頼み事
「自分が誰なのかも分からないってことは……きみ、まさか自分の名前も分からない感じ?」
「うん、そう……なんだけど、それだとなんだか怖いから、わたしは自分のこと、鏡子って呼んでる」
鏡に囚われた少女――あらため鏡子さんは、不安そうな顔で仮の名前を口にした。
「そっか。じゃあ、鏡子さん……さっききみ、鏡に囚われているって言ったけど、それって鏡の中から出られない、っていう意味なの?」
と、ここはブルンブルンと首を横に振る鏡子さん。
「違う。さっきも言ったけど、わたしはこの世にいないの。鏡に囚われているっていうのは、成仏? みたいのができない、っていう意味」
「わお、幽霊だ……すごい」
「そう、だけど……すごいっていうのは、なんだか違うと思うな」
鏡子さんは口をすぼめた。
おっと、僕としたことが。
「ご、ごめん」
「いいよ。どうせわたし、幽霊なんだし。もう人間じゃないんだもん。……好奇心に晒される存在なんでしょ、わたしって」
「いやいや! そう卑屈にならずに。ね?」
いじけたようにプイッと顔をそらす、鏡子さん。
僕は素直に反省の気持ちを述べた。
「きみの気持ちも考えず、心無い言葉を言って……ごめんね」
「……反省、してる?」
「反省、してるよ」
「だったら……お願いがあるの」
先ほどまでブスッとしていたのが嘘みたいに、今や鏡子さんは真剣を帯びた表情をしていた。
途端に、緊張が走る。
「お願いって、何?」
「わたしが誰で、家族は誰がいて、どこにいてどういうことをしていて、最期はどういう感じだったか、知りたいの。
……このままじゃわたし、成仏できないよ」
最後のほう、鏡子さんは半ベソをかいていた。
「……そう、だよね」
なんとかしてやりたい。
この少女を……成仏させてやりたい。
そのためには、どうすればいいのか。
どうする?
と、このとき――とある三人の姿が、僕の頭の中に浮かんだ。
江口くん、内田さん、浜崎先生。
クセの強いあの三人なら、普通の度を越えたあの三人なら。
この現状を打破してくれそうな気がする。
「きみの頼み事、聞いてもいいよ」
「ほんと?」
僕はニッと笑ってから、「ただね」と人差し指を一本伸ばした。
「僕一人ではきみを成仏させることは、ほとんど不可能に近い。けど、協力者となる仲間がいれば、それは可能になってくる。
……あの三人が協力してくれるかどうかの話はまた別だけど、僕がその三人を紹介するよ」
鏡子さんは目をキラキラとさせ、「ありがとう、お兄ちゃん」と宙に浮かび上がり、何度も身体を回転してみせた。
おお、さすがは幽霊、とまたも心無い言葉を口に出しそうになるが、寸前でこらえた。
「どういたしまして」
というわけで、僕は江口くんと内田さんと浜崎先生を宗田家に招待すべく、早速行動に移した。
…………。
これでよし、と。
あとはあの三人がこの家に来るのを待つのみ。
それから数十分後――最初に宗田家を訪れたのは、江口くんだった。




