第八話 常桜学園の入学式
ミツバとソウジが婚約してひと月ほど経った、四月。
桜の花弁が舞う中、ミツバは義姉のツバキと一緒に常桜学園――鬼人達が多く在籍している学園――へとやって来た。
入学式のためだ。本日からミツバはこの学園に通う高校生となるのである。
学園が近付いて来ると、校門前に見知った顔が立っているのが見えた。
ソウジだ。彼も常桜学園の学生服を着ている。ソウジはミツバ達の姿を確認すると、朗らかな笑顔を浮かべて手を振ってくれた。
「おはようございます、ミツバさん、ツバキさん」
「おはようございます、ソウジ君。今日は良いお天気ですね」
「おはよう。なーに、待ち伏せしちゃって」
「せっかくなのでミツバさんと一緒に行きたいなって思って」
ふふ、と笑って言うソウジに、ツバキが頬を引き攣らせる。
「あんた、意外と攻めるわね……」
「どうせなら仲良くなりたいなって。あと、ちょっと周囲の様子がどうなるか気になったもので。牽制をしておこうかと」
「それには同意するけど、あんた良い性格しているわね……。ミツバ、こいつ本当に性格が悪いから騙されちゃダメよ?」
「ふふ、心外です」
ツバキの言葉に、ソウジは良い笑顔を浮かべてそう返した。
そう言えば前にもツバキはソウジの性格について言及していた気がする。
今のところミツバはそれを感じた事はないが、付き合いが深まっていく内に分かるかもしれない。
そんな事思いながら、
(それにしても、牽制って何のだろう?)
ミツバはそう思った。
ソウジの言った言葉だ。意味は分かるが、どうしてそれが出て来たのか謎である。
ミツバは少し首を傾げながらも、二人と並んで体育館へ向かって歩き出した。
そうしていると何だか妙に視線を感じる。
あれ、と思って周囲を見れば、複数人の鬼人がミツバ達の方を見ていた。
何も注目を浴びるような事はしていないのだが――そう思っていると、ツバキが不快そうにため息を吐いた。
「あ~、やっぱり面倒ね。先に婚約しちゃって良かったわ。すっごく面白くないけど」
そしてそうも言った。
どうやら視線の原因は婚約絡みだったようだ。
となると理由はソウジだろうか。ミツバは軽く頷きながら彼の方へ目を向けた。
「ソウジ君、モテそうだものね」
「まぁ確かに、そこそこモテるけどね。そうじゃなくて視線はミツバへよ」
「私?」
えっ、とミツバは目を丸くする。
予想外のご指名だ。何で自分に注目が集まるのだと少し考えて――最初に浮かんだのはソウジ絡みの嫉妬である。
「なるほど、つまり嫉妬と。姉さん、私、嫉妬されるの初めてだわ」
「何でちょっと嬉しそうなの。違うわよ。お父様から聞いたでしょう? ほら、天秤の」
「なるほど……? でも私、実感が湧かないのだけれど」
「ま、人間相手だと微弱な効果しかないから仕方ないわ」
「あるの?」
「あるわよ。一緒にいると何でか落ち着くとか、喧嘩する気が失せたとか、そういう人いるでしょう?」
「なるほど……?」
何となく分かったような気がするが、あいにくとミツバはあまりたくさんの人と関わった事が無い。
なのでとりあえず曖昧に返せば、ツバキから軽くため息を吐かれてしまった。
「……こういう感じだから、頼むわよソウジ。あたしは学年が違うからいつも一緒にいられないし」
「ええ、もちろんですよ。ミツバさんと一緒なら力も安定するので、問題なく処理できますし」
「処理です?」
「処理です」
処理らしい。言葉は物騒だが、まぁ、物理的にそんな事はしないだろう。
ミツバはそう思っていたのだが、
「いちいち言い方が怖いのよ。柔和な笑顔で誤魔化しきれる範囲を越えるわよ」
「ふふ」
「ふふ、じゃないのよ」
大層心配なやり取りが聞こえて来た。
そんな話をしていたら、三人は体育館に到着した。
入学式用に紙で作られた花で飾られた体育館は、ちょっと華やかだ。
入り口から中へ入ると、ツバキは体育科のステージ前を指さした。
「それじゃ、一年二組の列はあっちよ。しっかりね、ミツバ」
「はい、姉さん」
「何かあったらすっ飛んで行くから」
そう言って笑うと、ツバキは三年生の列へと向かった。
ミツバは義姉に手を振ると、ソウジと一緒に自分達のクラスの列へと歩き出した。
「それにしてもソウジ君と一緒のクラスだったんですね」
「ええ。だから入学前に婚約したんですよ。人間と鬼人の婚約だと学園側が特別に配慮してくれるんです。大体ミツバさんと似た状況ですし」
「なるほど、手厚い」
「……でないと誘拐とか普通にありますからねぇ」
ぼそ、とソウジは呟いた。
今、小声で何やら不穏な事を言わなかっただろうか。
鬼人の世界はミツバが考えているよりも物騒なようだ。
なるほどなぁ、と呟きながらミツバはソウジと一緒に列に並ぶ。
その間もまぁまぁ視線は感じたが、とりあえずミツバが気にしないようにしていると、程なくして入学式が始まった。
入学式の流れは人間の学校と同じだ。
学園の校長先生――神坂校長の挨拶から式が始まる。
ちなみに校長の額には角が生えていない。人間ようだ。
鬼人の学園で人間の校長先生って珍しいなとミツバが思っていると、やがて生徒会長の挨拶の番になった。
カツカツと足音を響かせながら、壇上に、赤い髪の学生が立つ。
(あれ……?)
何か、見覚えがある気がする。
ミツバがそう思っていると、
「常桜高校の生徒会長、賀東レンジだ。よろしく頼む」
件の生徒会長は堂々と挨拶をした。
東堂レンジと言えば、先日『月猫』で会った鬼人だ。ミツバは目を瞬く。
「えっ」
「驚きますよね。よくあの人を生徒会長に選んだなって」
「いやぁそこまでは……」
思っていないわけでもないのだが。
そんなやり取りなど聞こえていないレンジは、ぐるりと体育館を見回して、ミツバ達を見つけるとニッと笑った。
(面倒見てやるってこういう事かぁ)
若干不安な部分もあるが、確かに頼りになりそうだ。
そんな事を思いながら、ミツバはレンジに笑い返したのだった。