姉弟
「うぇぇん、弟君の作ってくれた炒飯美味しい、美味しい……! 久しぶりに温かいもの食べた……! こんな美味しい炒飯食べたことないよぉ……!」
えぐえぐ、と半分泣きながら納豆炒飯を口に運んでいる朝倉カミラ――否、朝倉山吹を、俺はゴミだらけの床になんとかスペースを開けて胡座をかき、頬杖をついた状態で眺めていた。
全く、カラーコンタクト着用時と、眼鏡姿のプライベートでは、何故この人はこうも豹変出来るのか、不思議で仕方がなかった。
「ったく、低血糖でぶっ倒れる前にコンビニでも何でも行けよ。それにぶっ倒れたなら最初に呼ぶべきは俺じゃなくて救急車だろ。俺がたまたま対応できたからよかったものを……」
「だ、だって、救急車なんか呼んだらスキャンダルになっちゃうじゃん。一応私、芸能人だよ? しかも家では眼鏡で裸族スタイルだし……」
「んなもん気にしてたらいつか本当に死ぬぞアンタ。大体、今のアンタを見てアレが芸能人の朝倉カミラだって気がつける奴はそういねぇよ」
そう、その如何にもハーフと言える金髪とは裏腹に、この人の瞳は本当は黒い。
本人はそれを気にして、体質的に合わないくせに、人前では常にカラーコンタクトで碧眼を偽装しているのである。
それがいつしか癖になり、この人はコンタクトから眼鏡に変わった途端に演技スイッチが切れ、元通りの至ってダメでズボラな人間に戻り、口調や一人称まで変わってしまうという、非常に厄介な癖がついた。
全く――こんなことで呼び出されるぐらいなら、この人にはずっと朝倉カミラの状態でいてほしいものだ。
「なるほど、ようやく合点が行ったぜ。最近、アンタともあろう人がなんで学食なんかに来るようになったんだろうと思ってたけど、さては学食で食べる昼以外にまともなもん食ってなかったんだろ? キッチンも最近は使った形跡がなかったし。ゲーム廃人やってたここ数日は何食って生き延びてたんだ?」
俺の詰問に、朝倉山吹のレンズの下の目がスッと横に向けられ、少しの沈黙の後、「……じゃがりこ」という気の抜けた答えが聞こえ、俺は右手で顔を覆った。
畜生、なんで俺の姉と姉貴分は揃いも揃ってこんな連中ばっかりなんだ?
そこで俺は再び聞かせるようにため息を吐き、また追撃を開始した。
「あのなぁ山吹さんよ。今年の春に俺が実家に戻るってなって、ここにアンタ一人が残されることになった時、アンタは俺になんて言った?」
「う――」
「心配しなくても大丈夫だよ、いくら私でも食うぐらい食えるから、って。アンタは自信満々にそう言ったけど、この有り様は一体何だ? この状況のどこが一体全体大丈夫で、食うぐらい食えてるんだ?」
「ううっ――」
「第一なぁ、今まで蝶よ花よと育てられてきたボンボンが一人暮らしなんて、土台無茶だったんだよ。ただでさえ王子様モードじゃないアンタはまるでダメ人間もいいとこなんだし」
「そっ、それはそうだけど――!」
全く、このアホ姉め。何が「それはそうだけど」だ。否定してみせろ。
俺は更に追撃の手を強めた。
「全く、これならまだあの御厨の肉団子どもの方がマシだぞ。アイツらはやらないだけで最低限の家事は出来る連中だ。アンタの場合はやるかやらないかでなく、そもそも家事が出来ないだろ」
「ううっ、う――!」
「もう白旗上げて本家に戻れよ。そうでなきゃ誰か人を雇え。親父に頭下げて頼めば家政婦ぐらい派遣してもらえるだろ? いつまで無理して一人暮らしなんて続けるつもりだ?」
「あ、う――!」
「でなきゃアンタ、遠からずこの部屋で腐乱死体になって発見されるぞ。真っ黒く変色してウジが湧いて、よくわかんない液体垂れ流しながら一人寂しく腐れて死にたいか?」
「うっ、うわああああああん!! 相変わらず私の弟がドSのド畜生すぎる! これが実の姉に向かって言うこと!? 世の中の弟ってみんなこうなの――!?」
「ドSでもド畜生でもない。事実を述べて心配してやってる、っていうんだこれは」
俺はずっしりと重さを増した眠気と疲労感に目頭を揉んだ。
「ホンット、なんであの親父からなんでアンタみたいな自活能力ゼロのダメ人間が生まれるんだ……? 眼鏡にならない限りボロが出ないその演技の才能は母親から継いだんだとしても、もう少し親父にも似といてくれよ……」
「しっ、失敬な! これでも学校の成績とか女優仕事は順風満帆、ヨウソロ取舵って感じだし! それに生徒会長だってソツなくこなしてて……!」
「その何分の一かでいいから生活の方にも気を使えって言ってんだ、このゲーム廃人のセルフネグレクト女め」
俺がそういうと、むぐぐ、と朝倉山吹は顔をしかめたた後、シュンと肩を落とした。
「……なぁ山吹さん。アンタ、本当に明桜に戻る気ないのか? 朝倉家の権力と顔の広さがあれば、今からでも復学ぐらいなんとかなるだろ」
俺は純粋に、この人の後の人生を心配する気持ちで説得した。
「表向きは芸能活動に更に力を入れるため、なんて言って、俺と同じ公立高校受けてさ。何度も言うけど俺はアンタの親父とその不倫相手との子だぞ。気嫌いこそすれ、アンタほどの人が進学先まで変えてまで追いかけてくるような相手じゃないだろ、俺は」
俺が本心から言うと、朝倉山吹がちょっとムッとした表情になった。
「……そんな言い方しないでよ。私はキミに側にいてほしかったんだよ」
朝倉山吹は炒飯を乗せたままのレンゲを握る力を強くしたようだった。
「中学のときに三年一緒に暮らしたからわかってるでしょ? 朝倉家がどういう家なのか。私はこの世に一人でもいいから打算の繋がりじゃない味方がほしいんだよ。だからずっときょうだいがほしかった。そういうのっておかしい?」
「その味方が俺なのはおかしい、って言ってんだよ。それに今の状態のアンタはともかく、あの朝倉カミラなら味方になってくれるやつなんてごまんといるだろ?」
「本当に?」
「あん?」
「本当に、そう思う? 私に寄ってくる人が、本当に私の肩書きとか朝倉家の力とか、そういうものをアテにしてるんじゃないって――弟君は本当にそう思うの?」
そこで朝倉山吹は、悲しそうな顔をして俺を見つめた。
ああ、これはマジの表情だな、とわかってしまうのは、やはりこの人と半分、血が繋がっているからなのか。
俺が「……悪かったよ」と言って視線を逸らすと、今度は朝倉山吹が口を開いた。
「この間も水を向けてみたけど、弟君こそ、将来のことは考えてるの? お祖父様はあんまり気が長くない人なんだよ?」
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