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鬼人の養子になりまして~吾妻ミツバと鬼人の婚約者~  作者: 石動なつめ


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第十二話 聞きたくない言葉


 たい焼き屋での邪気の件から十日後。

 常桜学園に通うのもだんだん慣れて来た頃だ。

 ――だが。

 それとは別に、ミツバはもう一つ、慣れたくないものに慣れ始めていた。

 御堂コウと森川ヒメカである。


「吾妻ミツバさん。私と婚約して欲しい」

「ソウジさん! 私と婚約してくださいまし!」


 この台詞を連日聞き続けているのである。

 朝のホームルーム前に一回。

 放課後のホームルーム後に一回。

 お昼休みの時間だけは一応考慮しているらしく言ってこないが、さすがのミツバもそろそろうんざりして来た。

 本日もコウ達の対応をした後で、ハァ、と深いため息を吐く。


「……ミツバさん、大丈夫ですか?」

「ソウジ君もあまり顔色が良くないですよ」

「ふふ。僕は、まぁ…………慣れていますので。まだ平気ですよ」


 まぁ、の後にだいぶ間があった辺り、ソウジも慣れたくない事なのだろう。

 分かる、とミツバは頷く。


(こちらは困るけど、邪気の件が起きていないのは良かったな)


 そして同時にそうも思った。

 たい焼き屋の一件から、ミツバ達の周囲で邪気絡みの事件は発生していない。

 警戒しっぱなしでは疲れてしまうので、それは良かったものの――逆にこちらが多くなってしまっていた。

 ミツバ達がスッパリお断りしているので、一回につき数分程度の事ではあるが、こう毎日言われ続けると精神的な負担になる。

 学校自体は楽しいのに、このままでは登校する事が嫌になってしまいそうだ。

 そんな事を思っていると、


「でもおかしいな。天秤体質なら、負の感情は収まるはずなんですが……」


 とソウジが不思議そうに言った。

 そう言えば、そんな話があったなとミツバは思い出しながら、


「負の感情じゃないからですかねぇ」


 と言った。

 正直、天秤体質の効果については、判定がわりと曖昧だとミツバは思っている。

 しかし、今のようにまったく効いた様子がないとすると、そういう事だろう。

 ミツバの言葉に、ソウジはいつも浮かべている柔和な表情を消して、げんなりした顔になった。

 あはは、とミツバは苦笑する。


「それにしてもあの二人、毎日毎日断っても、全然諦めてくれませんね」

「ええ、本当に。……ですがコウ君の方は切実なので、気持ちは分からないでもないんですよね」

「妹さんのお話ですか?」

「ええ。僕も彼の妹さんと同じだったので、不安や、心配する気持ちは分かりますから」


 ソウジは苦く笑って言った。

 

(鬼人の力が不安定になってしまうのは、確か生まれつきだったっけ)


 ミツバは義父の話を思い出す。

 その時義父は若干――本当に若干――言葉を濁した雰囲気が感じられたので、もしかしたら他にも理由があるかもしれないが。


 鬼人の力が不安定だとどうなるかと言うと、先日ソウジが使っていたような術が制御出来ずに爆発したり、暴走したりしてしまうのだそうだ。

 ならば使わなければ良いのではとミツバは思ったが、鬼人にとって力というものはもう一人の自分のようなものらしい。

 だから使わないという選択肢はないし、不安定である事は悔しく悲しい事なのだよと義父は教えてくれた。

 それを思い出しながら、ミツバはソウジに尋ねる。


「鬼人の力って、基本的にお仕事で使うものなんですか?」

「ん-、ケースによりますね。確かに仕事の場合が多いですけれど、例えば先日のように邪気が現れた時は使いますよ。あとは年始の腕比べとか」

「腕比べ?」

「祓い屋の新年行事ですね。術の腕を競うんですよ」


 そう聞いてミツバは首を傾げる。


「うちは年末年始ずっと家にいたような」

「吾妻家は不参加が多いですね。家族と一緒に過ごしたいからと聞いた事があります」

「ああ、言いそうですねぇ」


 吾妻家に引き取られてから今までどんなに忙しくても、スギノは必ず年末年始は家に帰って来ていた。

 そうして家族そろって年を越して、のんびりお正月を過ごしていたのだ。

 だからソウジの話を聞いて義父らしいとミツバは思った。そして家族を選んでくれた事が嬉しい。

 思わずミツバは、ふふ、と笑った。

 ソウジは目を瞬いたが、何となく理由を察して微笑む。


「それで話は戻りますが、一応ね、ある程度は力を安定させる道具自体が開発されていますから、そんなに気になさらなくて大丈夫ですよ」

「あ、それは良かった」

「ふふ。まぁでも、天秤体質の方が近くにいる方が、確実ではあるんですけどねぇ」

「なるほどなぁ……」

 

 話を聞いて、うーん、とミツバは唸る。


「……たまに会って落ち着くくらいなら、全然、会うんですけどね」

「ミツバさん、優しいですね」

「優しくはないですよ。単に、役に立てそうならそうしたいと思っただけなので」


 ソウジからは褒められたが、ミツバの本音はそれだけだ。


(実の両親からはいらないと言われたから)


 その『いらない』でも、誰かの役に立てるなら。

 あの頃からずっと、ミツバはそう思っている。




◇ ◇ ◇




 その日の放課後。

 ソウジが八村先生に呼ばれて職員室へ行っている間、ミツバはクラスメイト達と話をしていた。

 鬼人の女子達とはすっかり仲良くなれて、ミツバが少し浮かれていると、その内の一人が「あっ」と声をあげた。

 何だろうかと顔を上げ彼女の視線の方を辿ると、御堂コウの姿があった。

 彼は今日は一人でこちらへ近づいて来る。

 またかぁ、と思いながらミツバは小さく息を吐いた。


「吾妻ミツバさん」

「お断りします」

「まだ名前しか呼んでいないのだが……」

「それだけで内容が分かるくらいには、ここ最近、話題は一択でしたので。そろそろ諦めていただけるとありがたいです、本当に」


 即座にお断りを入れると、コウの目尻が困ったように下がる。

 困っている気持ちを最後の方に込めて言えば、彼も自覚はあるようで首の後ろに手を当てた。


「ああ、その通りだ。だが、私も簡単に諦めるわけにはいかないんだ。……私との婚約は、どうしても駄目だろうか?」

「ソウジ君と婚約しましたので、そうですね」

「で、あっても、チャンスを貰えないだろうか」

「チャンス?」


 言っている意味が分からず、ミツバが聞き返すと、


「ああ。君に好きになって貰えるよう努力をする。させて欲しい。ほんの少しの時間からで良いんだ」


 コウは頷き、真剣な眼差しでそう言った。

 その瞬間、ミツバの頭の中に実の両親の言葉がふっと蘇る。


『お父さんより好きになった人が出来たの』

『母さんより愛せる人が出来たんだ』


 二人が離婚する前。

 ミツバの実の両親は、それぞれが罪悪感を感じていない、ごく当たり前の顔でそう言った。


 ――――気持ち悪い。


 急に吐き気がしてきた。

 えずきかけて、ミツバはぐっと口を閉じる。

 固まったミツバを見て、話をしていた女の子達が、


「いい加減しつこいよ、御堂君達さ」

「そうだよ、もうやめなって」


 とコウに向かって言ってくれた。

 しかしコウは首を横に振る。


「しつこいと思われても構わない。こちらは切実なんだ」

「…………」

「吾妻さん。例えば一緒に遊びに出かけたり、帰り道にどこかの喫茶店に寄ったり。そういう事からで良いんだ」


 コウはそう言いながらミツバに一歩近づく。

 しかし彼の言葉は、頭の中に蘇って来る言葉達に搔き消されて行く。


『あなたがいると愛して貰えないわ。だから――』

『お前がいると愛せないんだ。だから――』


 ――――気持ち悪い。


「それで、十和田ソウジよりも私の事を好きになって貰えたら、その時は――――」


 ――――気持ち悪い。


 もう嫌だ、とミツバの顔が歪んた瞬間、


「そこまで」


 ミツバとコウの間に、スッとソウジが入った。

 どうやら八村先生の用事が終わって戻って来たようだ。

 いつも冷静なソウジにしては少し焦りが見える。

 止められたコウはムッとした顔になる。


「邪魔をするな、十和田ソウジ」

「しますよ。……ミツバさん、大丈夫ですか? 顔色が良くない」


 その言葉にコウは「えっ」と呟き目を見開いた。

 ソウジはコウに鋭い目を向けた後、ミツバを振り返る。

 心配そうに顔を覗き込んでくるソウジを見て、ミツバの頭の中に響いていた声が霧散する。感じていた吐き気も少し薄れた。


「ああ、ええ、ええ。……とりあえず、今日は帰ります」

「そうしましょう」


 まだ動揺が抜けきらないミツバがそう言うと、ソウジも頷いた。

 コウは視線を彷徨わせた後、


「あの、ミツバさん……」


 と声を掛けて来る。

 しかし今はあまり長く言葉を聞きたくなくて、ミツバは軽く首を横に振る。


「先程の言葉ですが、お止めになった方が良いかと思います。少なくとも私は、そういうのが何よりも嫌いなので」


 強張った声でそう返すと、ミツバは鞄を手に持って、ソウジと一緒に教室を出た。


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