100 少女の未来
「なーなー! 日曜日の『蒼空のファントム』見た?」
「見た! ファントムが敵の侵攻基地をぶっ壊す回でしょ? カッコ良かったよな!」
「オレもそう思う! ファントムってすげーよな! 人間よりずっと強くてさぁ、しかもカッコ良くてさぁ……!」
「ロボットってカッコ良いよね! ぼくもファントムに乗りたい!」
「カズキもそう思う? オレもオレもー!」
「でもさー、ファントムを操縦してる『早月カンナ』もカッコ良いと思う! 女だけど超イケメンじゃん!」
「優しいし、強いしなー」
「優しくて強かったら、ぼくもあんなロボットに乗れるのかなぁ」
「オレ、乗りたいから優しくなる!」
「ソーシじゃ無理無理ー。まずケンカでマヤちゃんを泣かせないようにしなきゃ!」
「えー、そんなの無茶だよ! ケンカは止められねーしっ!」
賑やかに騒ぎながら、二人組の男の子たちがそばを駆け抜けてゆく。
「…………」
通路の窓にもたれ掛かって外を見ていた悠香は、それを聞いて、口の端をちょっとだけ持ち上げた。笑窪が両の頬に浮かんだ。
電車がレールの継ぎ目を通過する音が、重なるように響き始めた。午後五時を回った夕刻のJR荻窪駅西口通路には、今日も行き交う人々の声と雑踏が満ちている。
窓の向こうには夕陽が輝き、時折やや強い風が吹いてくる。がさがさっ、と音がしたかと思うと、悠香の足元に一枚の新聞紙が絡まった。大きな白抜きの字で書かれた見出しが紙面の上で踊っているのが、すぐに目に飛び込んできた。
『理研発表の新型ロボ 先端技術の結晶に期待大』
『福島原発炉内調査の切り札か』
『地雷除去や災害救難にも利用予定』
「ロボットに期待大、かぁ……」
新聞紙を拾い上げた悠香は、それを折り畳むとそっと足元に置いて、窓の外の明るい世界を眺めていた。
『ロボット』という語の起源は、二十世紀初頭に遡る。
旧チェコスロバキアの小説家カレル・チャペックが1920年に発表した戯曲『R.U.R.』に、登場する人造人間の名前として『Robot』は初めて世に出てきた。元となったのはチェコ語の『robota』、意味は『賦役』。作中で人類は彼らを奴隷のように扱い、その結果、彼らによる反乱で滅んでしまう。
西洋では長らく、ロボットに対するイメージが著しく悪かった。それはこの戯曲を含め、奴隷による反乱を扱った作品が洋画に多いという傾向にも顕著に現れている。対して日本ではロボットは正義の味方として描かれ、時には戦闘要素を持たない癒しの存在にすらなっている。人型ロボットの開発分野では日本は世界に先んじているが、それは多くの宗教で人型ロボット開発が人を創る事だと解釈され、神に対する冒涜行為と見做されてしまうのに対し、宗教に拘りの少ない日本文化ではより受け入れられやすかったためだろうとも言われている。
どこからがロボットで、どこからが人間なのか。技術が日進月歩な今、そうした線引きはますます難しくなっていくのだろう。
──ロボットが友達だったら、どんな生活になるのかな。
悠香は頬を掻きながら、光の中に未来の光景を思い浮かべた。
ロボットであるからには、やはり『問題を解いて』とか言わないと動かないのだろうか。『遊べ』とか、『もっと勉強しなさい』とか。
──自分で考えて自分で動くロボットなんて、まだまだできないんだろうな。人間の命令にちゃんと従わせるだけでも、大変な研究だったんだろうし……。
多少なりともロボット開発に携わった身として、その困難さが少しは分かる。ロボットが自由に動けるようにするのでさえ、重さのバランスや目標の認識など難題が山積みなのだ。ましてその外見をヒトに近付け、さらに自律思考能力を授けるのなんて。
──やっぱり、あくまで夢の…………。
その時、一際強い風がびゅうと吹き付けて、悠香から視界を奪った。
「わっ……!」
舞った髪を必死に撫で付けると、悠香は眼下を見た。十二両編成の特急列車が荻窪駅のホームを高速で通過し、陽炎のように霞む彼方の街へと駆けていった所だった。さては、風の正体はあれが押し退けて行った空気か。
ぎし、ぎし……。不安定に揺れる通路の上で、すっかり我に返ってしまった悠香は、理由もなしに消えゆく電車を目で追った。
やがて、気付いた。胸の中で強い既視感を訴える、もう一人の自分に。
「……私」
呟いていた。
「ロボットを操る側に、なれたのかな」
ロボットのように、親や他人の言葉に従って何かを行う、かつての自分ではなく。
例えばあの電車の運転士のように、自分の意思で考え、その通りに何かを動かせる存在に。
ロボコンへの挑戦を通して、悠香はなれたのだろうか?
いつかここと同じ場所で願った未来を、悠香は掴めたのか?
悠香は静かに、微笑んだ。
「そうだったら、嬉しいな」
昔、悠香には夢があった。
周囲を観察するのが好きだった悠香には、周りで生きる友達や家族や色んな人たちの『良いところ』が視えていた。良いところが見つかる時、それは大抵決まって、自分にはない羨ましいモノだった。
だから、願った。『良いところばかりの人間になりたい、何でもできる人になりたい』──と。
小学生の時の話だ。
──完全な人には、どう頑張ってもなれないや。変えたくても性格は変わらないし、他人の良いところなんて幾ら真似しても届かない。満足できないんだ。
自らの経験と照らして、苦笑する。悠香は陽子になれないし、亜衣にも菜摘にも麗にもなれないのだから。
でも、と悠香は思い直した。
──自分の『良いところ』を見つけて、それを高めるように頑張れば、それをみんながそれぞれやり遂げれば、きっと私たちは輝ける。みんなで手を貸しあって、輝く未来を一緒に作っていけるんだ。
それは、相応の苦労や困難と引き換えに、望む全てを手に入れることのできる世界。
安定ばかりを求めて画一化をしたがる世のオトナたちにはきっと永遠に分からない、真の意味での『楽しい』日々だ。
悠香たちはそれを一度掴み、そして味わった。もしも勉強に追われる日々に囲まれていたら、味わう事はなかったはずだ。そしてこの環境にいる限り、悠香たちがその気になりさえすれば、それは何度でも味わえるのだろう。自由を与えてくれるこの環境には、本当は何の足枷もないのだから。
──夢を見つけて、目標を決めて、後は頑張る。それがきっと、自分を律するって事なんだ。漢文の先生が言ってたもん。『律』っていう字は、自分の進むべき道を指す道標の事なんだって。
悠香は、笑った。
次なる目標は、この広い広い都会のどこに潜んでいるだろう?
◆
帰宅ラッシュの時間が近付いている。
一日に数十万の人々が乗降する、二十三区のはずれに近いこの駅の西口も、そろそろ混んできた。有象無象の人影が、それぞれの世界に浸りながら歩いている。
通路の窓際にもたれ掛かっていた一人の少女は、聞こえよがしに独り言を垂れた。
「暇だなぁ……」
通行人が何人か振り返ったが、特に気に留める様子もなく歩き去ってゆく。電車やバスや乗用車の走行音が折り重なり、通路はゆったりと揺れ続けている。
「…………ん!」
少女は何かを見つけたように、ぱっとそこを離れて駆け出した。
その瞳は、あの稜線の彼方へと沈んでゆく夕陽よりもずっとずっと、輝いている。
fin.
これにて、「ロボコンガールズ」本編は完結となります。
総字数約370,000文字。読者の皆様、お疲れ様でした。作者としてもこれだけ長い作品を扱ったのは初めてで、設定や流れを維持するのが大変でしたw
さて、本編完結の後は様々な追加要素を用意しております。
明日は四回ほど更新を行い、大量に登場した「ロボコンガールズ」キャラクターの解説、小ネタ、本編登場のロボットコンテストについての詳細な説明などを予定しています!
そして明後日の午後九時に「epilogue」を公開し、「ロボコンガールズ」全編完結とさせていただきます!
あと二日間、よろしくお願い致します!