかったことを、今度は俺がやる——と。


(そして、まあ、その結果がこれだが)


パソコンの隣に無造作に置いたペンケース。その中に、一つの万年筆が入っている。パーカー。金のクリップが店内の蛍光灯を鈍く跳ね返す。父が生涯で一度だけ、自分のために買った品物だと言っていた。取材ノートを開くとき、俺は必ず最初のページにこの万年筆で書く。『高橋正一』——自分でも滑稽だと思うが、祈りに近い習慣だった。


「なあ、知ってる?サンライトハイツの話」


声が聞こえた。


隣のボックス席に座る五十代くらいの女性が二人、コーヒーカップを両手で包むように持ちながら話し込んでいる。金曜の午後二時。片方のエプロンにはまだパン粉がついていた。パート帰りだろう。


「ああ、三年前に女の子が消えたっていう——」「それがな、また消えたらしいねん」

「え、嘘やん」

「嘘やないて。隣の区の娘で、まだ中学生やって。先週の水曜——」


中学生。


キーボードの上で、左手の人差し指が止まった。他の指はまだキーの上に浮いているのに、その一本だけが、まるで接着剤で固められたみたいに動かない。


「警察はまだ発表してへんらしいけど、マンションの前で夜中に母親が泣き叫んでて、救急車まで来たんやって——」「勘弁してよ。もう呪いと違うの、あれ」


呪い、か。


そうやって片づけたくなる気持ちはわからないでもない。不可解なことは、不可解なまま棚の奥に放り込んで蓋をした方が、人間は楽に息ができる。理解できないものには名前をつける。都市伝説。怪談。呪い——そのどれかで括ってしまえば、少なくとも自分の日常は守られる。


(だが——もし本当に「もう一人」消えたのなら)


俺はタッチパッドに指を滑らせ、ブラウザを立ち上げた。


「サンライトハイツ 失踪」——三年前の関連記事がずらりと表示される。地元紙の第一報、全国紙の社会面の片隅に載った小さな囲み記事、週刊誌のネット版。どれも事件の不可解さを強調しながら、結局は「警察の発表を待つ」の一文で括られている。これが日本の事件報道の定石だ。誰も一歩を踏み外さない。


スクロールを続けると、あるまとめサイトのスレッドにぶつかった。『【都市伝説】大阪・サンライトハイツ七階の呪い』——書き込みは既に百件を超えている。「実際に物件を見に行ったら不動産屋に止められた」「友達の友達が住んでたけど何もなかった」「いや消えたってマジだって」——大半はノイズに過ぎない。だが、そのノイズの海の中に、一つだけ引っかかる投稿があった。


『三年前の子、橘って苗字じゃなかった?うちの娘と同じ中学で、すごい真面目な子やって。クラス委員もしてたらしいで』


橘美晴。


俺は鞄から手帳を取り出し、ペンケースを開けた。万年筆を握る。指の腹がペン軸の微細な傷をなぞる。冷たかった金属が、体温でゆっくりと馴染んでいく。


手帳に書き込む——橘美晴、十七歳、サンライトハイツ七階、三年前の十一月。それからもう一度キーボードに向かい、「阿倍野区 中学生 失踪」で再検索をかける。公式の報道はまだ出ていない。当然だ。警察が発表していなければ記事にならない。


(なのに、隣の席の主婦は知っていた)


情報は水だ。どんなに厳重に蓋をしても、微細な隙間からじわりと漏れ出す。新聞記者を八年続けて、身に染みるほど思い知った真理だった。


パソコンを畳み、伝票をレジに持っていく。無愛想なマスターが無言で金を打った。


「四百二十円」


俺が小銭をトレイに置くと、マスターは釣り銭を返しながら、カウンター越しにぽつりと言った。


「高橋さん、今日はやけに早いですね」


「ええ、まあ」


「——また事件ですか」


振り返る。マスターは俺を見ていなかった。視線は手元のシンクに落ちたまま、スポンジでカップを洗っている。


「顔が、記者に戻ってましたよ」


俺は何も答えず、ガラス戸を押した。十月の外気が、コーヒーの焦げた匂いを一瞬で剥ぎ取っていく。


サンライトハイツは駅から徒歩十分ほどの場所にあった。表通りから一本入っただけで、急に人通りが途絶える。十階建てのツーマンション。昭和の終わりに建てられたらしく、白い外壁タイルのあちこちに茶色い雨染みが滲み、五階部分と八階部分の二箇所でひび割れが走っている。一階の不動産屋の窓に貼られた賃貸募集の張り紙は、色褪せて電話番号の最後の二桁が読めなくなっていた。


エントランスに近づく。


ガラス戸越しにエレベーターホールが見えた。蛍光灯の白い光が、磨り減った石床をぼんやりと照らしている。壁の高い位置に据え付けられた防犯カメラが一台、黒いレンズをエレベーターの正面に向けていた。


(このカメラが、三年前の映像を捉えていたのか)


一歩、エントランスのタイルに足を乗せた瞬間だった。


エレベーターの階数表示が——7——一瞬だけ、赤く点灯した。


一拍の後、それは消える。エレベーターの扉は閉じたままだ。誰かが呼んだ気配もない。機械の誤作動か——いや。


俺はカメラのレンズを見上げた。無機質な黒い瞳が、無言で俺を映している。


(あの時、俺はまだ知らなかった。このマンションの七階が、十年分の嘘と小さな死体の上に建てられていることを。知っていたとしても——たぶん、同じ選択をしただろう。それが俺という人間の、どうしようもない性分だったのだから)


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

実はこの作品は、AI創作プラットフォーム「MoeGen」を活用して制作しています。

「もし自分だけの物語を作れたら」

そんな発想から生まれた作品でした。

小説、漫画、物語づくりに興味がある方は、ぜひ一度体験してみてください。


MoeGen

https://www.moegen.ai/


あなたの一言から、新しい物語が生まれるかもしれません。

それでは、また次の作品でお会いしましょう。

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