第016話
風呂に入る踏ん切りがつかず、またしても幾日か経過したうららかな放課後。
和食を思いっきり堪能したゲイリーは若干の手持無沙汰感を抱きながら図書室に来ていた。
ネットがあれば楽なのになぁ……と心の中で愚痴りながら分厚い本をめくり、目的の情報を探す。
今回の目的は、裁縫指南書及び、各地の服飾についてである。
ゲイリーは手持無沙汰になった結果、風呂上がりに着る浴衣を作ろうと考えたのだ。
しかし過去、既に存在しているタオル生地を自力で作ろうとした経験があった。
今回はその時に感じた徒労感を味わいたくなくて、先に各地の服飾文化を調べることにしたのだった。
分厚い本をめくりながら調べものをするゲイリーだが、ふと本に人影が落ちたのに気づき、顔を上げる。
「あれ、貴方は……」
そこには、偶に図書室で見かけたナイスミドルなおじさんがこちらを見ながら立っていた。
「やあ。
こうして話すのは初めてかな?」
「そうですね、こんにちは」
ゲイリーの頭に疑問符が浮かぶ。
ここに来るようになって数か月。
顔を知っている程度の仲なおじさん。
前に遭った宇宙人との邂逅により、ゲイリーは平和ボケが多少マシになった。
これが街中ならもう少し警戒するかもしれないが、ここは学園の施設内で閑静な図書室。
そんな所に不審者がいるわけがないと考えてしまい、ゲイリーは普通に尋ねる。
「あの、何か御用ですか?」
警戒心もなく、そう訊ねてくる彼に少し口元を緩めながら王様は彼の耳元に顔を寄せる。
「あの森の中で君が本当は何を作っているのか、私は知っているよ」
最初、何を言われたのか判らなかった。
しかし、おじさんの言葉が頭の中で反芻されるうちに、ゲイリーの目は見開いていき、全身から血の気が引いていく。
おじさんは微笑んでいた。
背中にはじっとりと嫌な汗をかき、顔を話したおじさんの瞳を見つめながら、急激に渇いていく口で何とか言葉を紡ぐ。
「何を……言って……」
「池の擬態は見事だった。
ただ水草すら生える余地のない池など存在しないよ?
それに排水も考えてパイプを通していたんだろう?
庭が地面より一段高くなっているようだ。
さて、池に排水機構というのは……必要なのかな?」
どこから、どこから漏れたのか。
その答えは、ゲイリーが直後に入室してきた人物を目に留めた事により、簡単に判明した。
「やぁ坊ちゃん、また会いましたね」
ダグラムだった。
なぜ、どうして、という狂騒が沸き上がる。
「ここではなんだ。
君の隠れ家に行こうじゃないか。
ダグラム、本を戻してくれるか?」
「かしこまりました」
ゲイリーは必死に考える。
打開策は?
バレている状態で打開も何もない。
逃走するか?
逃げた後のプランがないのに、どこに行こうというのか。
撃退、口封じ。
前科がつく、国に追われる。
(犯罪なんか侵したくない……ッ!!)
この期に及んで犯罪行為に走らないゲイリーはやはり善人なのかもしれない。
だが、善人だからとどうにかなるものではなかった。
ゲイリーだってバレた時のことを考えていなかったわけでは無い。
でも実際にそうなるなんて思いもしなかった。
「ついてきてくれるかな?」
「……わかり、ました」
自分が対策してきたのは、バレる前の言い訳ばかりだと気づいた時、彼は諦観のまま唯々諾々と王様に従い席を立つのだった。
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補修を終え、いつも通りゲイリーの尾行を行おうと彼を探していたサラは、見知った2人に連行されていくゲイリーを目撃した。
「えっ……お爺様、陛下ッ?!
なんで……ッ」
わからない、自分の祖父はもうゲイリーに興味はなかったはずと先入観を植え付けられていた彼女はさらにその隣にマリンの父親である王様がいる事にさらに驚愕する。
しかしどうにか正気を取り戻し、急いでマリンの元に向かう事にした。
いったい何が起こっているのか……サラの頭は混乱していた。
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森に入り、周りに全く人がいなくなった事をダグラムに確認し、王様は歩きながらゲイリーに話しかける。
「少々、強引に連れ出してしまい、すまなかったな。
……まぁ警戒するのも分かる。
ただ1つ、初めに伝えておきたいことは、
別に風呂に入ったところでこの国で罰せられることなどありはしないという事だ」
ゲイリーは罰せられないという言葉に反応して顔を上げる。
「なら……なら、なんでこんな強引に俺をここに連れてきたんですか……ッ」
「君に合わせたのだ、ゲイリー=スゥ男爵令息。
君は匂わせる程度ならはぐらかせると思っていただろう?」
「そ、それは……」
図星をつかれ、ゲイリーは言葉に詰まった。
王様は頷く。
「しかし、そう考えるのも当たり前だ。
誰が心血注いで自ら作っているものが変態の代名詞たる風呂だと気づく?
一般的な風呂文化が廃れて久しいこの国において、その考え方はとても合理的だ。
ダグラムと同行していたサラ嬢も気づいてはいない」
「でも、貴方たちには……気づかれ……ました」
「それは仕方のないことだ」
「しかたのない……事?」
「ああ。
隠れ家に着いたら腹を割って話そうじゃないか」
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マリン達はゲイリーの隠れ家へと急いでいた。
王様と前辺境伯揃い踏みでゲイリーを連れて行ったのは何かあると思ったのだ。
というか、
(応援するような事言っていたのに……ッ!!)
理由はなんであれ、人の恋路の邪魔をされたようで、マリンは憤慨していた。
「サラ、森は広いが本当に隠れ家へ向かっていたのッ?」
「はいッ。
そもそも、それ以外の場所はほぼ何もありません。
また、ゲイリー様を害するつもりならば学園内ではなく、自由を縛ったうえで人里離れた場所へ連れ出すはずです」
「一理ある、か。
それ以上に、本当に亡き者にするつもりなら……ボクには何もできない……くそっ。
本当に……ホントーにお父様は何を考えているのだッ!!」
「お爺様もです。
あれだけ私達には何もない、と念を押されていたのに……ッ」
「とにかく、ゲイリーには、本当は何かあったと言うことかッ」
「恐らく。
……しかし、妙です。
護衛の姿も草も見当たりません」
「草もッ?!
なんで……どういうことなのホントッ!!」
草は王族の護衛としても機能している。
それを自ら外して王様が単独行動する理由がマリンには思いつかなかった。
(ダグラムがいるからすんなり外せた……?
本当に何が起こってるのッ?!)
とり止めなく湧いてくる疑問に頭を悩ませ走っていると、2人の目が隠れ家を捉える。
しかし、いつもと変わらないはずの隠れ家から煙が上がっているのを目撃したマリンは、言いようのない不安、そして焦燥感に駆られ、今までの躊躇が嘘のように、そのまま猪突猛進に小屋へと突撃した。
「おやめください、お父様。
いったい何……を」
家の先、軒へと続く引き戸を勢いよく開けたマリンと、それに続くサラが見たものは、あろうことか、湯気立つ池の中に裸で入る男達3人の姿だった。
「「「ウおぉぉぉぉぉぉォぉッ!!!?」」」
野太い3人の悲鳴がこだまする。
「きゃあああああああああああああッ!!」
続いて響く2人の乙女の悲鳴。
手で顔を覆っていた女性達はしっかりと指の間からゲイリーの裸を見ながら思いっきり顔を真っ赤にして、器用に絶叫するのだった──。




