side アベル1
なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ…
目下にある深さは5メートルはあるであろう崖を見下ろして途方に暮れる。
「ひぃーっ」
隣から時々聞こえてくる間抜けな悲鳴にイライラが募る。
「おい、クソピンク、本当にここから落ちるのか?死ぬぞ。」
「アベルたん……敬語キャラどこいったんですか?」
隣の鬱陶しいピンク色の髪の女が目に涙を溜めながらもどうでもいい事をわざわざ言ってきて余計にイライラが増してくる。
神経が太いのか細いのか全くわからない。
「きちんと質問に答えろ。俺は別にいますぐ帰ってもいいんだぞ。
ローザス姉様の頼みだから仕方なく来てやったんだ。」
睨みつけるとまたしても小さく悲鳴を漏らして震え始める。
ばかばかしい、いくら美しくて優しい姉様の頼みでも聞くんじゃなかった。
「…チッ。…帰る。」
「待って、アベルたん!!…あっ」
踵を返して帰路につこうとしたらクソピンクが俺のベストの端を掴んできた。
振り返りながらクソピンクの手を振り払ったらバランスを崩して崖の方向に倒れていくクソピンクが見えた。
こんなクソみたいな女でも死んだらエレガントでキュートな姉様はきっと悲しむんだろうなと女神のような姉様の泣き顔が浮かんで、反射的にクソピンクの腕を掴んだ。
クソピンクを力いっぱい引き寄せたと思ったら足元の岩が嫌な音を立てる。
まずいと思った瞬間には俺の体は崖に放り出された形となっていた。
崖の上に座り込むクソピンクが何か言いながらびっくりした顔でこちらを見ている。
本当にクソだ。今日は厄日か?
なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ…。
ほんの数時間前の事が走馬灯のように思い浮かぶ。
手をとって喜びあうピンク頭と天使のようなローザス姉様を見たときからなんとなく嫌な予感はした。
「今からでも聖魔法獲得イベントを起こせるなら、今から頑張って聖女になりましょう、小春ちゃん!
おそらく不敬罪の執行まで通例であれば1月は猶予があるわ。
だからあと1ヶ月で残りの3人とのイベントをこなしましょう!!
ユヒト殿下とのイベントの場所はそもそも王城だったから、できたんだと思うの。
だから場所と人をそろえた状態で危機的状況を迎えなければならないわね。
とりあえず、すぐにできそうなのはアベルね。
アベル、私たちに協力して貰えるわよね??」
すごく良い笑顔で聡明な姉様がこちらを見てくるが、いくら愛しい姉様の頼みといえども他の女と行動を共にするなど嫌である。
「愛するローザス姉様の頼みであれば何でも聞きたいんだけど、その前に僕からミモザ嬢に一つ確認してもいいですか?」
「…なんでしょうか?」
「あなたが聖女になって不敬罪を回避することは姉様にとってどんな利点があるのですか?」
「…確かに…。何もないです…。」
ピンク頭はさっと青ざめてそう返す。なるほど、頭の中身まで完全にピンクというわけでは無さそうだ。
「アベル、言い方がきついわよ。
それに小春ちゃんが私の味方になってくれれば心強いわ。
そもそも私が断罪されるのはミモザが私を訴えたのが原因だから、小春ちゃんと仲良くなれば断罪されなくなるわ。
またいつどこであのバカ王子が断罪をしだすかわからないし、王子の歯止め役として小春ちゃんには私の味方になってほしいの。」
「友梨愛さん…」
ピンク頭は感動した面持ちで姉様を見ている。
気持ちは良くわかる、ピンク頭。姉様は慈悲深く賢いのだ。
「それに小春ちゃんが聖女になれば第一王子と正式に婚約できるから、私はあのバカ王子と円満に婚約破棄できるわ。」
「…え、それは私も嫌…」
「それは良い考えですね、姉様!!」
「…私も王子苦手…」
「でしょう、アベル!小春ちゃんを助けることは私にとってもWIN WINの関係なの!!!」
ピンク頭が何やらわたわたしながら言っているが、あの行け好かないバカ王子と気品あふれる姉様との関係が清算されるなら望むべくもない展開だ。
「ローザス姉様がそこまでおっしゃるのなら出来ることはいたしましょう。
動くのは夜が明けてからとして、僕は何をすれば良いのでしょう?」
姉様は咲き誇る大輪の薔薇のような笑顔を浮かべ仰った。
「あら、頑張るのは小春ちゃんだから、アベルは基本的になにもしなくていいのよ。
…ただ、ちょっと崖から落ちて骨折してくれれば。」




