第二十三話 一人に押し付けるのではなく
学校を出たミツバ達は、そのまま件の駄菓子屋を目指して走った。
ソウジに聞くと、先日デートに行った薄桜神社の近くにあるらしい。
走っていると、光の糸も同じ方向に集まっているのにも気が付いた。
「いた、鈴宮先輩!」
駄菓子屋が見えてくると、店の中にヒバリが倒れているのが見えた。
ヒバリは駄菓子の棚に背中を預けて、すうすうと寝息を立てている。
「……術で強制的に眠らされていますね。この匂いはサクヤさんのものです」
「となるとまだ近くにいるという事ですか」
ミツバが店の外を見回すと、神社の石段が見えた。
そこに向かって糸が集約している。
「……あそこですねぇ」
「ですね。こういう形で二度目を訪れるとは思いませんでした」
ミツバとソウジは頷き合う。
そして石段へ向かい、駆け上がる。
一段、また一段。上るたびに何かが風を切る音が聞こえて来る。
「――――ッ」
そして石段を登り切った時。
ミツバ達の目に飛び込んできたのは、青白く光る刀を手に、まるで剣舞のごとく光の糸を斬っているサクヤの姿だった。
その後ろに光の大穴のようなものが開いている。糸はその向こうへと続いているようだった。
(……綺麗)
ミツバはそんな感想を抱いた。
まるで神に捧げる舞のような神聖さすら感じる。
しかし舞っているサクヤの顔色はよくない。
相当消耗しているようで、眉間にシワが寄っている。
「――ハァ、ハ……。……ん? ああ、何だ。意外と早く動けるようになったじゃないか。やっぱり天秤体質の子が近くにいると、整えられるのも早いな」
足音に気が付いたのかサクヤがこちらを見た。
二人の顔を順番に見た後、ミツバに視線を向ける。
「吾妻君、君には悪い事をしたね。だけど君が幽世に足を踏み入れてくれたから――この世と彼女にまた縁が出来た。おかげでこのクソッタレな糸を視覚化する事が出来たよ」
そしてサクヤはフ、と笑う。作った様子の無い自然な笑みだ。
「ボクを止めにきたのかい?」
「いえ、そこはどうにか出来るのか分からないので。でも、聞きたい事があったから来ました」
「聞きたい事? 何だい?」
ミツバ達を見て一度動きを止めたサクヤだったが、また糸を斬るのを再開する。
その状態でミツバに聞き返した来た。
「森川先輩はミコトさんを、幽世から解放したいんですね」
「うん、そうだよ。ボクは昔、幽世に行ってしまった事があってね。ほら、ボクって天才じゃない? なーんでも出来る気がしてさ。それで……失敗して、幽世に行ってしまった。その時ミコトさんに助けて貰ったんだ」
天才等と自称しているが、それは恐らく自惚れじゃない。
ツバキ達の評価もそうだった。
なのでこれは誇張なのではなく、本当に出来たのだろうなとミツバは思う。
そんなミツバの内心をよそに、サクヤは「ミコトさんはさ」と続けた。
「綺麗な人だった。優しい人だった。そして――鬼人達の傲慢さをずっと一人で受け止めていた人だった」
彼はそこまで言うと、一度言葉を区切り、
「不公平だと思うんだ」
少しだけ強い声でそう続ける。
「彼女の地獄の上で呑気に笑って、今も吉兆だなんて嘘をついて天秤体質の人間を傲慢に取引する。最低だと思うんだよ、ねぇ?」
ちらり、とサクヤはソウジを見遣った。
ただこれはソウジにと言うよりは、サクヤを含めた鬼人全体に対しての言葉だろう。
「…………」
ソウジは何も言わない。ただ少し目を伏せた。
ミツバは「いえ」と彼の言葉を短く否定する。
「私の場合は利害が一致したので、ソウジ君なら別枠ですよ」
するとソウジが目を瞬いてミツバを見た。
サクヤの言葉がソウジだけに向けられたものでなくても、ミツバは今、ここで否定するべきだと思ったのだ。
なのでそう言うとサクヤがお道化た様子で「おや」と声を漏らす。
「意外と仲良しなんだね」
「仲良しですよ。婚約者ですからね」
にこ、と笑って言えば、ソウジは少し照れた。
そんな二人の様子に、サクヤは羨ましそうに目を細める。
「ふふ、良かったね、ソウジ君」
「はい」
「うん」
今度の声は少し優しい。
サクヤはそう言うと、一瞬だけ目を閉じた。
「彼女が幽世に行って四百年経った。祓い屋だって成長している」
そしてカッと目を見開き、
「だったら! いつまでも一人に押し付けるんじゃなくて、皆でやれば良いさ!」
そう大声で言うと、力まかせに糸を斬り払った。
光の糸がサラサラと霧散し消えて行く。
それを見ながらミツバは顎に指を当てて少し思案した後、
「後処理については?」
と聞いた。サクヤが怪訝そうにミツバを見る。
「うん?」
「今後のプランはおありで?」
ミツバがもう一度聞くとサクヤは目を瞬いた。
え、と少し戸惑っていたが、直ぐに、
「四百年前から、祓い屋は実力の底上げをしている。常桜学園に祓い屋の選択コースがあるのはそのためさ。実技は十分出来ている。祓い屋の資格試験だって、点数を越えている子達が多いんだ」
と答えてくれた。
「でもそのわりに祓い屋の人数が少ないんですよね」
「そう。つまり、合格者が少ないって事だ。その理由はさ、祓い屋自体がその枠を狭めているからだよ」
「そうなんですか?」
「ええ。上の方々が、あまり祓い屋の人数を増やしたがらないみたいなんですよ。大勢いても手が余るからって」
ソウジもそう言って頷いた。
するとサクヤがハハ、と笑う。
「建前だよ建前。実際はさ、ふるーい連中は、ぽっと出の人に実力を追い越されるのが嫌なのさ。だから常に人手不足、あり得ないよね~」
「わあ……」
さすがにミツバはちょっと引いた。ソウジも「うわぁ」と呟いている。
サクヤの言葉が本当ならば、そんな小さいプライドのために義父達が大変な思いをしていたという事になる。
義父達が必死で働いているのを見ているので、さすがのミツバもそれは面白くなかった。
顔をしかめた二人にサクヤは小さく笑ってから、
「だけどその古臭い枠を取っ払えば、祓い屋の人数は増える」
と続けた。
「あとは育つまで先達が頑張る。ボクを含めてね」
「サクヤさんはたぶん捕まるんじゃないですかね」
「そうだね。だけど、そんな事を言っていられないでしょ。これからの状況を考えるとね。捕まっても働かせられるさ。ほら、ボクって天才だし?」
先ほどとは違って、少し苦く笑ってサクヤは言う。
捕まろうが、捕まるまいが、やった以上は死ぬ気で働く。サクヤはそう言っているのだ。
プランとしては少々甘い。杜撰な部分も多い。
邪気が増えればどんな被害が起きるか分からない。
けれどもサクヤは自分の人生すべてを賭けて、そして祓い屋の実力を信用して事を起した。
ミツバは糸と、その向こうの大穴を見た。
たぶんこの大穴は幽世と繋がっているのだろう。
ミコトさんがたった一人でいる、あの彼岸花が咲く世界に。
「……そのプランが失敗したら、ミコトさんと交代で、私があちらへ行きますよ」
「え?」
「ミツバさんっ!?」
サクヤが目を丸くして、ソウジがぎょっとしてミツバを見た。
「ほら、その術も、たぶん方法は残っているでしょう? ミコトさんほどじゃないと思うので、同じ様にはならないと思いますけれど、多少はマシでしょう」
「……君は何を言って」
唖然とした様子でサクヤが言う。
サクヤはそんなつもりはまったくなかったのだろう。
だから突然こんな事を言い出したミツバに戸惑っている。
「まあ、最終手段ですよ、それはね。ところで私、思ったんですが。ソウジ君みたいに鬼人に力が不安定な人がいるのって、もしかしてその術が理由では?」
「え……?」
「……そうだね。その辺りも絡んでいると思うよ。結局、常に力を流している状態だからね。身体の中に流れる力のバランスが取れなくて、そうなっているのだと思う」
「でしょう? ならそれが治ったら、皆、そんなに悩む事なく祓い屋やれるでしょうし」
実力の底上げというなら、これはもっと確実だ。
子供達だけではなく、大人の鬼人にだってそういう人はいるはずなのだ。
ならば、その分も動けるようになれば、より確実だ。
それに――――。
「そもそもこれだけ切っちゃっているなら、どのみち、元の形には戻らないでしょうからねぇ」
中途半端に綻んだ状態では、どちらにせよ、どんな悪影響が起こるか分からない。
ならばいっそ全部を失くしてしまった方が分かりやすいのではないかとミツバは考えたのだ。
それで無理なら、もう一度同じ術を、今度は自分にかければ良い。
サクヤの行動を止めなかった自分もある意味で共犯であるのだから、そう話すとソウジがぐっと苦しそうな顔になった。
「それに私、ミコトさんにポン菓子、食べさせてあげたいですね。助けて貰ったお礼にご馳走したいです」
「吾妻君……」
ミツバが笑って見せると、サクヤが一瞬、泣きそうな顔になった。
「……今まで、そんな事を言ってくれた人はいなかったよ」
そして掠れた声でそう言った。
サクヤは今までよほど孤独な戦いをしていたのだろう。
こんな、ぽっと出のミツバの言葉に、そう言ってくれるくらいに。
ミツバは申し訳ないような、少しくすぐったいような気持ちになりながら、今度はソウジへ顔を向ける。
「ソウジ君、その祓い屋さん方の説得って、厳しいですかねぇ」
そう聞くとソウジは顎に手を当てて少し考える。
「そうですね……味方を増やす必要はありますが、ミツバさんが言った条件であれば譲歩は引き出せると思います。あとは鬼人達がどれだけやる気を出せるかですね」
「やる気……」
「ミツバさんの場合は、吾妻さんに甘えてみてはどうでしょう?」
「ちょっと照れますが、しましょうかね」
「ふふ。……もしダメで、そうなったら、僕も一緒に幽世へ行きます」
すると今度はソウジがそんな事を言い出した。
え、とミツバは目を見開く。ソウジはにこりと微笑んだ。
「二人なら長い時間も退屈じゃないでしょう?」
「ソウジ君……」
そしてそんな言葉をかけてくれた。
ミツバは思わずソウジの目を見る。しばしの間見つめ合う。
「君達……目の前でいちゃいちゃされるボクの気持ち考えて?」
「ふふ、嫌です」
空気に耐えきれなくなったらしいサクヤがそう言うが、ソウジは良い笑顔でお断りをしていた。
サクヤは少し大げさに肩を落とす。
それから彼は、
「……本当に協力してくれるの?」
と聞いて来た。
見つかる事は想定していたが、ミツバ達の反応が思っていたものと違ったからだろう。声に戸惑いがまだ残っている。
「はい。というか、もう対応するしかないじゃないですか。自分一人で勝手に完結して行動するから嫌がられるんですよ、サクヤさんは」
「あ、ヒメカさんを炊きつけた件は普通に怒っておりますので、そのお話は後でしましょう」
「うぐう……ハイ」
ソウジとミツバからそれぞれ言われ、サクヤは軽く仰け反った。
ミツバとソウジもふふ、と笑った。
「それでは時間と勝負ですね。ミツバさん、協力してくれそうな人から連絡しましょう」
「ええ、ソウジ君。森川先輩は、気合い入れて頑張っていてくださいね」
「サクヤでいいよ」
「ではサクヤ先輩」
「うん。……本当に、君は、ミコトさんによく似ているなぁ」
そう言ってサクヤは嬉しそうに笑った。




