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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第4章:憧れとの決別を回避する
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第48話:花より団子より女子(後編)

「それじゃ、大場(おおば)を待たせているのでそろそろ移動しましょう」

 一行は渓流広場では見事に足止めされていた。

 ただ、大場には多分こうなるということは話してある。


「お疲れ様!」

 声をかけると大場は責めることも無く嬉しそうに返事をくれた。

 やっぱりいいヤツだなあ。


「それでは、第34期生徒会執行部のお疲れ様会を開催します!」

 音頭はもちろん、中森(なかもり)だ。

 お酒は飲めないのでマグカップに入ったお茶で乾杯をした。


 飲み物は各自で持ち寄っている。

 天気は良いが、春先はまだ肌寒い。

 みんな魔法瓶に暖かい飲み物を入れてきている。

 開催にあたり、俺はひとつ条件を出していた。

 それは「生徒会室にあるマグカップを持ってくる」というものだ。


 世代交代にあたって、生徒会室の私物を持ち帰る必要がある。

 俺は先輩達、特に嘉奈(かな)先輩が見せた寂しそうな表情を忘れていない。

 2年間過ごした大切な自分の居場所だ。

 追い出されてしまうような気持になったに違いない。

 今の俺にはその気持ちが良くわかる。

 だから、持ち出す理由を作った。

 これで少しでも寂しさが紛れてくれればいいのだけど……。


「ねえ、高木くん、これ食べていいの?」

 保存容器に詰めた料理の山を見て、一ノ瀬が言った。

 基本的に食事も持ち寄りだが、これぐらいはさせて欲しい。


「おう、食べてくれ。朝に作ったから大丈夫だと思う」

 食中毒を警戒して、いつもより念入りに火を通した。

 容器も料理を詰める前にしっかりと洗ってある。


「おい、高木……」

「どうかしましたか、沙希(さき)先輩?」

 沙希先輩は二の句が継げずにいた。

 そんなに驚かなくても……。


「これ全部、高木君が作ったの……?」

 嘉奈先輩が不安そうに聞いてくる。


「何か問題でも?」

 作った料理は焼きそば、チンジャオロース、ニラ卵、卵焼き、ハンバーグだ。

 本当は一ノ瀬が好きな麻婆豆腐も作りたかったが、さすがに屋外には適さない。


「おいおい、大丈夫か?」

 中森がいつものようにツッコミを入れてきた。

 それはむしろ、ありがとうと言っておく。

 ハードルを下げてくれる発言は大歓迎だ。


「……普通に食える!」

 平澤(ひらさわ)先輩、それ全然褒めてないですけど。


「ハンバーグのソースないの?」

 ブレないな、中森。


「あー、それは全力で下味付けてあるからそのまま食って」

 塩コショウ、ソースに醤油、捏ねる前のひき肉にしっかり味付けしてある。

 つなぎはパン粉が無かったから食パンを使っている。

 これはこれで食感が面白いのだ。

 本当はこの状態におろしポン酢をかけると酒のつまみに最高なんだけど。

 なお、今回はお酒無しのお花見なので全体的に味付けは薄めにしてある。


「チンジャオロースのお肉、何つかっているの?」

 奈津季(なつき)さんから真面目な質問が来た。


「あー、生姜焼きに使うような豚ロース肉だよ。

 普通は薄切りだけど片栗粉とか使うの面倒だし。

 これなら歯ごたえあるから気にならないでしょ?」

 俺はひと手間を惜しむ男である。


「高木、卵焼きの味付けはお前がやったのか?」

 神木(かみき)先輩もまともな質問だった。


「いえ、基本はめんつゆです。砂糖は足してますけど」

「めんつゆ!?」

 出汁巻き卵はめんつゆで溶いた卵を焼くだけであっさりと完成する。

 絶対に失敗しない料理のひとつだ。


「高木先輩って、主婦みたいですね」

 ぼそりと呟いたのは麻美(あさみ)ちゃんだった。


 ……否定できないかも。

 まあひとり暮らしが長いからな。

 家事全般は出来ないと生きていけない。


 なお、焼きそばは市販の粉ソースを溶かすのに麦酒を使用している。

 これが微妙な隠し味になるのだ。

 誰にも何も言われなかったけど。

 ただ、一ノ瀬が美味しそうにモフモフと食べているのを見て嬉しかった。

 アイツはウィンナーが入ったジャンクな焼きそばが大好きだったな。



「さて、それじゃお腹も膨れたことですし。

 先輩達からお言葉を頂いてもいいですか?」

 ひとしきり、楽しいだけの時間を過ごした後。

 俺は儀式を始める。

 大人から見たら、拙い青春劇だろうな。


 使い捨てカメラを取り出して、桜の木の前に先輩を導く。

 まずは沙希先輩だ。


「おい、聞いてないぞ!」

「言ってないですから」

 うろたえる沙希先輩が可愛い。

 一番最初にしたのは今までの意地悪に対するお返しだ。


「全校生徒の前じゃないんですから、緊張しないで下さい」

 そう言って、俺は離れてカメラを構えた。


 風になびいた髪を正して、耳の後ろにかきあげる。

 そして、中指で眼鏡をかけなおした。

 それだけで惚れしまいそうな仕草だ。

 少し赤みがかった頬から心情が伝わって来た。


「あー、ごめん、私、こういうの苦手だ」

 沙希先輩以外の11人は黙って聞いた。


「だから、多くは言わないぞ。

 北上先輩達が居なくなった時、寂しかった。

 でも、高木や拓斗(たくと)、大場に奈津季、そして梨香(りか)

 すぐに楽しくなったよ、ありがとう」


 沙希先輩は一度俯いた。

 そして、もう一度顔を上げる。


「そして、次は私が居なくなる番なんだな。

 それがさ、正直、怖いよ。お前たちのことが心配だ。

 でも私はもう、お前たちに関われない。

 そう思うと何だか居ても立っても居られない。

 北上先輩達も、そうだったのかな」


 俺はシャッターを切った。

 何故なら、沙希先輩が綺麗に笑ったからだ。


「頑張れよ、後輩!」

 最高に格好良い挨拶だった。


「ありがとうございました!」

 俺は体育会系の大きな声で言った。

 ……一応、周囲の迷惑ならないラインで抑えてはいる。

 冷めた人からしたら茶番だろう。でも黙っていて欲しい。

 俺たちは本気でやっている、青春しているんだよ。

 今を一生懸命生きることは恥ずかしいことじゃない。


「高木、ありがとな」

 耳元でぼそりとそう言って戻っていく沙希先輩。

 ドキドキするから、止めてください。



「じゃあ、次は……嘉奈先輩と吉村(よしむら)先輩で」


「ふにゃっ!?」

「ええっ!?」

 ふたりとも、息ぴったりで悲鳴を上げないでくださいね。


「あ、話すのは嘉奈先輩ですよ。

 吉村先輩はフォローだけでお願いします」

 俺は知っている。

 嘉奈先輩が多分、一番駄目だ。

 ひとりでは、ちゃんと出来ないだろう。


「おう、わかった」

 吉村先輩とは何だか色々と気が合う。

 あの人が片想いをしているからだろう。

 まあ、そのことを当時の俺は全く気がつかなかったけどな。


「えーっと……」

 嘉奈先輩はいきなり言葉に詰まった。

 抱えている想いが大きすぎるのだろう。


「私にとって、生徒会室は自分の居場所、みたいなものでした」


 黒髪ロング、奇しくもこの年の生徒会執行部の女子は全員がこの髪型だ。

 その中でも嘉奈先輩の髪は一番長かった。

 手入れするのは本当に大変だろう。

 髪の毛が口に入ってしまったり、髪の毛の中に埋まってしまったりしていた。

 思い出せば生徒会室にはいつも、嘉奈先輩の姿があった気がする。

 可愛いを体現するような仕草や口調が特徴だ。

 でも、実は思慮深く、計算高い。

 いつもちゃんと空気を読んで話をしてくれた。


「だから……、これからも生徒会室には行きたいと思っています」

 そう、これが嘉奈先輩の願いだ。

 でも時間は否応なしに流れていく。

 いつまでも同じ日々は続かない。


「でも、それは駄目な事なんだよね……」

 ポロポロと涙を流す嘉奈先輩が不憫だった。

 その頭にポンっと手を置くのは吉村先輩だ。


「北上会長が引退した時。

 いずれ自分もこうなるってことは分かっていたよな?

 嘉奈の気持ちはよくわかるよ、俺も同じだ……寂しいよ」

 優しい声で、優しい言葉をかける吉村先輩。


 自分の頭の上に置かれた手を取って、嘉奈先輩は顔を上げる。


「私は、沙希ちゃんみたく皆を想って引退する人じゃない。

 ただ自分の居場所がなくなるのが嫌で、泣いている。

 多分、私はずっとこのままだ。

 あの場所に居たいってずっと思ったまま過ごすと思う。

 だから今も高木君や梨香ちゃんが羨ましい」


 嘉奈先輩は吉村先輩の手を握ったままだった。


「でもね、私はもう、生徒会室には行きません。

 忘れないでね。来年は皆もこっち側になるんだよ。

 だから、これからの時間を大切に過ごしてね!」


 嘉奈先輩は涙を浮かべたまま笑った。

 俺は少し迷ったけれど、シャッターを切る。

 きっと今のが嘉奈先輩の精いっぱいだ。



「じゃあ、次は平澤先輩!」

「あー、俺はいいよ」

 即答だった。


「ええっ!?」

 流石にこのスルーには驚いた。


「俺は上手い事言うの苦手だからさ。彩音(あやね)、よろしく」

 うろたえる俺に構うことも無く。

 あっさりと、平澤先輩は最後の言葉を神木先輩に託したのだった。

 まったく、この人は……、どこまでも好感の持てる人だ。

 先輩にも思うところはあっただろう。

 でも、神木先輩を全面的に信じていた。

 言いたいことは、彼女が言ってくれる、と。


 仕方ないのでブルーシートの上でくつろいでいる姿を撮る。

 ふくよかな体系に眼鏡で焼きそばをほおばっている。

 これはこれで、見事に平澤先輩っぽい。


「あー、じゃあ神木先輩、お願いします」

 思ったよりも早く、最後になってしまった。


「んー、まいったな……」

 先輩は少しウェーブがかかった綺麗な髪をかき上げて、立ち上がる。

 表情には珍しく、戸惑っている様子が現れていた。


「何を話せばいいか、まとまっていないんだが」

 そう言いながら桜の木の前に立つ。

 その瞬間、生徒会長の顔になった。

 俺はその凛々しい表情を見て即座にシャッターを切った。

 やっぱりこの人は綺麗だ。


「まずは1年生。この場に来てくれてありがとう。

 正直、私たちの話にはついて来れないと思う。君たちにとっては2年後の話だ。

 だけど、覚えておいて損はないと思う。

 そして、この先はここにいる2年生を信じてくれ。私が保証する」


「神木先輩……」

 半泣きになっているのは意外にも大場だ。


「2年、お前たちに言うべきことはもう無い。

 これまでの1年で私の気持ちは伝わっていると思うからだ。

 でも、これで終わらせてしまうのは沙希や嘉奈に悪い。

 だから、私の気持ちを言わせてもらうよ」


 神木先輩はずっと「会長」としての言葉を言い続けてきた。

 当たり前だ。

 でもそれとは別に、ひとりの人間としての言葉は聞けなかった気がする。


「奈津季。ありがとうな、お前の好意はずっと私の支えだった。

 期待に応えられたかは分からないけど、お前のおかげで頑張れたよ」


「大場。お前のような骨太の裏方がいるから、皆が力をふるえる。

 でも裏方だけじゃなくてもいいんだぞ。私はお前をちゃんと評価している」


「拓斗。お前はもう少し頑張れ!」

 これには場内、大爆笑だった。


「お前には力がある。自信を持て。

 もしも、出来ないのであればあれば努力しろ。

 努力は無駄じゃない、重ねればいつか自信に変わる」


「梨香。お前は凄いな、あっという間に人の心を開く。

 それは才能だと思うぞ。皆のことを大切してやってくれ」


「さて、最後は高木、お前だ」

 ゴクリと唾をのんだ。

 一体、何を言われるんだろう。


「お前に言うことは、無い」

 ……ええええ!?


「以上だ、あとは頼んだぞ!」

 神木先輩はそう言って笑った。


 ――パチパチパチ。


 場内に拍手が溢れた。

 これで、皆にひとつの区切りがついたと思う。

 送別会は送られる側だけでなく、送る側にも必要なものだ。


 この後は渓流広場で撮影会をした。

 使い捨てカメラで撮れるだけ皆の写真を撮る。

 男子よりも女子の写真が多いのは仕方がない。


 特に一ノ瀬の写真が一番多いのは内緒である。

 現像した時にバレないようにしないといけないな。


「高木、今日は本当にありがとうな」

「いえ、それはこちらこそですよ、ありがとうございました」

 過去の世界では先輩達との別れは、なし崩しだった。

 そして最後は最悪の結末だったと言える。


 俺はそれを繰り返したくない。

 やっぱりこういう時間を作るのは良かったと思う。


 最後は皆で集合写真を撮った。

 これはやり直しの世界にしかない、大切な思い出だ――。



「高木くん、帰ろう!」

 手を振ってくれる一ノ瀬の下へ向かう。


「今日は一ノ瀬と一緒にこの景色が見れて嬉しかったよ」

「……高木くんってさ、普通に料理出来るんだね」

 そっちかよ。


「美味しかった?」

「んー……、普通?」

 またこのパターンか。

 一緒に居た頃は割と好評だったんだけどなあ。


「あははは! 嘘だよ! 美味しかったよ」

 そう言って笑う一ノ瀬。

 一筋縄ではいかないのはいつも通りだ。


「先輩達、ちゃんとお別れ言えて良かったよね」

 ひとしきり笑った後、一ノ瀬はぼそりとそう言った。

「そう思ってくれると、嬉しいな……」

 何となく、一ノ瀬に考えていることが見透かされてしまったようだ。


「ふふっ、高木くんらしいね」

 そう言って一ノ瀬は笑ってくれた。


 公園を後にして、皆で電車に乗り込む。

 同じ学区だから帰り道は大体一緒だ。

 大人数での移動は大変だけど、皆で居られる時間が楽しかった。


 そして、明日から新しい日々が始まる。

 過去には涙で別れを告げて、明日を笑顔で迎えよう。

 俺たちは、そうやって大切な日々を積み重ねていく。

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