治癒魔法を習得しよう!
アベルたんは絶対私が嫌いだ。
夜があけて、友梨愛さんの言う、校外オリエンテーリングの地であった王都のはずれにある小高い山に来ている。
友梨愛さんはかなり詳細な山の地図を描いてくれて、アベルたんと2人で山の中に入っていく。
アベルたんは地図を見ながらサクサクと山道を進んでいき、それを私は必死で追いかけた。
身長は10センチ位しか違わないはずなのにコンパスの長さが違うのか、私はずっと小走りだった…転生しても短足とは解せぬ…。
今日は晴れて、暑くも寒くもない絶好のピクニック日和なのに、私たちの間にはブリザードが吹き荒れていた。
山に入ってから後ろを全然振り向かないし、話しかけるなオーラがすごい。
友梨愛さんが持たせてくれたランチボックスが異様に重たく感じられる…
間違いない、絶対アベルたんは私が嫌いだ。
そんなこんなで必死に山道を歩こと約1時間、アベルたんはようやく立ち止まった。
危うくアベルたんにぶつかりかけて、一歩下がると、右下には絶壁とも言える崖が見えた。
え、これ、2人で落ちなきゃないの?
死ぬ高さだよね、友梨愛さん、この場所で合ってるーー!?
「ひぃーっ」
思わず変な声が出てしまった。
だって、こんな風景現代日本に住んでいたらおいそれと見られない。
ほぼ直角に切り立った崖の下には2階建位の高さがあった。
体感としては家の2階のベランダの倍位の高さが、手すりなしである。
木が生い茂っていて、地面はほとんど見えないから2階建以上かもしれない。
「おい、クソピンク、
ついにピンク頭からクソピンクに格下げされました。
ほんとアベルたんは私のことが嫌いだなー。
「本当にここから落ちるのか?死ぬぞ」
胡乱な目でこちらをアベルたんが見てくるが、いつもと口調が違う!
素はこっちなのかしら?これはアベルたん推しの友人であるともちんに教えたい萌えポイントです!
「アベルたん……敬語キャラどこいったんですか?」
アベルたんが呆れた顔をして見てくる。
思わずオタクとしての性でキャラ設定を聞いてしまったが、我が行動に悔いはない!
アベルたんが舌打ちをして踵を返す。
え、まって、ここにおいていかれるの??
心細くてアベルたんのベストの後ろを掴むが、手を振りはらわれる。
あ、冷たい… と思った瞬間足がぐねった。
あ、やばい。落ちる。
その瞬間、右腕を強くひかれたかと思うと崖とは反対側に投げられて勢いあまって尻餅をついた。
アベルたん、お尻痛いけど、マジ神です。命に尻は変えられない。
お礼を言おうと思ってアベルたんの方向を見たら、なぜかアベルたんが今にも崖を落ちようとしていた。
何で?私のこと嫌いだったよね?
それよりも、まずい、アベルたんに傷を付けたら、ともちんに殺されるーー!!
必死に手を伸ばすけど、絶対届かない。死んだら治癒魔法も無理だし、どうしよう!!
そうだ!!風魔法も使えたんだ、私!!
「…風よ、広がれ…!」
体の中心から指先に魔力が移動する感覚がする。
指先からアベルたんの体の下に空気を送り込むよう意識して魔力を放つ。
落下に備えて頭を腕でカバーする体勢のアベルたんがゆっくりと落ちていく。
何だか某天空の城アニメのワンシーンを思い出す。
数秒経ってアベルたんが異変に気づいたのかキョロキョロしだした。
「アベルたーん、今ゆっくり下ろしますーー!」
なぜか空中でアベルたんはげんなりした顔をしてなされるがままゆっくり降りていく。
わずかに見える木の隙間から地面に着陸したのを見届けて、私自身も崖から飛び降りて、風魔法でゆっくり降りていく。
アベルたんの隣に立つと、思いっきり呆れた顔でこちらを見られる。
「お前さ、風魔法使えるんなら、このシチュエーションで俺に治癒魔法使えなくないか?どうすんだ?」
「確かにーーー!」
「まあ、俺も好き好んで怪我したくないからいいけどな。」
「アベルたん、ここは一つ、もう一度崖から落ちていただけませんでしょうか?今度は2メートル位の高さで魔法を解きます!!!
死なない程度に怪我しましょう!!」
「は?お前俺に喧嘩売ってる?」
アベルたんがニコニコしながら胸ぐらをつかんでくる。
「私、かよわい女子です、暴力反対!」
「うるせぇ、人に怪我させようとしてるやつが何言ってやがる。」
胸ぐらを掴む力が強くなる。やばい、アベルたんキレかけてる。
ここは友梨愛さんネタで落ち着かせよう。
「あ、アベルたん落ち着いて…このままだ友梨愛さんの期待を裏切ることになるよ。私が聖女になれなかったら友梨愛さんは第一王子と結婚する羽目になるんだよ。」
ぶっちゃけ私も第一王子なんか願い下げだけどな!
嘘も方便てやつやで!
この説得が効いたのか、渋々と胸ぐらを掴んでいた手を降ろしていく。
「じゃあクソピンク、何か他に方策はあるのか?」
「うーん…、とりあえず、擦り傷でもつくっときますか?ちょっと失礼。」
「うわっ」
軽くアベルたんの肩を前から押す。不意打ちだったためか案外軽く尻もちをついてくれた。
しゃがんで、転んだアベルたんの手を取ると、手から着いたためか、手のひらに軽く擦り傷ができていて少し血が出ている。
聖魔法は無詠唱の魔法で、基本的に強く念じることで発動される。
手のひらの擦り傷の上に自分の手をかざして、傷が治るように心の中で祈る。
なおれー なおれー
「……。」
「……。」
「…どうですか?」
「…どうにか変わっているように見えるか?」
「ですよねー。」
ダメ元でてへぺろしてみる。
「ふざけるなーっ、このクソピンクーー!炎よ、打て!!」
「びゃーーー!!」
てへぺろがいけなかったのか、怒ったアベルたんがバレーボールくらいの火の球を飛ばしてくる。
目の前の地面に火の球が当たって土がえぐれた。
「ムリムリムリ、アベルたん、これ当たったら死ぬよ!!」
「大丈夫だ、殺すつもりで当ててるからな。」
やばい、この笑顔は本気だ。
またしてもアベルたんバレーボールくらいの炎の球を手の上に作り始めた。
「ぎゃー!!許してー!!」
ぎゃーガチめに怒ってるーー!
アベルたんのキズ治ってーー!
アベルたんに向けて手を前に必死で伸ばすと、急に手から魔力の抜ける感じがした。
「あれ?」
私の手からアベルたんの手に向けてキラキラしたものが向かう。
「えっ? …痛くなくなった…?」
アベルたんが驚いて、炎の球を消して自分のてのひらを見る。
その瞬間いつの間にか私の手に赤い雫型の石が現れていた。
「……。」
「……。」
「…やったーーーーー!なんか良く分からないけど、治癒魔法使えるようになったーーーー!」
「…おそらく、今本気で自分の危機を感じたからだろうな。…なるほど、コツがわかってきたぞ。」
アベルたんが不穏なことを言いながらにっこりとこちらを見て微笑む。
「よし、次もこの調子でいくぞ。」
「ひぃーーーっ!!」
嫌な予感しかしません…。無事に聖女になれるのかな…。
そしてアベルたんはやっぱり間違いなく私が嫌いだ。




