第四話 十和田家の二人
ミツバが件の十和田ソウジと出会ったのは、話を聞いてから一週間後の事だった。
待ち合わせ場所は『月猫』という名前のレトロな喫茶店だ。
義父のスギノが、祓い屋の仕事の相談によく使っている店らしい。口が堅くて気が良いマスターがいると教えてくれた。
月猫の店先には、その名前の通り月と猫のお洒落な看板が下がっていた。
あ、これ好き。
そんな事を想いながらスギノと一緒に店に入る。
カランコロン、と澄んだドアベルの音が響く。
「いらっしゃいませ、吾妻さん」
中へ入ると、六十代くらいのマスターがそう声をかけてきた。
ちょうどカップを拭いているところだ。
「こんにちは、マスター。ハジメは来ていますか?」
「奥のいつものところに」
「ありがとうございます。では、お邪魔します」
「はい。ところで、そちらがお嬢さんですか?」
話をしているのを見ていると、ふと、マスターと目が合った。彼はにこりと微笑んでくれる。
「ええ、ミツバと言います。ミツバ、この人はここのマスターの、三日月カオルさんだ」
「吾妻ミツバです。よろしくお願いします」
「初めまして、三日月カオルです。お噂通り、可愛らしいお嬢さんですね」
噂をされるほど、自分は可愛くはないのだが。
ミツバはそう思いながらスギノを見上げる。
「お父様?」
「娘達の自慢をするのが私の楽しみだからな」
それはなかなか、特殊な趣味のような気もする。
ミツバはそう思ったが口には出さなかった。だがカオルには伝わったようで、彼はフフ、と微笑んだ後、
「吾妻さんのお飲み物はいつものですね。お嬢さんはどうなさいますか?」
「そうだな……ミツバ、何が飲みたい? お菓子とセットでも良いぞ」
スギノにそう聞かれ、ミツバはハッと目を見開いた。
そしてちょっとドキドキしながら、
「……何でもよろしいので?」
と念のため聞き返す。スギノは目を瞬いて首を傾げた。
「何でも良いが、急にどうしたんだ?」
「いえ、何も! えっと、では……おすすめを! お願いします!」
すう、と息を吸ってから、ミツバはそう言う。
ツバキと一緒に見たテレビで、主人公の探偵がこうやってスッと頼むシーンを見て以来、いつか自分もやってみたいとミツバは思っていたのだ。
何かちょっと大人の感じがして格好良い気がする。
若干目をキラキラさせているミツバを見てスギノは小さく噴き出した。
「……ンンッ。では、マスター。おすすめをお願いします」
「かしこまりました。フフ、これは腕の見せ所ですね」
「量はほどほどにしていただけるとありがたい」
「心得ておりますとも」
「本当かな……」
胸を叩いて言うカオルに、スギノは心配そうな目を向ける。
そんな二人のやり取りにミツバは「あれ?」と首を傾げた。
おすすめって、そんなにガッツリとした内容が来るものじゃない気がするのだが。
ほんのり不安を感じたが、まぁ、気のせいだろう。そう思う事にして、ミツバはスギノと共にお店の奥へと向かった。
◇ ◇ ◇
『月猫』の奥――そのスペースは他の席と違って、入り口や他の席からは見えにくくなっている場所だった。
そのスペースの上には天窓があり、太陽の光がキラキラと差し込んでいる。
そこで二人の鬼人がカフェラテを飲んでいた。
一人はスギノと同い年くらいの眼鏡の男性、もう一人はミツバと同い年くらいの少年だ。
近づくと、眼鏡の男性の方がこちらを向いて「よっ」と片手を挙げた。
「おう、来たなスギノ」
彼はニッと笑ってそう言った。明るくて気さくそうな男だ。
「待たせたな、ハジメ」
「いや~、全然待ってねーよ。ってか、見てよ、ここのラテアート。すげーだろ、猫だぞ」
「原型がすでにないのだが」
「飲んじまったからな」
ハハハ、と笑う男に、スギノはハァとため息を吐いた。
そして向かいの席に座る。ミツバもそれに続いた。
「ミツバ、こいつが十和田だ。十和田ハジメと、隣が息子のソウジ君だ」
ミツバが腰を下ろすと、スギノは直ぐに目の前の二人を紹介してくれた。
二人の視線がミツバに向く。ミツバも軽く会釈をして、
「初めまして、吾妻ミツバです。父がいつもお世話になっております」
と挨拶をした。
すると、
ピシャーン、
とまるで雷に打たれたかのようにスギノが固まった。
「父……ミツバの口から父……」
「お父様、いつも呼んでいますよ」
「そうやって紹介されるのがお父様は嬉しい……」
「一人称にブレが」
じぃん、感極まった様子でスギノは言う。
それを見てハジメが「ぶは」と噴き出した。
「うははははは。見た事ねぇぞ、スギノがこんなにバグッてる姿!」
「羨ましいだろう、やらんぞ」
「言ってねぇ言葉が追加されてんぞ、どうなってんだ、うははははは」
スギノの様子がとても面白かったようで、ハジメは腹を抱えて笑い出した。目尻には涙まで浮かんでいる。
普段、スギノはあまり表情が変わらないらしい――ミツバは「本当に?」とは思っているが――ので、珍しい事なのだろう。
そうして笑っているハジメを見ていると、
「改めて、こんな風に笑い上戸の父の息子の十和田ソウジと言います。初めまして、吾妻ミツバさん」
と、隣の少年がそう挨拶をしてくれた。
何となく、話し方が年齢のわりに大人びているように感じられた。
「ええと、ミツバさん――とお呼びしても? 僕の方もソウジで構いません」
「あ、はい、どうぞ。では私もそう呼ばせていただきますね、ソウジ君」
ミツバが名前を呼ぶと、ソウジはにっこりと笑う。
そう言えば、笑顔が胡散臭いんだっけ、とミツバはツバキの言葉を思い出す。
(これがその笑顔か……)
なんてだいぶ失礼な事をミツバは心の中で呟いた。
――――その時だ。
スギノとハジメのスマートフォンが同時に鳴った。