後輩の後輩(前編)
地球連合宇宙軍。
超巨大隕石の激突により生態系が壊滅寸前まで追い込まれた地球に住む人類は宇宙進出を余儀なくされた。その資源探索や開拓船団の護衛の為に結成されたのが超国家規模軍事組織、地球連合宇宙軍である。
広大な宇宙には複数の知的生命体がおり、不幸な事に地球人類はその中のいくつかの勢力と戦闘状態に陥るケースもあった。以下に大規模な戦闘記録を示す。
F.C0013
太陽系外周にて巡回中の軍艦が漂流していたとおぼしき宇宙船から攻撃を受ける。なし崩しに戦闘状態に陥った結果所属不明の宇宙船は大破。人類は初めて宇宙に他の知的生命体がいることを知る。
F.C0029
調査団により発見された惑星マクルディに着陸した連合軍第五大隊は住民であるディモ星人から襲撃を受ける。停戦交渉等の平和的解決を図るも排他的主義のディモ星人の攻撃は激しく第五大隊はマクルディから離脱を決定した。その後不可侵条約が結ばれている。
F.C0042
惑星間航行中の開拓船団が大型生物と思われる存在からの攻撃を受ける。コミュニケーションは全く取れず、体当たりを主にする攻撃に船団は半壊。救援に駆けつけた連合軍第十八大隊によりからくも撃退された。交戦したパイロットによると岩石で出来た巨大なウーパールーパーのごとき容姿であったという。
F.C0070
移民開発中の惑星マヘンドラナガルにおいて機動兵器を持つ武力集団の襲撃を受ける。自警部隊と激しい戦闘となり移民団の三割が戦死という被害が出た。武力集団は全滅。他惑星を略奪しながら移動する宇宙海賊のような存在で、兵器に乗っていたパイロットは地球人に似た容姿であり大きなニュースとなった。
F.C0081
ユーラ星系宇宙ステーションにて友好関係を築いていたラオ星人が近隣のボルモ星人から襲撃を受ける。支援要請を受けた連合軍はやむ無く第十四大隊を派兵。一年あまりの紛争の結果双方に大きな被害が出る。
これらの戦闘から地球連合軍の拡充、強化は必然となり現在は三十八大隊が編成されている。また《アンカレッジ》のような士官学校も多く建造されており、継続的な軍人養成が図られている。
プリムラのシミュレーション訓練をモニター室で見ているヒビキの所に一人の大男がやって来た。
「仙崎センパイ」
「おう、ジロウか。元気そうだな」
声をかけてきたのはパイロット科の一年後輩の樋口ジロウだった。身長195㎝の角刈りの巨漢。世が世なら柔道かレスリングの世界選手権を制覇しそうな男である。
パイロットとしての腕も良く、性格も寡黙で真面目ということで後輩の信頼も厚いが一方で女子からは怯えられる事も多い少し可哀想なキャラだった。
「どうも。実は……センパイに少し相談が」
「お、なんだなんだ」
話を聞き付けてヒビキとジロウの所にツカサ、そして通りがかったアカリやミユキまでもがやって来た。
「なんか最近相談事を受けるのが多い気がする」
「まぁまぁ、それだけ頼られてるって事じゃない。で、相談ってなんなのジロウくん」
「はぁ、実は……」
珍しく歯切れの悪いジロウに一同が身構える。
「三年に戸川って子がいるんですが、あまり成績が良くなくて自分が先生から専属で教えてやってくれと頼まれてしまって」
「戸川?」
「戸川……戸川ヨシノって子か」
ヒビキは聞き覚えは無かったが、流石に女子パイロットのツカサは知っていたようだった。
「確かにちょっと成績低かったかもな。アレもプリムラと一緒でプレッシャーに弱い系みたいだけど」
「そうなんです。俺も他人に教えるのは上手く無くて……で、仙崎センパイが同じように後輩を教えてると伺ったので何かアドバイスでもいただければと思って」
「お前まで俺に無茶振りをする」
「す、すみません」
恐縮するジロウ。アカリは後ろからヒビキの脇腹を小突いた。
「そんな意地悪言わないで教えてあげなよヒビキくん」
「疲れましたー。あ、皆さんお揃いでどうかされたんですか?」
そこにプリムラがふらふらと帰ってきた。
「出来の悪い後輩の教育についてな」
「はわわ……申し訳ないです」
「だから意地悪しないの!」
「いや、これについては自分も悪いというか……ぶっちゃけると女子にどうやって教えたら良いかよくわからないのが悩みでして……」
大きな体をできるだけ小さくするジロウの肩を叩くツカサ。
「でっかいのがそんなモジモジしてたらヨシノも付いて来ないぞ」
「は、はぁ」
「でも確かに異性の先輩後輩というのはなかなか難しいかも知れませんわね」
ミユキの言葉にうんうんと頷くアカリとプリムラ。
「そうだよー。ここはヒビキくんが先輩としてしっかり教えてあげないと」
「一人教えるだけでもてんやわんやなのになぁ」
そうは言うがジロウは結構根のいい奴でウマの合う後輩だ。ヒビキとしても助力してやりたい。
「とりあえずその子の成績を見せてくれ、一緒に考えよう」
「ありがとうございますセンパイ!!」
ブン!と風が巻き起こりそうな勢いで頭を下げるジロウ。
「よし、じゃあ早速自習室でやるか」
ヒビキとジロウが一時間ほど検討したところ、そのヨシノという少女はプリムラと似た欠点を持っているようであった。
「基礎的な知識はあるんだな。シミュレーションも悪くないが……この日のネシオンとの実戦は動きが酷いな」
「ウス、初めての実戦というのもありましたが……」
「この状態では実戦参加は厳しいかもな。三年になれば現場にも出なきゃいけないし。でも成績自体はジロウがコーチに就いてから伸びてるんじゃないか?」
ヒビキが指す棒グラフは確かに少し前から上昇している事を示している。しかしその後一週間はまた横ばいになっていた。
「ここ一週間でまた伸び悩んでるんです」
「どうしてだと思う?」
少し酸味のあるスポーツドリンクを飲みながらヒビキは聞いた。
「最初はやっぱりビビられてたんですが、少し向こうも自分に馴れてくれたようなんです。でも最近また距離を取られているというか……練習終わったらサッと帰ってしまうし。嫌われている訳じゃ無さそうなんですが」
「何か心当たりは?」
「これがさっぱり……」
本気で悩んでいるジロウ。ヒビキも自慢できるほど女心がわかっている訳ではないがジロウにはより難しい問題のようだ。
「ちょっとコミュニケーション的にも何か改善しなきゃいけないかもな。カリキュラムの方は俺がプリムラ用に作ったのを送っておく」
「ありがとうございます!」
「大変だろうけどこういうのが後々評価に響くからな、頑張れよ」
ジロウの肩を叩いてヒビキは自室へと戻った。
後日、食堂で昼食を食った帰り道。パイロット科のトレーニングルーム近くを歩いていたヒビキとプリムラ、アカリは聞こえてきたジロウの声に足を止めた。
「お疲れ様。ちょっとまた動きに迷いがあるようだけど、体調悪かったか?」
「い、いえ……」
ジロウの前でうつむいて答えているのは、小柄な少女だった。アプリコット色ののセミロングの髪におとなしいボディラインの引っ込み思案そうな女子だ。
「あの人がヨシノさんですかねマスター」
「そうかもな」
「二人とも陰に隠れて隠れて」
「なんで隠れて見なきゃいけないんだよ」
「だって気になるでしょ!」
お節介気質のアカリはこの件にガッツリ絡むようだった。ため息をつきながらもヒビキはアカリとプリムラの後ろに付く。
「最新アンドロイドなんだから盗聴器とかついてないのか?」
「そんなものありません。人をなんだと思ってるんですか」
「なんだとってお前……」
「二人とも静かにして」
植木鉢に植えられた不自然にデカイ樹(酸素を良く放出するという事で宇宙開拓民に人気の広葉樹だ)の陰から二人を覗く三人。
「大丈夫です。特に気分が悪いとか……ありません……」
そうは言いながらも少女の顔は赤い。うつむいたままの後輩を心配してジロウが顔を覗き込む。
「でもなんか顔赤いし、無理はしない方が……」
「す、すみません!失礼します!」
少女はジロウから視線を外すようにピョンと身体ごと離れるとバーッと走り出してしまった。引き留めようとした手が泳いだまま立ち尽くすジロウ。
「おいおい穏やかじゃねーな」
ジロウの元に歩き出そうとしたヒビキの首根っこをアカリが掴む。
「おい、苦しいじゃねーか!」
「これはあの子にも事情を聞く必要がありそうだよヒビキくん」
「そうですねマスター!今日は戸川さんの話も聞いてみましょう」
「えええ……それ俺の仕事か?」
「つべこべ言ってないでさっさと来て!」
「カーボニックだぜ……」
襟元を掴まれたままヒビキはアカリとプリムラに引っ張られ走っていった少女の後を追うことになった。
「どこ行っちゃったかな」
「あ、あそこに居ますよアカリさん!」
「でかしたプリムラちゃん、流石最新鋭!」
飲食店や雑貨用品店が並ぶエリア。その角にあるカフェでアイスコーヒーを持ちながらうなだれている女生徒が一人。先ほどジロウから逃げた女の子に間違いない。
気の進まないヒビキの手を二人が引っ張ってその女子のテーブルに付く。
「こんにちは、ええと戸川ヨシノちゃん?」
「は、はい。そうですが……ヒビキ先輩!」
いきなり話しかけてきた三人の中にパイロット科のトップエースを見つけ、ヨシノの声が裏返る。
「悪いな、一人のところ邪魔しちゃって。コイツらはレーダー科の桜野とパイロット見習いのプリムラだ」
「初めまして、アカリって呼んでね」
「プリムラです!よろしくお願いします!」
ボーイを捕まえちゃっちゃとオーダーを済ませるアカリはほっといて、ヒビキはすまなそうに話を続けた。
「実はな、ジロウから相談を受けててな……お節介だとは思うんだが何か悩みでもあるなら相談してもらえればと」
「安心して。この人、プライベートはだらしないけどパイロットの腕は確かだから」
「そうそう、洗濯物とか全然畳まないですし」
「うるせぇよ!」
何のフォローにもならない二人に怒鳴ってからヨシノに向き直るヒビキ。その三人を順繰りに見渡してからヨシノはおずおずと話し始めた。
「ありがとうございます……実は、正直なところジロウ先輩のおかげで結構操縦は上手くなってきたんです」
「ああ、シミュレーションの成績も上がってたもんな」
「はい、ただ……最近ちょっとジロウ先輩が……」
口ごもるヨシノにアカリが尋ねる。
「ジロウ君が苦手とか?見た目怖いけどいい人だよ」
「し、知ってます!最初は私もちょっと怖かったですけど、教えてくれるときも丁寧で怒鳴ったりもしないでくれました。何時間も訓練に付き合ってくれましたし……」
ヨシノの話にふんふんと頷くプリムラとアカリ。
「で……だんだん一緒にいたら……私……」
「……好きになっちゃった?」
アカリの一言に両手でバッと顔を隠すヨシノ。
「だっ、誰にも言わないで下さい!」
「言わない言わない。大丈夫だよ」
「もちろんです!」
固く約束をするアカリとプリムラの横でヒビキはだんだん(俺帰ってもいいかな)とか考えながらアイスコーヒーを飲んでいた。
「でも、ジロウ先輩はきっと大人っぽい女性の方が好きなんだろうなとか考えると、なんか気分も暗くなって……ジロウ先輩には申し訳ないんですが一緒にいると胸が苦しくて。訓練にも集中できなくなっちゃうんです……」
どうしたらいいんでしょう?と目で訴えてくるヨシノにヒビキは素直に両手を上げた。
「わからん」
バコン!とアカリの鉄拳が飛びヒビキは成すすべなくテーブルに突っ伏した。
「こっちは真面目な話をしてるんだよ!」
「そうですよマスター!」
「ふざけたつもりは無いんだが……な……」
予想外の重い一撃にヒビキはまだ起き上がれない。それは放置してアカリはヨシノの方を向いた。
「思いきってさ、告っちゃえば?」
「そんな!こんな足手まといでちんまくて色気も無い私なんか……きっとジロウさんは好きじゃ無いですよ」
「そんなの聞いてみなきゃわかんないよ!」
「そうです!少なくとも嫌いならこんなに親身になって教えてはくれないと思いますよ」
「俺は別に愛情でプリムラに教えてる訳じゃ無いぞ」
ゴス、と後頭部に拳が突き刺さり、今度こそヒビキは沈黙した。
「とにかくさ、訓練以外でもどこか一緒に出掛けるとかして一緒の時間を増やしてみるとか」
「ジロウさんの気持ちを聞いてみたいですね」
「そ、そんな……恥ずかしいです」
「気が無くてもバーンとぶつかっちゃえば意外と男も落ちるものだよヨシノちゃん」
「そ、うなんですか?」
流れでどんどん話が進んでるところで、プリムラがポンと手を叩いた。
「じゃああそこがいいんじゃないですか?」




