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高貴なる皇女殿下②

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 綺麗な花には棘がある、なんて言葉もあるけれど、この世にも稀な美しさを誇る大輪の花には棘どころか毒までもあるらしい。


「エルベルト前王太子殿下が身分違いの相手と駆け落ちしたことくらい、私の耳にも入っているわ。さんざん迷惑をかけられたでしょうに『恋愛結婚って素敵ですねえ』なんて思える、頭がお花畑のお人よしなら、私にも同情してくれると思ったのに。ほんとうに使えない……」


 つん、と唇を尖らせてふてぶてしく言う顔でさえも、見る者によっては『小悪魔的で可愛らしい』と評されるのかもしれないが、俺にはとてもそうは思えなかった。


「……さっきのはただの社交辞令だ、純粋で穢れを知らないお姫さまには分からなかったかもしれないが、オトナは本音と建前を使い分けるものなんだよ。あのクソ兄貴のことを許しているわけも、まして『恋愛結婚って素敵!』なんて思っているわけもないだろう」

「子ども扱いしないでくださる? どうかしら、二流国ドいなかでのびのびと育ったあなたは知らないでしょうけど、この皇宮は伏魔殿なの。お世辞やおべんちゃらなんて、ここでは空気よりもずっと身近なものよ。そんなところで育ったこの私が言うんだから、間違っているはずがないわ」

「……大した自信だな」


 そりゃあ、あれでも血の繋がった家族だし兄のことを憎んでいるというほどではないけれど……と、こんな甘いところを見透かされたのだろうか。

 恵まれた血筋と地位にたぐいまれな容姿を持ち、気も強くて頭の回転も速く、口が立つ。……なるほど、いたいけな少女が天狗になってしまうには十分すぎる。

 その環境によって育まれたものか、それとも本人の生まれつきの素質なのかは俺には分かるはずもないが、目の前の少女リスティナが高慢で腹の中が真っ黒な性格の悪い人間だということだけは分かった。


「はぁ、嫌だわ。本当に嫌なのだけど。私、結婚なんてしたくないわ、あなたから断ってくださらない? いえ断りなさい、命令よ。あなたは『他に好きな相手がいて……』と全ての責任と落ち度をひっかぶった上で皇帝の前で婚約の破棄を申し出るの。私の経歴にはシミのひとつもつけずにね」

「……それ、下手したら、首と胴体が離れ離れになって、そのまま俺の人生が終了する気が」

「うふふ。もともと『結婚は人生の墓場』らしいわ? 大して変わらないじゃない。まあ、ちなみにお父さまは私のことを溺愛しているらしいけれど」

「大違いだろ! 不穏な情報を付け加えるな!」


 俺だって、あからさまに嫌そうに深々に溜息を吐きながら視線を送ってくるような少女と結婚するのは良心が咎める……前に、普通に、こんな性悪と結婚なんてしたくはない!

 政略結婚をするのは仕方がないと思っていたが、それは『面倒ごとを持ち込まず利益になる花嫁なら』の話だ。背後に面倒ごとをぞろりと引き連れた上で、本人の性格も悪いなんて……『面倒でしかない』姫君と結婚なんかしたくない! そりゃあ断れるものなら断りたいとも!


「そんなに溺愛されているのなら、皇女殿下の方から話を通しておいてくださいよ!」

「嫌よ。仮にうまくあなたにすべて落ち度を押しつけた上で破棄したとしても……この年頃の娘を放っておく理由はないでしょう。すぐに『次』が用意されるわ。『次』は、あなたよりももっと野心家で結婚を望む相手かもしれないし。私、無駄なことはしたくないの」

「……ちょっと油断してたらすぐに俺を窮地に追い込もうとするのはさておいて。最初から『誰とも結婚するつもりはありません』と言えばいいんじゃ?」

「馬鹿ね。そんな『利用価値がない』娘の言うことなど無視されるか、もしも聞き入れられたら修道院に放り込まれて同じことじゃないの。あなた、そんなことも分からないの? 馬鹿なの?」

「はぁ……」


 なんだか、一を言い返しただけで優に十はまた理不尽に罵られた気がする。リスティナ姫の側の理由なんて俺が知るはずも無いだろうに。

 でも、今の言いようからすると……と俺が考えているうちに、彼女は一つの結論を捻り出したようだった。


「……いいわ、妥協しましょう。妥協に妥協を重ねるなんて、こんなの、ちっとも私らしくないのだけれど。光栄に思いなさい、あなたとの婚約はひとまず保留にしてあげる。駄犬でも他の婚約者候補避けくらいの役目は果たしてくれるでしょう」

「わーい、ちっとも嬉しくないけど、俺の首と胴体が永遠の別れを果たすのは少し先になりそうなのは良かったです。できればそのまま破棄してくださるともっと嬉しいのですが」

「馬鹿ね、私だってそうしたいのにできないから困っているんでしょう。分かりきったことをいちいち言わせないで、馬鹿?」

「そんなに言わなくてもいいでしょう!」


 くそ、また二回も『馬鹿』って言いやがった。

 これのどこが『皇女としての品格に欠けるところのない完璧皇女』なんだ。この皇宮には目に泥をつけて物を見るようなやつしかいないのだろうか。


「馬鹿じゃないって言うの? ふうん……」

「なんだその物言いたげな目は!」

「あなた、この婚約の裏にある事情は知っている?」

「ミリア王国と神聖リヒトシュタット皇国との間で軍事同盟を結ぶ足掛かりにしたいのか、とは」

「そう。『同盟』とは名ばかりの『ミリア王国の兵をリヒトシュタットのために使い潰す』ためにね」

「そんな身もふたもない……」


 確かにその通りなんだろうが、まさか利用する側の皇国の皇女本人が認めるとは思わなかった。

 悪びれもせずぺろりと吐いた皇女殿下の表情にはそのことについての罪悪感は漂っていない。だが、ミリアの民の犠牲を『当然のこと』として受け入れているようにも見えない。……当然か、彼女はこの婚約が破棄されることを望んでいるのだから。


「なに? 『関係のない民を戦乱に巻き込むことになるなんて受け入れられない、だからそのためにも婚約は破棄した方がいい』……とか私が言えば満足なのかしら?」

「……いえ、そんなことを言いそうにない方だということは短い付き合いでもひしひしと伝わってきていますが」

「ふん、だんだん分かってきたじゃない。私はミリア王国やあなたのことなんてどうでもいいのよ。問題なのは、リヒトシュタットの内部の話」

「と、言いますと」

「この婚約が結ばれることで『誰』が得をすると思う?」

「ええと……」


 この縁組によって、神聖リヒトシュタットは兵力を得る、ミリア王国は権威を得る。そういった国としての利益とは別に、個人的に『得』をする人物とは――。

 簡単な話だ、『誰』がこの婚約を仲介して、わざわざ二流国であるミリア王国の王太子にまで話を持ってきた?


「仲介者である、タウバッハ侯爵ですか。リヒトシュタットの利になる縁を結ぶことによって、彼のリヒトシュタット国内での発言力が強まる……?」

「その通り。そしてタウバッハ侯爵は、現皇后の父親」

「あ」


 そうだった。現リヒトシュタット皇帝の正妃である皇后はタウバッハ侯爵家の出身だ。

 それだけならば、皇帝の義父に当たる宮廷の権力者が、『皇女』の縁組を仲介した、というよくある話だが――。


「そして――私の母を、前皇后リーディットを、暗殺した男」


 タウバッハ侯爵が『リスティナ=レーティア皇女』の縁組を用意した、となると話はどうもきなくさくなる。

 第一皇女であるリスティナ姫は正統な皇女ではあるが、現皇后の娘ではなく、タウバッハ家とは対立する家の出身の母を持つ皇女だからだ。

 そんなことよりも。


「暗殺した……って、本当に!?」


 リーディット皇后が五年前に亡くなったことは、ミリア王国からも見舞状を送ったから知っている。けれど、もちろん、知らされた皇后の死因は『病死』だったはずだ。

 急に『暗殺』なんて物騒なことを言われても、とリスティナを問い詰めれば、彼女は悔しそうな顔をして憎々しげに言った。


「間違いなく、暗殺よ」

「……母君を亡くされたこと、タウバッハ侯爵家に権力を奪われたことが悔しかったのは分かるが」

「違うっ! 私の勘違いじゃない、だって、私は……!」

「リスティナ姫?」

「…………なんでも、ないわ。聞かないで」


 声を荒げた彼女の悲痛な叫びは確かに、母を亡くした子がすがって唱える根拠のない陰謀論というよりも、暗殺だという確信を得ているかのようだった。

 ただ、俺がこれ以上尋ねても答えてはくれないだろう。口もとをむっつりと引き結んでしまった。


「……話を戻すと、五年前の件は暗殺だった。でも、証拠が無いのよ。もう、全部、消されてしまった」

「じゃあ、証明するのは無理なんじゃ……」

「そうね……そうかもしれない。でも、私は諦められない」


 今ここを離れたら残っているかもしれないわずかな証拠さえも取りこぼしてしまう。だから結婚をするわけにはいかないの、とリスティナは話を締めくくった。……なるほど、『結婚』自体を嫌がるわけではなく、そういう理由で拒絶しているのなら『修道院に入ることになって離れるのも同じ』と言い切れるわけだ。先ほど覚えた違和感も腑に落ちた。


「……そういうことなら、俺との婚約は続けた方がいい」

「あら、『お願いですから早く婚約破棄してください!』ってさっきまでぴぃぴぃ喚いていたくせに」

「それが一番なのは間違いないが、適齢期の男女が放っておかれるはずもない。だったら、互いに印象が良くない相手でも、相互不干渉で機嫌を取る必要もない契約結婚は『アリ』だ」

「……あなたって結構ドライなのね」

「夢見がちな兄のせいでさんざん苦労させられたもので」


 兄のことを思い出して心底うんざりとしたのは言葉からも分かったのか、リスティナは驚いたように目をみはって少し警戒心を解いたような笑みを浮かべた。


「とりあえず婚約を続けて、いざ結婚をさせられそうになったら君が仮病を使って延期させる。そうすれば、新たな結婚相手は用意されないし、結婚の話も進まない」

「あなたは『病気がちでもリスティナ皇女がいいんです! 彼女を愛しているから他の皇女ではダメなんだ!』と言って、結婚の話を進ませない……現状ではこれが善後策よね。それにしても『愛している』とかあなたに言われるなんて……なんだかうさんくさくて気持ち悪いわ」

「言うな。言う側の気持ちも考えてくれ」


 協力を乞う立場なのに、しゃあしゃあと文句を言う彼女に向き直って、皇女殿下の華奢な白い手を取った。


「私と婚約していただけますか、皇女殿下」

「はい、アルフリッツ殿下。暗殺事件の証拠を掴むまでの期間限定、破棄前提の婚約でよろしくて?」

「当然です。よろしくお願いしますよ、我が婚約者どの」

「……そつなくかしこまるのも気味が悪いわね」

「言うな!」

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