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第44話 おじさんは若さに勝てない

「あ、あはははは、身体が……痛いなあ」


 冷たい空気が気持ち良い早朝に、ガナーシャは剣を素振りしていた。

 隣には、倍以上の重そうな鉄剣を軽々と振るケン。


 その鉄剣は、マックとメラからのケンへの置き土産だった。


『ケン坊、そいつをやる。それは、切れ味や祝福は全くだが重さだけは今の【剣聖】のもんと同じだぁ。そいつを少しずつでいい。お前さんの相棒で出来る最高の振りをそいつでやり続けるんだ。少しずつでいい。前に進め。そしたら、お前さんの手はこの手よりもずっと硬くなるさ』

『あたしの剣っ! ちゃんと手入れするんだよっ! そんでもって、立派な騎士になるんだよっ! そしたら、あたしが最高の一振りを作ってあげるっ! その時までにはあたしももっともっと成長してるからねっ! せんせえ、もっともっと成長しますからねっ!』


 そう言って二人は去って行った。

 ちなみに、その鉄剣を打たせてもらった鍛冶屋に詫びとして贈られた剣は、鍛冶屋の家宝になったらしい。


 ケンは、ゆっくりとその鉄剣を振り下ろし続ける。

 ガナーシャは、その姿を見て微笑み、剣を振り、足の痛みに震える。

 最近の日課は、朝の散歩からの、特訓だ。


『おっさん、よかったらよ……その、朝の稽古、一緒にしねえか?』


 ケンにそう言われた。

 ガナーシャとしては、お年頃真っ盛りの男の子が誘ってくれたことが嬉しくて二つ返事で引き受けたのだが、いかんせん、ガナーシャは低ステータスの上に、おっさんだ。


 初日を終えて三日後に筋肉痛になった。

 自身の痛みや身体の事をよく知るガナーシャだったが、ケンに誘われた喜びと、タナゴロの街が今とてつもなく安全であることに油断して珍しくやりすぎた。


 本人もなんとなくなりそうな予感がしていたので、その日を休みにしてもらって大正解だったが、その日はずっとニナが楽しそうに身体を突き続けて大変だった。何故か、それ見たリアが一度突いてきたが力加減が分からなかったのかとてつもなく痛かった。

 偶然出会ったアキには「支えてあげます!」と抱きつかれかけたが、ニナとリアの圧が凄くて即座に断った。


 ケンには呆れた顔をされたが、ガナーシャは知っている。

 その休みの日、ケンはまたオトとお出かけしていたことを。

 アシナガに事細かに説明してきたからだ。

 とても繊細で女性に好かれそうなおでかけプランで、おじさんはそのプランを見ているだけでどきどきした。

 そして、ガナーシャは子の成長になんとも言えないさみしい気持ちになってしまった。


 オトは、ガナーシャの諸々の手配もあって、冒険者ギルドの手伝いをしつつ、サーラの家で一時的に暮らしている。

 盗賊団の一員ではあったが、直接的な活動には参加しておらず、ただただ脅されて街での情報収集と、誘導役だったのと、盗賊団に関する情報の提供をしたこと、そして、ガナーシャからオパール王女への口添え、ケンの嘆願もあり、サーラの監視下とはいえ比較的自由な生活を送っていた。


 ちなみに、サーラもケンとオトのお出かけを途中まで見守って、その後、やけ食いをして腹を壊したどうしてくれるとガナーシャに伝言してきた。


「お、おはようござぃます。へ、へへ……」


 そんなオトが笑顔でサンドイッチを持ってくる。


「お、おう、お、おは、おはよう、オト」

「おはよう、オト。よおし、ケン、朝ごはんにしようか、ね?」

「おっさんは、休みたいだけだろ……まあ、いいか。おい! リア、お前も食うだろ?」


 ケンが遠くでじとーっとこっちを見ながら瞑想をしているリアに声を掛ける。

 リアは、朝寝坊が治り、朝の散歩をよくしているのだが、『偶然』ガナーシャに出会って一緒に歩くことが多かったのだが、最近ガナーシャがケンの朝稽古に誘われて、リアも『折角だから』と瞑想をするようになったのだが、全然集中できていないのが目に見えて分かった。


「ちょ、ちょっと! こっちは瞑想してるんだから急に話しかけないでよ!」

「そんな乱れた魔力で何が瞑想だ。なら、集中しろや」

「リ、リア! 一緒に食べよう! ね、時には切り替えも大事だから」


 ただただおろおろするオトの前に立ち、ガナーシャがそう言うと、リアは握りしめていた服をもじもじといじりはじめぼそりと呟く。


「ガ、ガナーシャがそう言うんなら」

「け! おっさんのいう事は聞くのかよ」

「あんただって、オトさんの言う事は聞くんでしょ!」

「んなわけねーだろ!」


 ケンの言葉にオトが捨てられた子犬のような悲しそうな目でケンを見下ろす。


「え? 聞いてくれないの?」

「……ものによるわあ!」


 オトはケンがそう言うとニコニコ顔でケンの頭を撫でる。


「ば……!」

「ごめんね、あたしがしたいの。だめかな?」

「ぐぬ……! 勝手にしろ! 俺も勝手に食うからな!」

「ひ、ひひ、い、いっぱい食べてね」


 オトとケンのやりとりをほっこりした顔で眺めるガナーシャ。

 そのガナーシャの服にリアの小指が引っかけられる。


 リアの意思ではないな。


 そう考えながら、ガナーシャはちらりと横目でリアを見る。

 リアはケンとオトのやりとりを見ながら、そっと空いた方の手を自分の頭に置いている。


(え……いやいやいやいや! 僕みたいなおじさんがやることじゃないでしょ)


 ガナーシャの服に引っかけられた小指を見ると、小指はせかすように服を引っ張っている。

 ぶんぶんと小さく首をガナーシャが振っているとその様子にリアが気付く。


「ガナーシャ、なにやってるの?」

「あ、いや、あははは……急に首が振りたくなって」

「ふうん……ねえ、頭を撫でるのって楽しいのかな?」

「……え?」

「どう思う?」

「えーと、そう、ですね」


 ガナーシャは目を泳がせながら、頭を撫でた記憶を辿る。

 シーファはとても、喜んでいた。今までの支援孤児にも何人か。みんな喜んでいた。

 その後、大変なことになったが思い出したくない。


 それに……『子供』たちも。


 痛みや恐怖で震えていたあの子達も頭を撫でると、少しやわらかくなった。


「うん、撫でる側も『がんばった子を褒めてあげる』のは、『認めてあげる』のは、満たされた気持ちになりますね」

「ふ~ん……ちょっと、撫でていい?」

「え!?」


 予想外の言葉にガナーシャとガナーシャに掛かっていた小指がびくりと跳ねる。


「どんなのか知りたいの……だめ?」

「だ、め……じゃないです」


 ガナーシャはぐぐぐと詰まりながらも了承し、頭を下げる。リアの小指もガナーシャから離れた。

 わしゃわしゃとリアがガナーシャの頭を撫で始める。

 わしゃわしゃと。

 わしゃわしゃと。

 それはもうわしゃわしゃと。


「あ、あのー、リア」

「も、も、もうちょっと……もうちょっとだけ……!」


 リアの息遣いが荒く、ガナーシャは謎の危機感を覚える。

 だが、リア自身も自分の変化に気付いたのか、手を止め、大きく深呼吸をする。

 そして、ゆっくりと撫で始める。


「ガナーシャはすごいね、ガナーシャはすごい。おじさんなのに頑張ってて、えらい」


 リアの言葉に、ガナーシャは泣きそうだった。色んな意味で。


「おいぃいいい! いつまでやってんだよ! おっさんはげちまうぞ!」


 ケンの言葉に、ガナーシャは泣きそうだった。色んな意味で。


「わ、分かってるわよ! ガ、ガナーシャ! ちょっと定期的に頭を撫でる練習したいから付き合って!」


 頭を撫でる練習とは?


 と、ガナーシャは思ったが口に出さない。小指がとてつもなくぴくぴく動いて『断らないよなあ?』と言っているように見える。

 曖昧に頷き、オトのサンドイッチを食べ始める。

 食事の時間は、ガナーシャにとって癒しの時間だ。

 人が美味しそうに食べている姿をみるのがガナーシャは好きだった。

 勢いよく食べて残り少なくなるとしょんぼりし始めるケン、ちょびちょびと食べては他の人の食べる様子を見てにやにや笑うオト、顔の筋肉全てを使って美味しさを表現するリア。

そして、


「遅れてすみません」


 祈りを終えてやってきたニナが、ガナーシャの隣に座り再び祈りを捧げると、ゆっくりサンドイッチを小さく口にいれてもぐもぐとしっかり噛みしめて食べる。


「ああ~、なんかいいねえ。こういうの」

「そうね……」

「ええ、そうですね」

「ひひ、は、はい」


 そんなみんなの幸せそうな顔をガナーシャが見回しているとケンが一人さみしそうに大人びた顔で笑っていた。


「俺はよ、昔、飯の時間は戦いだった。みんな腹空かせてるから奪い合いで。でもよ、大人の何人かは本気で腹が減ったらとんでもなく辛いって知ってるから、ちょっとだけくれたんだよ。ほんとちょっとだけだけどよ。そんで、弟と二人で分かって食うんだ。うめーなって。そしたら、弟が笑って……そんでちょっとだけそいつらに感謝した。うまく言えねーけど、それがなんか、俺は、よかった。おっさん、こういうの分かるか?」


 ケンの言葉は拙い。だけど、いつでも伝えたいに溢れていて。

 ガナーシャはゆっくりと噛みしめて噛みしめて飲み込んで。

 教える。


「そうだね、なんとなくだけど。辛い、苦しいを知って、その辛さや苦しさを誰かに味わってほしくない。それも『守る』ってことじゃないかな」

「そっか……これも『守る』か……」


 ケンは、大きな鉄剣、そして、メラから貰った剣、そして、その隣にある少し汚れた剣を見る。

ミレニアの剣だった。



 ミレニアは捕らえられた。

 そして、洗いざらい白状し、罰を受けるとオパールに告げた。

 その日のうちに第三騎士団副団長、騎士ミレニアは処刑された。


 そして、次の日からオパールの従者がいつの間にか一人増えていた。


 不要となったからと剣はオパールからケンに与えられた。

 『これは貴方が持つべき重みだ』とオパールは言った。

 『難しい事は分からねえけど、なんでもするからミレニアを殺さないでくれ』と言ったケンに、オパールは言った。その奥でじっと、ずっと従者の一人が頭を下げていた。


『守れなかったものを守って欲しい』


 オパールがそう言うと、ケンはその剣を受け取り、誓いを立てた。


『わたし、は、この国を、この世界を守る剣になります。この剣とともに。なります』


 そのケンの真っ直ぐな瞳を見て彼女達は笑っていた。

 ガナーシャもその真っ直ぐさに目を細めながら笑った。




「守る……俺は、守る!」


 ケンはそう呟くと残ったサンドイッチを全て口の中に入れ頬張り何度も何度も噛みしめて飲み込む。そして、美しい青空に向かって叫ぶ。


「俺はよ! お前らみたいなすげー魔力はねえ! おっさんみたいな経験もねえ! 多分、俺が一番『普通』だ! だけど! お前らに絶対負けてやらねえからな!」


 ケンは立ち上がり、自分の剣を掲げ笑う。


「俺が! 絶対! お前らを守ってやるから! お前らがじゃねえ! 俺がだ!」


 そう言ってケンはオトにサンドイッチの礼を告げると、己の剣を振り始める。


 音は澄んでいた。


 純粋な夢を追う少年の、真っ直ぐな道。そこに導くように寄り添うように。

 風切り音が聞こえる。


 ケンには、それがいつかの弟分の『ししし』という笑い声に似ている気がした。

お読みくださりありがとうございます。

また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。

よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になり有難いです……。


次こそ、ケン編ラストです!

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