竜の泪
「くっくっく……なぁ、雷電よ。面白いとは思わんか? たった一人の男が、この世界を変えようとしているのだ」
シェンラは、お互いの命を削りあう相手である雷電竜に向かって、可笑しそうに笑いながら語りかけた。その言葉に何も返ってこないと分かっていても、シェンラは話を止めずに話を続けた。
「本当に、不思議ではないか……再び神に挑もうとしているというのに、我には不安も気負いも存在せぬ。貴様を前にしても、既に憐れみも怒りも感じぬのだ」
シェンラと雷電竜は、全身のいたるところから血を流してながら、共に翼を広げながら対峙していた。天空竜は神火の鎧に身を包み、雷電竜は瘴気と稲妻を色濃く身に纏いながら、その眼を相手に向けていた。
シェンラの言葉に雷電竜は、反応する事はない。しかし、両者は動かず空気だけが張り詰めていく。
「さてと、下も状況が収束したようだ。我らの語り合いも、そろそろ終いにする頃であろうよ。これより先は、古代竜の闘いではない……ヤナの仲間としての妾と、悪神の手先である邪竜の戦いなのじゃ!」
シェンラは顎門を大きく開き、覆っていた神火の鎧を全て吸いこんだ。そして、全ての神火を体内の竜核へと注ぎ込み、自らの身体を創り変えていく。
「『竜人神姫覚醒』!」
シェンラの身体が輝き出すと、やがて全身に神火を纏う竜鱗の鎧を装備したシェンラが、そこに現れた。そして腕を組むと、目の前で起きている事を静かに待っていた。
「まぁ……そうなるじゃろうな。雷電よ、穢れし竜核は妾が天空竜シェンラの名の下に、必ず葬ってやるのじゃ」
シェンラは、目の前で瘴気を吸い込み始めた雷電竜を見ながら、寂しそうに呟く。シェンラが自ら竜核に神火を注ぎ込んだように、雷電もまた瘴気を自らの竜核に注ぎ始めたのだ。シェンラが神火が放つ暖かい光を纏うのに対し、雷電は吸い込む瘴気の量に比例し、光すら吸い込みそうな闇を纏い始めた。
「竜核と瘴気を融合させてしまえば、古代竜といえども最早転生すら叶わぬだろうの……これもまた悪神の、妾に対する嫌がらせなのじゃろうな」
遂に巨大な雷電竜を包み込むほどに闇が広がると、徐々に闇は球体へと形を変えながら、その大きさを収束させるが如く小さくなっていった。そして、シェンラと同じように自らの身体を創り変えた雷電の姿が現れたのだった。
漆黒の翼を堕天使の如く広げながら、まるで女神の如く美しさをもつ女は、漆黒の稲妻を身に纏いシェンラを無機質な眼で見ていた。
「お主の人の姿も久しぶりに見るが、妾に劣らぬ美しさじゃな……さて、此処からは正気さえも捨てた戦いじゃ。互いの竜核を喰らうまで、妾達は止まらぬじゃろう。古き友よ、そして同胞よ……さらばじゃ」
シェンラは、今生の別れを雷電に向かって告げると、強く拳を握りしめた。そして強き意志を持って、互いに同じ言葉を発したのだった。
「「竜の逆鱗」」
お互いの瞳が、竜の瞳に変わり全身から魔力を迸らせると、一気に間合いを詰めた。そして、次の瞬間大気が割れるかと言うほどの衝撃を伴いながら、互いの拳が激突した。
「ガァアアア!」
見た目は幼女であるシェンラであったが、その咆哮は天空竜のそのものであった。
「くははは! 楽しいのぉ! 雷電よ!」
お互いの拳が激突するたびに発生する衝撃波は、二人の身体を確実に傷つけていく。嬉々として叫ぶシェンラに対し、雷電竜姫は無表情で戦い続ける。
このまま永遠と続くかと思われた拳の激突は、あっさりと終わりを告げることになった。シェンラが、雷電姫の拳を掌で受け止めたのだ。雷電姫は、もう一方の拳をすぐさま繰り出すが、シェンラはその拳もまた掌で受け止めた。
無理やりに拳を受け止めたシェンラの掌は、無事で済むはずがなく、手の甲の肉は裂けていた。しかし、それでもシェンラの手は雷電姫の拳を離すことはないまま、シェンラは大きく口を開けた。
それを目にした雷電姫もまた、口を大きく開けると、次の瞬間同時に超至近距離での古代竜の息吹が激突した。
衝突した天空竜と雷電竜の魔力は、一瞬にして二人を爆炎と稲妻が渦巻く結界へと姿を変え、二人はその中に閉じ込められる形となった。灼熱と雷撃が絶え間無く二人に襲いかかり、古代竜と言えどその環境は苛烈であったが、まるでそんな事など無視するかのような打撃音が周囲に広がっていた。
流れる血すらすぐさま蒸発し、身体に稲妻が突き刺さる。それでも二人は止まることなく、己の拳を突き出していた。永遠とも思えるような数分間が過ぎると、二人を覆っていた爆煙と稲妻の檻が突如弾け飛んだ。
それは再び二人が真正面から竜の息吹を撃ち合い、それが中心で拮抗したからだった。
「くっくっく、雷電よ。流石は、この世界の君臨する古代竜の一人……お主、まだ完全に瘴気に堕ちてはおらぬのじゃろ?」
魔力を息吹に注ぎ込みながら、シェンラは確信を持った口調で、雷電姫に問いかけた。
「……やはり……やはり拳を交えては、分かってしまうものだな……」
雷電姫は、無表情のままではあったが、シェンラの問いに応えた。しかし、雷電姫もまたシェンラと同様に、息吹へ魔力を注ぎ続けていた。
「意識はまだあるが、身体の支配は既に無いと言ったところかの」
「あぁ……お前の考えている通りだ……我が瘴気から逃れられる手立ては……もう無い」
「……そうなのじゃろうな」
シェンラは、それ以上は雷電姫に瘴気に侵された身体の状態を聞くことはしなかった。竜核へ瘴気を大量に注ぎ込み、身体を竜人神姫覚醒にて作り替えたのだ。意識があること自体が奇跡であり、それは古代竜としての雷電竜の矜恃が最後まで瘴気に抗っている証でもあった。
「天空竜よ……我を仕留め損なうなよ……我の竜核には暴走した魔力と……今も忌まわしき汚れた大陸から瘴気を……溜め込んでおるのだ……臨界点が近いぞ」
「わかっておるのじゃ。お主の竜核が弾ければ、下にいる仲間達も道連れにされてしまうからの……天空竜シェンラの名の下に、お主を必ずや救って見せるのじゃ」
「あぁ……頼んだぞ」
そして両者の間の息吹が再び爆発する直前、雷電姫の息吹がシェンラの|息吹を飲み込んだ。
「息吹を……止めた?」
シェンラの息吹が雷電姫の息吹に飲み込まれたかのように見えたが、実際はシェンラが息吹を止めていた。さらにシェンラの気配が同時に消えた為、この一瞬シェンラを雷電は見失った。
「魔力感知に全く反応が……!?……か……は……天空竜……お前は……馬鹿か?」
雷電姫は、呆れた顔で目の前のシェンラを見ていた。雷電姫の息吹の中を強引に突き進んだシェンラの身体は、損傷が激しかった。片目は潰れ、片腹は炭化し、腕も足も片方はすでにそこになかった。
「く……はは……妾以上の馬鹿を……知っておるのでな……」
「我の一瞬の隙をつく為に……魔力を消して息吹に突っ込んでくる以上の……馬鹿などいるものか……しかし……それぐらいせぬと……我の竜核には届かなかったか……見事なものだ」
口から血を流しながら、雷電姫は微かに微笑んだ。胸にはシェンラの右腕が突き刺さり、勝負は既に決していた。しかし、シェンラは雷電姫に腕を突き刺したまま動かなかった。
「お前は……何をして……いるのだ?……早々に我が竜核を破壊……せねば……」
シェンラに向かって雷電姫が、自身の竜核の破壊を早くするべきだと訴えた。しかし、シェンラはその言葉がまるで聞こえないかのように反応する事はなかった。そのかわりに、シェンラの口は動き続けていた。それは、雷電姫の竜核をその掌に掴んだ直後からであった。
「……我欲する……雷電竜……我の竜核は求む……ただ一つの……混ざりし……竜へと……」
「お前は何を……待て……それは……詠唱……竜核融合……神竜昇華ではないか!?……ぐ……身体の支配が……やめろ!……お前まで瘴気に堕ちるぞ!」
雷電竜はシェンラが発動しようとしている秘術に気がつくと、その術を止めようとするが身体がその願いを聞き入れることはなかった。
「瘴気に堕ちようとも……竜の原則を逸脱する事はできぬじゃろ……妾がお主の竜核をこの手で掌握している限り……お主の身体は動かぬよ……既にお主の竜核と妾の竜核の……同調は済ませ……詠唱も完了したのじゃ」
「古代竜同士の……竜核融合による神竜昇華……我の穢れし竜核で……可能だと思っているのか……神竜に至れずこの地が消し飛ぶぞ」
「お主を、死から救う事は叶わぬ……だが、お主がこの世界から消えるのは、我慢ならんのじゃ! そしてお主もまた、悪神と戦わずして朽ちることを望むのか!」
シェンラの言葉に、雷電竜は今度は大声で笑うのだった。
「あははは!……確かにそうだな……悪神の喉でも喰い破らねば……気が晴れぬ! 天空竜よ! お前に我をくれてやる! そのかわりにお前の牙を! 爪を! 顎門を我に貸せ!」
「元よりそのつもりなのじゃ! さぁ、刻はきたのじゃ!」
そして、二人の声が重なる。
「『竜核融合』『神竜昇華』!」
同時に雷電竜の身体が光の粒子と化すと、シェンラの身体へと吸い込まれていった。そして黄金の光と共に瘴気の闇もまた同時にシェンラを覆った。
シェンラの身体は光と闇がせめぎ合っていたが、やがて瘴気が薄れていった。そして、眩いほどの光をシェンラの身体から爆発的に広がると、地上にいた者達は一瞬目を閉じた。
やがて光が収まり、再び空を見上げた者達は目にすることになる。
身体を黄金の光が優しく包みながら、大きく雄大な翼の周りに稲妻を乱舞させる神竜の姿を。
そして神竜は、自らの誕生をこの世界に認めさせるかの如く吼えた。
その目から、竜の泪を零しながら。
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





