ここは乙女ゲームの世界…⁉ Ⅰ-01
遡る事~朝、セレスト伯爵邸にて
「そんなに落ち込むことはないよアゲハ」
「カイル兄さんの言うとおりだ。父上だってお前の事が大切だから好きなように生きて欲しいって言ったんだよ」
「うん…」
初めて完成させた魔法薬の小瓶を握りしめ自室で蹲っていた俺は、心配で来てくれた兄さん達に慰められていた。
「だけど、父上も嬉しかったと思うよ?一番末の可愛い息子が将来は王宮に仕える父上のお役に立ちたいだなんて」
「その魔法薬…傷によく効く薬なんだろう?父上の仕事に役立つかもと思って一人で勉強して作っただなんて俺たちもびっくりしたよ」
「うん、父上もびっくりしたって…すごい!って褒めてくれたんだ」
そう言うと兄さん達はよかったじゃないか!と思い切り俺の頭を撫でまわした。
「カイル兄さんっ、クロム兄さんっ、くすぐったいよ!それに、子ども扱いしないで!」
「何言ってんだアゲハ、お前はまだ6歳で11歳の俺と13歳のカイル兄さんから見たら充分子どもだろ!」
「まぁそういう俺達もまだ学園に入学出来る年齢じゃないからね…王立魔導学園に入学出来る15歳になるまで我々三人は子供という訳さ」
「それまでの間、たくさん勉強して、子どもなりに悩んで、父上に言われた事をじっくり考えて行けばいいさ」
「…うん」
セレスト伯爵家は医学に纏わる医療魔法、魔法薬学を得意とする家系で、その力を活かして上流階級の貴族から身分の低い、薬も買えず苦しむ民達を救う為に各地を飛び回るお医者さんのような存在だった。
その献身的で聖人とも言えるような姿にいたく感動した当時の国王陛下に大層気に入られ、セレスト伯爵家は代々王宮に仕える医師として世間から一目置かれる存在となったのだ。
そんな由緒ある名家の三男坊で生まれた俺、アゲハ・セレストは
将来は尊敬する父と家督を継ぐ兄を支え、この家の為に働きたいと思っていた。
大好きな父上のお役に立てる事がしたいと言った。
(だけど父上は…)
『アゲハ、お前の気持ちはとても嬉しいよ。だけど…お前はまだ6歳だ。世間の事もよくわからないまま将来の事を簡単に決めるのは良くない事だ。』
『カイルとクロムにも話した事なんだが…私は自分の子供には自分の思うままに、自由に生きて欲しいと思っている。学園に入学してもいない今の内に将来の事を決めて欲しくないんだ。』
『これから先…アゲハも世間に出て、いろんな人々と出会い、交流をし、学業だけでは学べない事もたくさん学ぶだろう。』
『そしてその先でアゲハが本当にやりたい事を見つけられたならその道に向かって真っすぐと歩いて欲しい。それが私の…父さんの願いだ。』
わかってくれるね?と、父上は俺の頭を優しく撫でてくれた。
(父上は優しい方だ、俺達の事を大切にしてくれて…)
大切だからこそ息子たちを家の事で縛り付けたくないという事なのだろう。
(そんな父上が大好きだから、父上の為に働きたいと思ってたのに…)
父上の言葉には優しさがあった。だけど同時にどこか突き放された気持ちにもなった。
(それが俺の本当にやりたい事だと思ったのに…そうじゃないなら俺が本当にやりたい事って…)
俺の、本当に、やりたい事………
―――お兄ちゃんだったらアイリスを救えたのかな?―――
「えっ…?」
「アゲハ?」
「どうかしたのかい?」
「いま…声が聞こえたような…」
「声?」
突然だった。脳に直接囁かれたような…一瞬だけど、そんな感覚があった。
「気のせい…かな?」
「大丈夫か?もしかして夜寝ないで薬を作ったから疲れているんじゃ」
「だったら今日のお茶会はお休みするかい?父上にも話しておこうか?」
「兄さん達は本当に心配性なのだから!大丈夫だよ、それに今日のお茶会は王太子殿下が初めて主催するお茶会なのだから、欠席なんてしたら失礼にあたるでしょ?」
無理はするんじゃないよ?と、優しい言葉をかけてくれた兄さま達は出掛ける支度のため一度自室に戻られた。
「…本当に何だったんだろう」
―― アイリス ――
「一体、誰の事だろう…」
妙に引っかかるその名前に疑問を抱きながら、俺はお茶会に向かう支度を始めた。