第十一話 誰かが狙われたのかもしれない?
邪気の対処を終えた後。
四人はたい焼きを食べながら、家を目指して歩いていた。
アツアツのたい焼きを、あむ、と食べる。
もちもちの柔らかな生地の食感が楽しく、たっぷり詰まった白あんがまた美味しい。
さすがおすすめである。ミツバがそんな事を思っていると、
「それにしても、今日のはちょっと変だったなぁ」
「そうね。何ていうか……普段の邪気っぽさを感じなかったわねぇ」
同じくたい焼きを食べながら、ツバキとレンジがそう言った。
二人はすっきりしないという顔をしている。
「普段と言いますと?」
「もうちょっと周囲に憎悪をまき散らす感じなんですよ」
「言葉選びがいちいち物騒なのよ、あんたは……」
ソウジの言葉にツバキは半眼になった。
確かに怖い表現だが、イメージはよく伝わって来た。
見ているだけだと今一つピンと来なかったが、なるほどそういうものなのかとミツバは納得する。
「ソウジからはどう見えたのよ?」
「僕からは驚かせるために出て来た、という風にも見えましたね。攻撃性も控えめでしたし」
「あ~、なるほどねぇ。確かに、いつもはもうちょっと、その肉食いちぎってやる! って感じよね」
「僕の事を物騒とどの口が?」
思わずソウジはツッコミを入れた。
先ほどのソウジの物騒な発言よりも描写が明確になってしまった。思わず想像してミツバは「わぁ……」と苦い顔になる。
(邪気の塊って、肉が主食なのかしら……)
それは何か嫌だなぁとミツバは思う。
念のため聞いてみたかったが、食事中なのでやめておいた。
「驚かせるねぇ……。って事は人為的な奴じゃね? 確かに何か変な匂いが混ざっていた気がするけどよ」
「えぇ? いっちばん面倒な奴じゃない、それ」
「ま、気のせいかもしれねーんだけどな」
「でもあんた嗅覚だけは良いのよねぇ」
「オイ、嗅覚だけって何だ嗅覚だけって」
あんまりな言い様にレンジがツッコミを入れる。
でも以前、賀東家は耳だけは早いとソウジは言っていなかっただろうか。
何となくソウジを見ると、にこり、と笑顔を返されてしまった。
「……ところで人為的な奴とは?」
言わない方が良いだろうなと判断したミツバは、話題を変えた。
「邪気って基本的に自然発生なんですよ。でも、ちょっと特殊な方法を用いて術で発生させる事も出来まして」
「それは大丈夫な奴なので?」
「駄目な奴ですねぇ」
「駄目かぁ」
危険が云々と聞いているので、やはりやってはまずい類のものらしい。
そして術と言うならば、それを行ったのは鬼人で間違いがないだろう。
それこそ物騒な事をする人がいるものだなぁとミツバが思っていると、ツバキが大きくため息を吐いた。
「はー、やんなっちゃうわ。本当にそうなら、あたし達の中の誰かを狙ったって事じゃない。あんた達、どっちが恨みを買ったのよ」
「おい、何で俺達なんだよ!」
「そういう顔をしているからよ!」
「ふふ、心外です」
ツバキがびしりと指をつきつけると、レンジは不快そうに、ソウジは笑顔でそう答えた。
ソウジ達の話を聞く限り、悪戯で済まされる内容ではなさそうだ。狙った対象が無差別というわけでなければ、恨みのセンは確かに強いだろう。
(だけど姉さん達、別に恨まれるタイプではなさそうなんですよね)
ツバキとソウジは物言いが辛辣な時もあるし、レンジは先日のように勘違いで騒ぎを起こす面はあるだろう。
ただ三人とも別に悪意があってそうしているわけでもない。
(となると恨まれているのは、もしかして――――)
そんな事を考えていると、ふいにツバキから頭を撫でられた。
えっ、と思ってミツバが顔を見ると、ツバキは笑顔を浮かべる。
「ミツバは怖がったりしなかったわね。それでこそあたしの妹よ!」
ついでに嬉しい言葉で褒めて貰えた。ミツバがえへ、と笑う。
「それはほら、姉さんもソウジ君もレンジ先輩もいたから」
「当然よ! あたしがミツバに指一本触れさせると思って!?」
ツバキが胸を張って言うと、
「お前、そんなにシスコンだったのか……」
レンジは初めて知った、というような顔をした。
しかし同時に『そういうところも可愛いぜ』という気持ちも感じられる。
直接言えば良いのに……。
ミツバとソウジはそう思ったが、言葉にはしなかった。
そんなレンジは、
「ま、はっきりとは分かんねーが、とりあえずお前達はちゃんと家族に相談しとけよ?」
とミツバ達に向かって言う。心配してくれているのが分かって、
「はーい」
とミツバが答えると、
「よし、良いお返事だ!」
レンジは満足そうに頷いた。
その様子が義姉と重なって見えて、思わずミツバは笑う。
「ミツバさん、どうしました?」
「いえ、レンジ先輩って姉さんに似ているなって」
「「どこが!?」」
しかしツバキとレンジからは、同時にぎょっとした顔でそう返されてしまった。
◇ ◇ ◇
「――という事がありました」
家に帰って直ぐに、ミツバとツバキは両親に、先ほどあった事を報告をした。
最初は何事かと目を丸くしていたスギノとキキョウは、話を聞き終わる頃には怒った表情になっていた。
「私の娘達に手を出そうなどという不埒な輩はどこのどいつだ」
「あなた、あなた。目が据わっていますよ。まったくもう、仕方のない人ね」
「そう言いながら、キキョウも同じような顔をしているじゃないか」
「あら、当然ですよ。怒っていますもの。でも、とにかく二人が無事で良かったわ」
ふう、とキキョウは息を吐く。
それから彼女はミツバ達を両手でぎゅう、と抱きしめた。
柔らかくてあたたかい感触にミツバは少し照れた。
「…………」
「あなた、ずるいと目で訴えかけないでくださいな」
角度から見えなかったが、どうやらそうだったらしい。
見抜かれたスギノは誤魔化すようにコホンと咳をすると、
「しかし狙われたというのは穏やかではないな」
と腕を組んだ。
「まだ仮定の話よ、お父様。それに狙われたといっても、全然弱かったし。あたし達普通に対処出来るわ」
「お前達はな。だがミツバはそうじゃない」
スギノは一度そこで言葉を区切り、
「攻撃性が低い簡単な脅し――となると、たぶん狙われたのはミツバだろう」
「ミツバァ!?」
と続けた。ツバキがぎょっと目を剥く。
あ、やっぱりとミツバは思った。
攻撃性が低く、ツバキ達が対処可能なレベルであれば向けられたのは自分へだろうと思っていたからだ。
しかしどこで恨みを買ったのかは思い当たらない。
「ミツバ、あなた最近、何か変な事はなかった?」
うーん、と唸るミツバにキキョウがそう聞く。
変な事と言われて、ふっと浮かんだのが今日の入学式だ。
「変な事かどうかは分かりませんが、クラスメイトにちょっと絡まれました」
「絡まれた?」
「ああ、そう言えばあんた、確か御堂と森川のところの子から何か言われていたわよね」
「うん、そうなの。御堂コウ君と森川ヒメカさん。私とソウジ君に、婚約を解消して欲しいと言われました」
「御堂と森川か……なるほどな」
するとスギノとキキョウは納得したように頷いた。
どうやら何か思い当たる節があるらしい。おや、と思って二人を見ると、キキョウが少し困った顔になった。
「森川のお嬢さんは、確かソウジ君の幼馴染でしたね。ソウジ君の事が大好きで、昔からずっと付け回していましたのよ」
これまた不穏な言葉が出て来てしまった。
言葉の響きからミツバは嫌な予感を察する。
もしかしてストーカー的なあれだろうか。
「つ、付け回し……?」
「そうですよ。ソウジ君は顔には出しませんでしたが、だいぶ嫌がっていましたし。あの子が笑顔で毒を吐くようになったのは、恐らくあれが原因ですよ」
おずおずとミツバが聞き返すと、キキョウは頷いてそう言った。
性格が悪い――というか、丁寧な口調のわりに口が悪い理由が、意外と根深い理由でミツバは何だか気の毒になる。
もちろん性格も絡んではいるが、あれはソウジが自分の身を守る術でもあったのだろう。
「それはまた大変でしたね……」
「ああ。ソウジ君がお前と婚約をしたがったのも、天秤は置いておいて、それが理由の一つでもあるだろうな。森川の当主はうちを一方的にライバル視してくるから、婚約すれば近づいて来ないと踏んだんだろう」
「分からないでもないけど……それ損得考え過ぎじゃない?」
「私はそのくらいの方が分かりやすくて好ましいですけどねぇ」
他に好きな人がいるとか、そういう類よりはよほど分かりやすくて良い。
ミツバがそう話すと、
「…………」
スギノから何か言いたげな視線を向けられた。
「お父様、どうしました?」
「……いや、何でもない。それと御堂の息子の方は確か、妹さんの力が不安定になりやすいと聞いた事があるな。ミツバが婚約して直ぐに、婚約相手を御堂に変えないかという打診が来た覚えがある。天秤体質が目当てだったのだろうが……まぁ、そうであるなら、ミツバを脅す必要性は薄いな」
「そちらで訴えて同情を引いた方が確実だものね」
ツバキがうんうん、と頷いた。
正直、人間のミツバには鬼人の力が不安定だとどうなるか、というのはよく分からない。
しかし切実な問題なのだろうなというは分かった。
それでも力の不安定さを出すならば、それはソウジも同じだ。
情に訴えかけられたとしても、ソウジが望まない限りはミツバから婚約を解消する事はない。
出来るとするなら協力くらいだろう。
「となると怪しいのは森川ね……」
「ああ。だがひとまず現状は、様子を見る――しかないな。ツバキとソウジ君がいれば何とかなるだろう」
「そうですわね。ミツバ、不安だと思いますが、しっかりするのですよ」
キキョウが心配そうな眼差しをミツバに向ける。
その気持ちが嬉しくて、ミツバはふふ、と微笑んだ。
「ツバキ姉さんもソウジ君も頼もしいので、不安は全くないですよ」
「この子はもう……」
心の底からそう思っているので言ったのに、キキョウからは呆れられてしまった。
解せぬ、と思いながらツバキとソウジの方を向くと、二人も似たような表情をしている。
三人の反応がよく分からなくて、ミツバは「あれ?」と首を傾げたのだった。




