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妹に婚約者を奪われたので譲りますが、後始末はお断りです~今さら家族ぶられても、こちらから願い下げです~【書籍化&コミカライズ】  作者: アトハ
4章 取り返しのつかないもの

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第25話 【SIDE:セシル】こんなに頑張ったのに

「どうして、そんなに大騒ぎしているんですの?」


 朝から屋敷の中が騒がしい。

 使用人たちは書類を抱えて走り回り、父は執務室で怒鳴り続けている。

 母まで珍しく険しい顔で、何通もの書状を読み返していた。


 せっかく慈善会が近いというのに。


「セシル!」


 父に呼ばれ、仕方なく執務室へ入る。

 そこには母だけでなく、フレデリックまで来ていた。


「まあ、フレデリック様!」


 途端に気分が明るくなる。


「今日もいらしてくださったのですね」

「あ、ああ……」


 いつもなら笑ってくれるのに、今日は妙に顔が引きつっている。


「どうなさいましたの?」

「どうしたもこうしたもない!」


 父が机を叩いた。


「衣料が百着足りない!」

「……それが?」


 一瞬、部屋が静かになった。


「それが、ではない!」

「だって、足りないなら追加すればよろしいでしょう?」


 なぜそんな簡単なことが分からないのだろう。


「もう慈善会まで日がないんだ!」

「では、急いでもらえば?」

「商会からは、今から百着など用意できないと返事が来ている!」

「まあ」


 セシルは少し考える。


「でしたら、ほかの商会にもお願いすればよろしいのではなくて?」


 また、部屋が静かになった。


「……頼めば、それで終わりだと思っているのか?」


 父の声が低くなる。


「だって、衣料を扱う商会はほかにもあるでしょう?」

「その商会を探して、何着なら用意できるか確認して、条件を詰めるのは誰だ!」

「使用人がすればよろしいでしょう?」

「だから、その使用人たちも手が回っていないと言っているんだ!」

「怒鳴らなくても聞こえていますわ」


 まったく。

 最近の父はすぐ怒る。

 昔はもっと、セシルには優しかったはずなのに。


「そもそも!」


 父が一枚の紙を突き出した。


「なぜ二百着などと勝手に約束した!」

「あら」


 そのことか。


「孤児院の子どもが増えたと聞いたからですわ」

「だからといって、倍にする奴があるか!」

「だって、百着では足りないのでしょう?」


 足りないと分かっているのに、百着しか出さない方がよほど恥ずかしいではないか。


「予算も納期も確認してから決めろと言っている!」

「将来ヴァレントン伯爵家を支えるわたくしが、そんなみみっちい真似をできるわけがありませんわ」

「そういう話をしているんじゃない!」

「でも、その場で困っていらしたのですよ?」


 セシルには、父の言っていることの方がよほど理解できなかった。


 困っている人がいる。

 なら助けてあげるのが貴族の務め。

 何もおかしくはないだろう。


「わたくしは、いいことをしただけですわ」

「何がいいことだ! 口では好きなだけ約束して、その尻拭いを全部周りに押しつけているだけだろうが!」

「ですから、それぐらい好きに追加すれば――」

「できないから困っている!」


 また怒鳴られた。

 セシルはむっと頬を膨らませる。


「お父様、最近わたくしに冷たくありませんこと?」

「今はそんな話をしている場合ではない!!」

「まあ!」


 ひどい。

 せっかくお姉さまの代わりに、こんなに頑張っているのに。


「あなた」


 母が、疲れたように父を止めた。


「衣料だけではありませんわ」

「まだあるのか……?」

「保存食も、日用品も、何もかもが予定していた量では足りないそうです」

「なぜそんなことが今になって分かる!」

「問い合わせが来ていたのですけれど……」


 母の視線が、机の端に積み上がった書状へ向かう。


「どうやら、どれにも返事をしていなかったようで」

「誰が担当していた!」

「それを今、確認しているところですわ」

「確認、確認、確認! 最近そればかりではないか!」


 父が頭を抱えた。

 そんな両親には構わず、セシルはそっとフレデリックへ近づいた。


「大変そうですわね」

「……セシル」

「はい?」


 フレデリックの声も、いつもより低かった。


「こちらにも、商会から何件も問い合わせが来ている」

「ヴァレントン家にも?」

「ああ。見習いの件だ」

「ああ!」


 それなら覚えている。


「十二人にして差し上げましたわ!」


 セシルは、少し得意になって答える。

 けれどフレデリックは笑わなかった。


「……なぜ増やしたんだ?」

「なぜって」


 そんなの決まっている。


「働きに出られるのが八人だけでは、残りの子たちがかわいそうでしょう?」

「受け入れ先は?」

「商会ですわ」

「どこの?」

「それは……」


 セシルは首を傾げる。


「いくらでもあるでしょう?」

「決まっていないのか?」

「でも、商会なんて王都にたくさんありますもの」


 フレデリックが黙った。

 父も母も黙っている。


「……何ですの?」

「セシル」


 フレデリックが、ゆっくり尋ねた。


「十二人に増やすと決めたあと、どこかの商会へ話をしたのか?」

「わたくしが?」

「……そうだ」

「どうしてわたくしが?」


 本気で意味が分からない。


「そういうことは、下の者がすることでしょう?」


 フレデリックが目を閉じた。


「お姉さまだって、そうしていたのではなくて?」


 その瞬間。

 部屋の空気が、妙に固くなった。


「……リディアは」


 母が小さく口にする。


「今になって調べて分かったのだけれど、商会へ直接問い合わせていたそうよ」

「そうなのですか?」

「見習いとも一人ずつ会っていた。受け入れる商会とも話をしていたらしい」


 父が苦々しげに言う。


「『リディア様さえいれば』『リディア様なら分かるはずだ』と、使用人たちがしきりに騒いでいたが……大袈裟だと思っていた」


 父は、積み上がった書類へ目を落とした。


「どうやら、本当にあいつ一人で随分なことをやっていたらしい」

「まあ」


 セシルは少し驚いた。


「お姉さまったら、そんなことまでご自分でなさっていたの? 商会へ問い合わせたり、一人ずつ会ったりだなんて……そんなの、使用人に任せればよろしいのに」


 やっぱり、お姉さまは昔から少し変わっている。

 貴族の令嬢が、自分でそこまで細々と動き回る必要などないではないか。


「……俺も、そう思っていた」


 父が吐き捨てるように言った。


「そんな細かいことは、下の者に任せておけばいいとな──その結果が、これだ」


 机の上には、返事もされずに積み上がった書状がある。


 セシルは唇を尖らせた。

 最近は、どこへ行ってもお姉さまの話ばかりだ。

 地味で、愛想もなくて、貴族らしい華やかさもなかったお姉さまのことを、今さら誰も彼もありがたがっている。


 ようやくフレデリック様の隣からいなくなって、わたくしの番になったというのに。

 やっぱり納得できない。


「そんなにお姉さまを持ち上げなくても。去年までは、お姉さま一人でできていたのでしょう?」


 だったら、今年はもっと簡単なはずだ。

 お父様も、お母様も、フレデリック様もいる。

 使用人だって大勢いるのだから。


「それだけ人がいるのに、どうしてできないんですの?」

「……セシル」


 父が、低い声で名前を呼んだ。


「お前は、自分が何をするつもりなんだ?」

「わたくし?」


 本気で聞き返す。


「わたくしは、慈善会で皆さまをお迎えしますわ。細かな手配は、皆さまでなさればよろしいでしょう?」


 父の顔が真っ赤になる。

 母は頭痛でもするようにこめかみを押さえた。

 フレデリックだけは、ひどく青ざめた顔でセシルを見ていた。


 なんなのだろう。

 みんな、最近おかしい。


***


「中止にするしかないのでは?」


 そう口にしたのは、エヴァンズ家の家令だった。


 夕方。

 再び集められた執務室で、その一言に全員が黙った。


「……なんですって?」


 最初に声を上げたのは、セシルだった。


「慈善会です。このまま開催しても、約束した支援を用意できない可能性がございます」

「だからって、中止?」

「はい」

「どうしてですの!?」


 思わず椅子から立ち上がる。


「もう皆さまへご案内を出してしまっているのですよ?」

「ですからこそ、このままでは――」

「嫌ですわ!」


 そんなこと、認められるはずがない。


「今年は、わたくしが初めて中心になって開く慈善会なのですよ!」


 ドレスだって新しく仕立てた。

 当日につける髪飾りも選んだ。

 孤児院の子どもたちへ、たくさん支援すると約束した。


 きっと皆、セシルのことを褒めてくれる。


 優しい令嬢だと。

 姉よりずっと華やかで、慈悲深い娘だと。

 そのはずなのに。


「中止なんて、絶対に嫌ですわ!」

「セシル、わがままを言うな!」

「わがままではありません!」


 父へ向き直る。


「わたくし、こんなに頑張ったのですよ!?」

「何をだ!」

「二百着も衣料を贈ることにしました!」

「口で言っただけだろうが!」

「見習いだって、四人も多く助けることにしましたわ!」

「その四人のことで、商会から問い合わせが殺到しているんだ!」


 父もセシルも、いつの間にか声を張り上げていた。


「困っている方を、たくさん助けようとしたのです!」

「だから、その後を何もしていないだろう!」

「それは皆さまのお仕事でしょう!?」


 どうして分かってくれないのだろう。


 セシルは、ちゃんと考えたのだ。

 百着より二百着。

 八人より十二人。

 多く助ける方が、いいことに決まっている。


「お姉さまならできたのでしょう?」


 思わず口にすると、父の顔が歪んだ。


「……その通りでございます」


 静かに口を挟んだのは、家令だった。


「リディア様なら、できました」

「ほら――」

「ですが」


 家令は、セシルの言葉を遮る。


「誰にでもできることではございません。リディア様だからこそ、できていたのです」


 部屋が静まった。


「商会へ確認し、孤児院へ返事をし、足りなければ別の手を探す。見習い一人ひとりと会い、受け入れる側とも話をする。それを、何年も当然のように続けておられました」

「……」

「私どもは、それに甘えていたのでしょう」


 家令の声は淡々としていた。


「いなくなって初めて、どれほどのことを担っておられたのか分かりました」


 セシルはしばらく家令を見つめた。


「……つまり、お姉さま一人でそれだけできていたのでしょう?」

「お嬢様、そういう意味では――」

「でしたら、なおさら問題ありませんわ」


 ぱっと表情が明るくなる。


「今年はお父様も、お母様も、フレデリック様もいらっしゃいますもの。使用人だって大勢いるでしょう? 皆さまで分ければ、お姉さま一人より簡単ではありませんこと?」

「セシル、お前はまだ――」

「あなた!」


 父が声を荒らげかけたところで、母が止めた。


「もういいでしょう」

「しかし!」

「今さら言い合っていても、慈善会は待ってくれませんわ」


 母は青ざめた顔で、それでもきっぱりと言った。


「中止にはできません。すでに招待状は出しています。ここで取りやめれば、何があったのかと余計に噂になりますもの」

「……」


 父が黙り込む。


 ほら。

 やっぱり、何とかなるのだ。

 セシルは胸の奥で、ひそかに安堵した。


「そうですわ!」


 ぱっと笑顔になる。


「お母様なら分かってくださると思っていました!」

「セシル、そういう意味では――」

「きっと大丈夫ですわ」


 母の言葉を遮る。


「衣料だって、当日までに何とかなるかもしれませんもの。見習いの方だって、会場でお願いすれば引き受けてくださる商会が見つかるかもしれませんわ」

「会場で……?」


 フレデリックが呆然とする。


「ええ!」


 我ながらいい考えだ。


「たくさん商会の方もいらっしゃるのでしょう? でしたら、その場で四人を引き受けてくださる方を探せばいいのですわ!」


 誰も答えない。


「ほら、簡単でしょう!」


 セシルは満足して椅子へ座り直した。

 これで解決だ。


 なのに、父も、母も、フレデリックも、家令まで。

 どうしてそんな顔で自分を見るのだろう。


「……もういい」


 やがて父が吐き捨てる。


「……今さら中止にもできん。せめて当日までに、できる限り整えろ」

「本当ですの?」


 セシルの顔が明るくなる。


「では、慈善会は予定通りですわね!」

「…………ああ」

「よかった!」


 胸の前で手を合わせる。


 やっぱり、中止なんてする必要はなかったのだ。

 最近は皆、少し心配しすぎなのだと思う。


 衣料や支援品が多少足りないくらい何なのか。

 見習いの四人や五人、すぐに引き取り手を見つけてくるべきだ。


 そんなことは下々の者が考えればいい。

 そんな些細なことで、毎年続いてきた慈善会を止めるなんておかしい。


 何より。

 今年は、自分が主役なのだ。


「大丈夫ですわ」


 セシルは、晴れやかに微笑んだ。


「きっと、素敵な慈善会になりますもの」

お読みいただいたき、ありがとうございます!!


新章開幕です!!

次話から、慈善会本番が始まります!


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