序話 吾妻家の家族達
ミツバは『いらない』と言われた子だった。
両親はお互いの浮気が原因で離婚しており、しかも最低な事に、子供の引き取りをどちらも拒否しただ。
そのためミツバは両親の離婚後に、スーッと児童養護施設に預けられた。
何とも酷い話である。
当時七歳だったミツバは、歳のわりには大人びて落ち着いていたけれど、最初にそれを聞いた時はショックだった。
何なら施設に預けられてしばらくは「もしかしたら全部嘘で、両親はその内来てくれるかもしれない」と思って待っていた。
けれども待てど暮らせど来ないので、一カ月してようやく、ああ、自分は捨てられたのかと理解したのだ。
◇ ◇ ◇
「ちょっとミツバ! あなた! いつまでそんな格好をしているのよ!」
ミツバが昔の事を思い出しながら食事の支度を終えた時、義理の姉であるツバキからそう怒られた。
長い黒髪の間から小さな二本の角が見える。鬼人の特徴だ。
彼女は目を吊り上げたまま、ミツバが着ている服をびしりと指さした。
「そんな格好?」
言われて、ミツバは首を傾げる。それから自分の身体を見た。
食事の支度を終えたばかりなので、ミツバが着ているのは割烹着だ。その下に、動きやすいように洋服を着ている。
特に怒られるような装いでもないので首を傾げていると、
「ああっもう! これからしばらくぶりにお父様が帰っていらっしゃるのよ!? 早く支度なさい!」
ミツバは腰に手を当ててそう言った。
義姉の言った通り、今日は長らく出張でいなかった義父が狩って来る日だ。
ミツバが料理をしていたのもそのためだ。ちょっとしたパーティーを開きたいと、義父の好物を作っていたのである。
確かにツバキや義母からは綺麗な装いで出迎えようと言われていたが、さすがにそんな服装では料理をし辛い。
なので後回しにしていたのだが、どうやらミツバが思っていた以上に時間がかかってしまっていたようだ。
「ごめんなさい、ツバキ姉さん。すぐに着替えるわ。呼びに来てくれてありがとう」
「うっ」
ミツバがそう言えば、ツバキは顔を真っ赤にして、もごもごと口ごもってしまった。
そしてうー、うー、と唸った後、
「…………あっあなた、何を着るか分かっているんでしょうね?」
と絞り出すような声でそう言った。
ふふ、とミツバは笑って頷く。
「ええ。姉さんと母さんが譲ってくれた着物よね」
「そ、そうよ! 私のお古! お古なのよ!」
……などとツバキは言っているが、実際はそうではないのをミツバは知っている。
お古などではない。新品だ。桜の花のデザインが美しい着物である。
サイズだってミツバの身体にぴったりだし、ひと目見た時に絶対にお古ではないのはミツバも分かった。
けれどもツバキが頑なに「私のお古よ!」と言っていたので、表向きはそういう風に受け取る事にしている。
今日も義姉が可愛いな、なんて思っていると、
「……あなた、一人で着れるの?」
そんな事を聞かれた。ミツバにはツバキがうずうずとしているように見える。
なので。
「まだ自信がないの。……姉さん、手伝ってくれない?」
ミツバがそう言えば、ツバキはパッと笑顔になった。
「仕方ないわね! あなたがみっともない姿なんて、うちの恥だもの! 私がきちんと仕上げてあげるわ! 感謝しなさいよ!」
「ありがとう、姉さん。嬉しい」
「あう」
お礼を言うと、ツバキは顔を真っ赤にして黙ってしまった。
それが可愛くてミツバも笑顔になる。
鬼人である吾妻家に引き取られて、まもなく三年。ミツバはそろそろ十五歳だ。
吾妻家の家族は、皆揃って物言いが少々きついところがあるが、根がとても優しい。
面と向かって言葉にするのはなかなかできないけれど、優しくて、可愛くて、格好良い――ミツバにとって自慢の家族である。