後輩の後輩(後編)
翌日。
「動物……いっぱいいますね樋口センパイ」
「そうだな」
サバンナの中、ジロウとヨシノは二人でのんびりと歩いていた。ルモイとは違うスカイブルーの空に白い雲。遠くではシマウマの群れがゆっくりと移動している。反対の河ではカバが水浴びをしておりましたその背中に名も知れぬ鳥が集まってきていた。
そして太めの木の裏からジロウ達をこそこそ見守る人影が五つ。
「なんでこんなとこまで追っかけなきゃいけないんだよ」
「だって気になるじゃない!」
「ヨシノさんが心配じゃないんですかマスター」
「心配というか……つか、なんでお前らまで来てるんだよ」
「やっぱり後輩の事は気になるからな」
「戸川さんは《ハーベルティア》の専属パイロットですから」
ヒビキとアカリ、プリムラに加え覗き見ているのはツカサとミユキであった。
「ミユキさんはチケット代全部出してくれたんだよ!」
「その程度の事、気にしないでください」
「むしろなんで出させた……」
ここは《アンカレッジ》中層部にある大型ホログラムホール。半径150mほどの円形で、プラネタリウムから水族館、果ては恐竜時代まで様々な映像を精彩に表示することができる。本来は学習用の施設だが、何も無い日はこのように生徒達の娯楽施設(有料だが)として利用されていた。
今日はサバンナ地帯に住む動物がテーマのようだ。実際の動物園とは違うがエサや世話の必要も無く様々な動物を見ることができるというのはデジタルアーカイブの利点である。そうでなくとも宇宙生活では動物を見ることが希少なのでこういった施設は貴重である。
ジロウがふとオアシスの方に興味を示した。
「なんかピンク色の変わった鳥がたくさんいるな」
「あれはフラミンゴって言うんですよ先輩」
「へぇ、戸川さんは物知りだな」
「そんな……でもキレイですよね。フラミンゴ」
「ああ」
フラミンゴ達が一斉に太陽の方へ飛び立っていくのをしばし見送るジロウとヨシノ。会話の言葉は少ないものの、二人の様子はデートと言っても差し支えないように見えた。
「とりあえず二人の関係は良好のようですね」
「そうですね。このままデートを何回かしたら付き合えちゃうんじゃないかな」
アカリの言葉にヒビキが後頭部に手を組んであくびをした。
「じゃあもうほっといていいだろ。適当に動物見て帰ろうぜ」
「じ、じゃあ仙崎先輩、私と一緒に回りませんか?少しは動物の事勉強して来ましたので……」
「あ、お前最初からそれが狙いだったんだな!」
「ツカサさんには関係ありませんわ!」
「ちょ、ちょっとお二人とも、静かにしないとヨシノちゃん達に気付かれちゃいます!」
睨みあうツカサとミユキを慌てて収めようとするプリムラ。肝心の二人はそんなことも露知らず、テラスエリアに向かっていった。
「今日はサンドイッチを作って来たんです。ジロウ先輩のお口に合うか自信無いんですが……」
「いや、俺は嫌いなものは無いからな。何でも喜んで食べれるよ。ありがとう」
「結構いい流れじゃないですかアカリさん」
「そうね、五時間も作戦会議した甲斐があったよ」
「お前らそんなことしてたのか」
しかしそう言いながらもジロウのサンドイッチをかじるペースは遅い。
「……何か、味付けおかしかったですか?」
「いや、そんなこと無い。美味しいよ」
そう答えはするジロウだが、ヒビキ達から見ても何か様子がおかしいのが見てとれる程だった。
「なぁヒビキ、ジロウって少食だったか?」
「いやむしろ大食いだったはずだけど……あのサンドイッチ変なもの入ってるんじゃないのか」
「いや、ここに来る前に味見させてもらったけどふつーに美味しかったよ」
「じゃあ一体……仙崎先輩、樋口さんが!」
「ジロウ先輩!?」
ミユキと、そしてヨシノの悲鳴。テーブルの上にジロウが上半身を突っ伏している。ヒビキ達は一斉に二人の所に駆け出した。
「ジロウ先輩!ジロウ先輩!」
「大丈夫か?一体どうしたんだジロウ。」
ヒビキの呼び掛けにジロウはうーんと唸ってから半目を開いた。どうやら死んではいないようだが様子がおかしい。
「す、すみません。最近寝不足だったせいか……でも大丈夫ッス。心配かけてスミマセン」
起き上がろうとするジロウの腕には力が入っておらずプルプル震えている。両脇からヒビキとツカサが支えて椅子にもたれさせた。
「どう見ても大丈夫じゃねーだろ。医務室に運ぶからな。おいミユキ、医療班に連絡してくれ」
「わかりましたわ」
ツカサに促されミユキはポーチから端末を出して連絡をした。ヨシノは泣きそうになりながらジロウの顔を覗き込む。
「先輩、もしかして私の訓練のために……」
「いや……これは俺の仕事だから。戸川さんは気にしないでくれ……それよりせっかく誘ってくれたのに、こんな不甲斐なくてすまない」
「そんな、それより早く元気になってください!」
やがて医療班が来てジロウは担架マシンで運ばれて行った。落ち込むヨシノの肩にツカサが手を置く。
「そんな落ち込むな。ジロウが元気になったらまた来りゃいいじゃねえか」
「でも、私の成績のせいでジロウ先輩は毎晩寝不足に……それなのに私はデートに誘っちゃったりして……」
「それはわたし達の責任でもあるから」
「そうです、わたしも動物園とかどうですかなんて言わなければ……」
アカリとプリムラがヨシノに謝る。
「まぁ命に関わるって訳じゃなさそうだし。また元気になってから考えればいいだろう」
「仙崎先輩のおっしゃる通りですわ。戸川さんは樋口さんが元気になるまで一生懸命練習をして、寝不足にさせないように頑張れば良いと思いますわよ」
「そうですね……がんばります!」
と、こんな感じでその日のデート作戦は終わった。
翌日。ジロウはまだ医務室のベッドにいた。点滴である程度は回復したものの思ったより疲労が溜まっていたようで念のためと休養を取らされているのだ。
「ジロウがそこまで疲れを溜めるとは意外だったな」
ヒビキがベッドの横で見舞いのリンゴを剥きながら呟いた。プリムラはまだ皮剥きのスキルが低いようで指を切り飛ばしかね無かったので(もしかしたら果物ナイフの方が刃こぼれするかもしれないがそれはそれで困る)代わったのだ。
「自分もタフだと自覚してたのでまさか……という感じですが。すんません、いただきます」
皿にのせられたリンゴをムシャムシャ食うジロウ。体調はだいぶ良くなったようだ。
「戸川さんには悪いことをしてしまいました」
「そうだな。でもお前は先輩として良く面倒を見てるよ。あの子もお前の事を悪く思ったりはしないさ」
「そうですよ、むしろ好……」
余計な事を言いそうになるプリムラの口を秒で塞ぐヒビキ。
「何スか?」
「いや、何でもない。とにかくお前は少し休め。あの子が《ハーベルティア》のパイロットだっていうなら俺もまとめて訓練するつもりだから」
「すんません。仙崎センパイにはいつもいつも世話になりっぱなしで……」
頭を下げるジロウに笑って手を振る。
「やめろやめろ、俺は先輩なんだから。お前だって戸川さんが後輩だから面倒見てるんだろ?」
「はい……いや、最近は何かそれだけでは無いのかも知れないんですが……」
「ほほぅ?」
ヒビキとプリムラの意味深な表情に、ジロウは慌てて両手を振り回す。
「いや、違うんス!自分は別に後輩にそういう気持ちは……!」
「わー、わかった!わかったからフォークを持ったまま手を振り回すな!」
そこに、三人のリスト端末に呼び出しがかかる。
「何だ?」
「司令部からスね。採掘科の生徒がまたネシオンに襲われてるみたいッス」
この日の緊急出撃の待機者はジロウであった。ベッドから起き上がろうとするジロウをヒビキが押し留める。
「無理すんな。待機当番の二番目は俺だし、任せておけ」
「そうですよ、今日はわたしたちが行きますから」
「本当にすんません、こんな時でなければ……」
よし、とヒビキ達が立ち上がった所で更に緊急の呼び出しコールが鳴る。相手はハンガーデッキのおやっさんだった。
「おやっさんか、今行くからちょっと待っててくれ」
「ヒビキ!そこにジロウのヤツはいるか?」
「ジロウなら俺の目の前でベッドで寝てる。代わりに俺が出撃……」
「ジロウの《ジークダガー》が出撃準備に入ってるんだ!もう突入ポッドに入って……ああ!発進しちまった!」
「何だと!」
三人が顔を見合わせる。ジロウは嫌な予感がしてヨシノの端末に呼び出しをかけたが、応答は無かった。
「まさか戸川さん……」
ルモイの大気圏に飛び込んで行く突入ポッドの中で、ヨシノは腕の震えを一生懸命抑えようと頑張っていた。
「わ、私が……ジロウ先輩の分も頑張らなきゃ……!」
たまたまハンガーデッキにいたところでジロウへの出撃要請を知ったヨシノは、彼の代わりに《ジークダガー》に乗り込んだのだ。
戦闘エリアまで1分を切った。レーダーがネシオン機を感知してディスプレイウィンドウが開く。
「敵は……《ナーブ・B》が複数……《ジークダガー》一機じゃ厳しいかもだけど……!」
ジロウの過労を招いた責任を取らなければ。それだけが今のヨシノを動かしていた。彼我戦力を比較すれば圧倒的に不利であるのは明確だが、どう戦えばいいかを考える冷静さが欠けていたのだ。
(見えた!採掘科の人は後退を始めて、採掘マシンやコンテナに敵が接近してる。みんなが逃げる時間さえ稼げれば……!)
バァン!大気圏突入ポッドが四枚に割れて、中からグレーの《ジークダガー》が姿を現す。ホバーユニットで軟着陸をして、ヨシノは敵部隊に向けて移動を始めた。
ネシオンの動きも鈍くは無かった。接近する《ジークダガー》を感知した三機の《ナーブ・B》は三方に別れ取り囲むような陣形を取る。
(ジロウ先輩、力を貸して下さい!)
トリガーに指をかける。レールガンの銃身で電磁加速された弾丸は音速を超えて先頭の《ナーブ・B》に放たれた、が。
「外れた!?」
サポートAIの補正を受けて尚、その攻撃の正確さより敵の反応の方が速かった。普段ジロウの操縦を覚えているサポートAIは乗り手のぎこちなさに違和感を覚えたのか、射撃タイミングをずらすようにメッセージを表示してきた。
「私の攻撃が早すぎるの?でも、これ以上引き付けたら……キャァッ!?」
ネシオン機が反撃のロケットを撃ち込んで来た。半分AIに引っ張られるように回避運動を取る。三機の敵からの波状攻撃に、力量不足のヨシノは反撃の余裕は全く無い。
(どうしよう、先輩!)
脳裏にジロウの笑顔が浮かぶ。自分はまだ一人でこんな事をするのは早すぎたのか。
ドォン!
《ナーブ・B》の機銃が《ジークダガー》のレールガンを粉砕した。残るメーザーソードでは飛行する《ナーブ》達に攻撃するのは難しい。三機の《ナーブ・B》はこちらにプレッシャーを与えるためか、または非力なヨシノを嘲笑っているのか、ぐるぐると周囲を旋回し始めた。
そのうちの一機が、ヨシノにロケットランチャーの砲口を向ける。ヨシノの心は絶望で真っ黒に染まった。
「もうダメ……ジロウ先輩……!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
唐突に野太い男の声が響き渡った。最近では聞き慣れた、頼もしい男の声。
(!)
頭上を見る。雲を引いて降下してくる二つの大気圏突入ポッドの機影が見えた。そのうち一つが割れて、中から《ジークダガー》が飛び出してくる。
「大気圏突入キィィィィィィック!!」
《ジークダガー》が減速もせずそのままに一機の《ナーブ》の背中を踏みつける。飛行型のネシオンはその勢いと重量に耐えられず、地面と《ジークダガー》の足に挟まれて爆発四散した。
ギュ……ィィィイン。
火炎と黒煙の中から《ジークダガー》がゆっくりと姿を見せる。次いでヨシノ機のコクピットのインフォパネルが開いた。
「戸川さん、大丈夫か?」
ヨシノに優しく話しかける、それは間違いなくジロウの声だった。
「せ、先輩……!」
まさかのジロウの登場に緊張が解けるヨシノ機の左手で爆発が起きる。慌てて目をやると、ヒビキとプリムラの乗る《ゼルヴィード》がレイ・ライフルで《ナーブ・B》を破壊したところだった。
「油断は良くないぞ、戸川」
「は、ハイ!ありがとうございます仙崎先輩!」
通信モニターの向こうでにっこり笑うプリムラを見てヨシノは涙を拭いた。《ゼルヴィード》の指がジロウの《ジークダガー》を指す。
「なあジロウ。さっきの技、正確には自由落下キックじゃないか?」
「いや、それも考えたんでスが、ちょっと語呂が悪いかなと……」
「確かに語呂は大事だな。じゃあグラビティフォーリングドロップキック・ルモイスペシャルとか」
「余計悪くなってる気がするッス」
「二人とも、まだ敵はいるんですよ!」
プリムラの叱咤する声にヒビキとジロウが武器を構え直した。前に出てくる《ゼルヴィード》にロケット砲を乱射する《ナーブ・B》だが、ヒビキはそれを一つ一つ丁寧に回避していく。
「仙崎先輩、わざと回避に徹している……?」
「無駄の無い動きだろう?機体の重量やバーニアのパワーを考えて推力をコントロールしているんだ。良く覚えて……それから」
ジロウは機体をヨシノの《ジークダガー》に寄せて、持ってきた電磁レールガンを渡した。
「ジロウ先輩?」
「敵の動きを良く見て、とどめを刺すんだ。それが救援部隊の仕事だからな。大丈夫、射撃タイミングはAIもサポートしてくれる」
「ハイ!」
レールガンを受け取り、空中を飛ぶ《ナーブ・B》の向ける。敵はヒビキ達を追い回すのに夢中で回避運動など取っていない。サポートAIが表示するターゲットマーカーと照準を合わせるのを見て、ヨシノは素直にトリガーを引いた。
ガウゥン!
金属の弾丸が金属の装甲を貫く!下部の薄い装甲を抜いたヨシノの弾丸は内部の動力炉やモーターを破壊し、爆発を起こさせた。
「やった……!」
「ああ、今の感覚を覚えておくんだ」
嬉しそうに話すジロウ達を見て、ヒビキはコクピットで肩をすくめた。
「わざと囮をやったんですね。優しいですね、マスター」
「俺はセンパイだからな。さて、採掘科の連中の無事を確認して帰投するぞ」
「了解です!」
数日後、パイロット科の間で小学生と野獣というあだ名で噂される程度には、ジロウとヨシノの仲は進展したようである。




