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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第5章:仲違いと勘違い
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第59話:それは、まるで恋人同士のような

 蝉が合唱する、真夏の駅の一角。

 いつもの待ち合わせ場所で一ノ瀬を待っていた。

 日向では何もしなくても汗が滴ってくる暑さだ。


「あ、高木くーん!」

 気温の高さにうんざりしているところに、一ノ瀬がやって来た。


 白のワンピースに麦わら帽子、ツーサイドアップの髪型。

 髪留めは奈津季(なつき)さんの誕生日プレゼントだな。

 ……アニメのキャラそのまんまじゃないか。


「凄く良く似合うな……けど、若干コスプレ感が」

「それは言わないで!」


 ――ドスン!


 ボディーブローがわき腹に突き刺さった。

 恥ずかしさを暴力でごまかさないで欲しい。


「でも、可愛いでしょ?」

 帽子を取って、ワンピースの袖をつかんでくるりと回る。

 いや、それはもう反則だろ。

 そんな仕草を現実にやる女が何処にいるというのだ。


「……お前と歩くと、ひがまれそうで怖いよ」

 わき腹をさすりながら答えた。

「あははは!」

 痛がる俺を見て大声で笑う一ノ瀬。本当に猟奇的なヤツだ。


「安心して高木くん。普通の人はそこまで私に興味ないんだよ」

 そう言いながら、乱れた髪の毛をかき上げる。

 その仕草がたまらなかった。

「そんなことはない! 一ノ瀬は誰よりも可愛い!」

 言い過ぎなのはわかっている。


「あー、はいはい」

「それは奈津季さんのヤツか?」

 しかし、表情が間違っている。


「えへへ、似てた?」

 中腰になって上目遣いするのは止めなさい。

「いや、そんな嬉しそうな顔で言われてもなあ」

 もっと、そっけない顔をしないとダメだ。

 ちょっと呆れているぐらいが丁度いい。


「何よ、それー!」

 相変わらず、俺たちの会話に生産性は無かった――。



 この日はあまり無理のないプランで近所の公園にあるプールへ行くことにした。

 学生らしい、庶民的なデートである。

 ……流石に毎度、大げさなプランは立てられない。

 お金は有限なのだ。


「あ、荷物持つよ?」

「いーよー、悪いから」

 そんなの気にしなくていいのにな。

 まあ、触られたくないのかもしれないから、そこは無理に言わなかった。


「へー、こどもの国にプールなんてあったんだ」

「冬はスケートも出来るんだよ」

 こどもの国は約100ヘクタールの広大な敷地がある公園だ。

 中にはプールの他にも様々な施設がある。


「スケートかあ、高木くん、滑れなさそう」

「一応、立って歩くぐらいは出来るぞ!」

 基本的に、繊細な感覚を求められるようなスポーツは苦手だ。


「それ、滑れないっていうんだよ?

 今度教えてあげるよ、私、結構滑れるんだ」

「それは、ぜひとも頼みたい」

 史実通りなら、今年の冬は中森と付き合っている。

 もしも、その未来を回避できたのなら、ふたりで行きたいものだ。


 敷地に入ってからしばらく歩くと屋外プールが見えてくる。

 当たり前だが、更衣室の前で別れることになった。

 いつか行った温泉旅館の脱衣所を思い出す。


「なんだか、恋人同士みたいだね?」

 だから、お前がそれを言うなよ。

 あの時と一緒だ、嬉しそうな顔をしている。


「んっ!」

 麦わら帽子の上から頭を撫でた。こぼれ出た声がまた可愛い。

 あの時とは違う、今は普通に一ノ瀬の事を想っていられる。

 出来るなら、もう二度とこの気持ちを憎みたくない。


「俺はお前と来れて凄く嬉しいよ」

「えへへー、じゃあ、後でね!」

 電話では渋ってたけど、割と楽しそうで良かった。


 更衣室に入ると消毒液の匂いが漂ってくる。

 この匂いは少し苦手だった。

 鼻が慣れるまでは我慢するしかないだろう。

 

 着替えはあっという間だった。

 しかし、プールでは最大の問題がある。

 ……眼鏡だ。


 一ノ瀬の水着姿はちゃんと見たい。目に焼き付けておく必要がある。

 ここは仕方ない、あえて着けたまま行くことにした。


 更衣室を出て、プール近くの休憩所で一ノ瀬を待つ。

 この時間は何故かやたらと緊張した。


「お待たせー!」


 白のビキニ……だと!?

 一ノ瀬のことだからワンピースだと思っていた。

 腰のパレオがまた良く似合っている。

 胸は相変わらずだけど。


「……見過ぎだよ!」


 ――ビタン!


 見事な平手打ちが飛んできた。

 だが、俺はそんなものではめげない。


「そこは赤じゃないんだね」

「あーうん、赤はちょっと派手過ぎるかなーと。……痛くないの?」

 普通に痛い。おそらく後で手のひらの形が赤く浮き上がるだろう。


「いいよ、似合っている。凄く可愛い。一ノ瀬は肌白いからなあ」

「もう止めてよ! 恥ずかしいんだから!」

 流石に照れる一ノ瀬。恋人同士じゃなくても良いや。


「あ、ごめん、ちょっと眼鏡を置いてくる」

「このために着けてきたの!?」

 眼鏡をつけたままの遊泳は禁止されていた。


「当り前じゃないか」

「高木くんってほんっと馬鹿!」

 腰に手をあてて、呆れ切った顔で言う一ノ瀬。


「あっ、その台詞!」

「ち、違うよ、真似したわけじゃないよ!」

 アニメの真似じゃなかったのか。どちらにしても可愛いなあ。


 眼鏡を置いてきたら、再び一ノ瀬と合流する。

 うん、ちょっと見えないぐらいがちょうど良い。

 正直、目のやり場に困っていた。


「日焼け止め、ちゃんと塗ったか?」

「あああ! 忘れてた!」

 一ノ瀬は肌が白い分、紫外線に弱い。


「ちょっと待ってて!」

 中々、水に入れないふたりである。


「高木くーん!」

「プールサイドを走るな、危ないぞ」

 何もないところで転ぶヤツだ、流石に肝を冷やした。


「背中、塗ってくれない?」

「え!? あ、うん……」

 そう言えば、体が硬いんだっけ。手が届かないのだろう。


「はい、これ」

 そういって手のひらに乗せた日焼け止めを俺の手に塗りたくる。

 お前、何やってんの?


「よろしくー!」

 この手で女子高生の素肌を触れと言うのか?

 もの凄い犯罪行為な気がするが、いいだろう。

 やってやる!


「ありがとー!」

「あ、ああ……」

 何で普通にお礼を言えるだ、お前は。

 敢えて言おう。……すべすべのもちもちである。


 その後はありきたりなデートをした。

 ウォータースライダーでスピード勝負をしたり、素潜り時間を競ったり。

 ただ、塩素を拾って俺に投げるのは止めような。他の人にも迷惑だ。


 ……あまり普通ではなかったかもしれない。

 ともあれ、一ノ瀬と一緒に居ると何をしていても楽しかった。


「はー、疲れた!」

「大丈夫か? そろそろ帰る?」

 プールは決まった時間で水底の安全確認の時間がある。

 一度、強制的に上がることになったので屋根のある休憩所まで戻った。


「んー、そうだねー」

 少しだけ眠そうな一ノ瀬。でも、今日はいつもと違う。


「ねえ、高木くん?」

 いつになく真面目な顔をしていた。

 心当たりは、ある。


「どうした?」

彩音(あやね)先輩のこと悩んでない?」

 一ノ瀬からこんな言葉が出るとは思わなかった。


「高木くん、馬鹿だから罪悪感みたいなの、感じてるんでしょ」

「そんなことないよ」

 優しい声で答えた。でも……これは嘘だ。

 彩音先輩に対してそういう感情を抱くことはもう無いと思っていたのに。


「彩音先輩は別に俺のことが好きなわけじゃないんだよ」

 あの時の事は、多分そういう感情ではない。

 ただきっと……、寂しかったんだろう。

 受験勉強中の孤独と苦しみは知っている。

 特に、夏休みは一番、不安になる時期だ。


 でも、俺は応えるべきだったんじゃないかと思う。

 せめて、笑顔ぐらい作るべきだった。


「えいっ!」

 ビシリ、と額を人差し指で突かれた。

 これは……。


「えへへ、彩音先輩の真似」

 全く似ていない。お前のは可愛すぎる。


「ねえ、高木くん」

「なんだよ?」

 別に、怒っているわけじゃないのに、言葉尻が悪くなってしまった。


「高木くんはねー、自分のことだけを考えても良いんだよ」

 どういう意味だ?


「それって普通のことだから。

 何もしなくていいし、何も出来なくていいの!」

 言われて、はっとする。その通りだな、と思った。

 俺が彩音先輩のために何か出来るなんて、おこがましい。


「高木くんは他人のことばっかり考えすぎなんだよ。

 もう少し、自分の好きにしてみたら?」

 やっぱり、一ノ瀬だな。

 俺は彼女のこういうところがたまらなく好きだった。

 いつだって、俺の詰まらない悩みを吹き飛ばしてくれる。


「ちょっとこうしてていい?」

 俺は、思わず一ノ瀬を抱き寄せた。

 塩素の匂いに混じって一ノ瀬の甘い匂いがする。


「いや、それはちょっと、待ってほしいかな……。

 そういう意味で好きにしてって言ったわけじゃなくてね」

 なんだか、ごにょごにょと言っている一ノ瀬。 

 確かに素肌でのスキンシップはドキドキする。

 でも、どうしてもこうしたかった。


「ごめんな、一ノ瀬」

「だーかーらー、そういうの嫌い!」

 そう言いながらも、一ノ瀬は体を預けてくれた。


「ありがとう、一ノ瀬」

「……もう、少しだけだよ!」

 体勢が良くなかったのか、一ノ瀬は少しだけ移動して近くに座り直す。

 先ほどよりも心地よい重さを感じる。


 真夏でも日陰はそれなりに涼しい。水中で奪われていた体温が戻ってきた。


「ねえ、高木くん。嬉しい?」

「ああ、死ぬほど嬉しいよ」

 このままで居てくれたらどんなに良いだろう。


「もう寂しくないよね?」

 本当に、優しいんだな、お前は。


「ありがとう、一ノ瀬」

「えへへー、私が居て良かったねー」

 そう言って、一ノ瀬は黙って傍に居てくれた。


 一ノ瀬に触れている時はいつも、涙が出るほど嬉しい。

 暖かい時間だ。

 何度も何度も、奇跡みたいな時間をくれたことに感謝する――。



「ん、充電完了した!」

 そう言って、俺は一ノ瀬を離す。


「もう、いいの?」

 いや、いいわけではない。

 でもこれ以上は色々と我慢できなくなりそうだ。


 考えすぎて、駄目になる。俺はそう言う人間だった。

 だから、時々ガス抜きが要る。

 友人と騒いだり、遠くの景色を見に行ったり、酒に溺れたり……。

 でも、一ノ瀬が傍に居るのなら、こんなにも手っ取り早い。


「よいしょ!」

 一ノ瀬は立ち上がって伸びをした。

 窮屈な思いをさせてすまない。


 考えても仕方ないことをごちゃごちゃ悩むのは止めだ。

 所詮、この世界の全てはなるようにしかならない。

 開き直って、心のままに生きよう。その方が()()俺らしい。


「スライダー滑りにいこうよ!」

 そう言って髪をかき上げながら、座った俺に手を差し伸べる一ノ瀬。

 なんだか、これじゃあ。

 本当に恋人同士みたいじゃないか。


 俺は一ノ瀬に気持ちを押し付けたくない。

 でも、そのせいで、どこか無理をしていたのだろう。


 時には我儘を言うのも、甘えるのも良いのかもしれない。

 それはきっと、普通のことだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] イチャイチャしてるように見えるんだけど苦しく感じるのはなんでだろう… 明らかに前回とは違う関係は結べてるとは思う。 けど、二人がくっつく未来を想像するのが難しい。
[一言] すごく甘いんだけど甘いだけじゃなくてなんかもう作品の雰囲気がすごく好き
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