弓道の大会
それから1週間が経った。横山らの動きは注意深く洞察していたが、特に何か動く気配はない。ただ会話のタネにしていただけなのだろうか。
まあとにかく、これからも注意は払わなければならないだろう。
なんて考えながら俺が立っているのは、校内にある弓道場。弓を構えてバビュンとやる、あれだ。
春からこの武芸を始めてはや5ヶ月。少しずつ体も慣れてきて、近頃はちょくちょくと的に当たるようになってきた。もっとも、安定的な矢所からはまだ程遠いのだが。
まあとにかく、俺は更なる高みを目指して日々活動に精を出しているわけだが、今日は活動が始まる前に先輩に招集された。
部員全員が畳に正座して、正面に立つ部長を注視する。
「どうしたんだろうな」
俺の横に座った男子部員が小声で話しかけてくる。
「さあな、停部にでもなったんかな」
「冗談よせよ、うちにやらかす奴なんていねーんだから」
「いやいや、大人しそうなやつが意外と裏でやらかしたりするんだぜ」
「まさかまさか……」
部長は仁王立ちをして少しの間俺らをグルリと見回していたが、やがてヒソヒソと話す俺らを黙らせるように「おほん」とわざとらしい咳払いをし、その後に話し始めた。
「なんで集められたのか、と思っている人もいるでしょう。活動計画に目を通していたら当然把握はしているはずなのですが……」
初っ端から若干キレ気味である。この部長、腕は確かなのだが少しキレやすいという難点があり、あまり部員から好かれてはいない。
お淑やかでいかにも弓道女子な副部長とはまさに正反対だ。その副部長は部長の脇で何も言わず正座している。
部長は尚もキレ気味で話を続けた。
「まぁ、仕方がないので分からない人のために説明してあげますと、来週、全市大会があります。普段だったら2年生だけでの出場になりますが、今年は1年生の出来がいいので、1年生の皆さんも出場させることになりました」
……なぬ?
あまりに唐突な話に、1年生全員が口をあんぐりと開いた。
**
「んで、いきなり大会に出ることになったわけなんだよ。いや、聞いてないってほんと」
部活を終えた帰り道。俺は早速今日の出来事を令美に愚痴っていた。
「た、大変だね」
令美が気の毒そうに言う。
「大会って、や、やっぱり大変なの?」
「大変って言うか、まぁ言っちゃえば普段の練習と同じことをするだけだからな、身体的にはそんな大したことがないんだけど……メンタルがなぁ」
先輩について行って大会の空気だけを感じたことがあるが、あの空気の静まり方はおかしい。なんていうか、咳の一つでもしようものなら一瞬で矢で射抜かれてしまうだろうなと思っちまうような、そんな感じだ。
それに大会なだけあって、出場している人は皆レベルが高い。そこの輪に入るためにもうちょっと実力を付けたいし、心の準備もしたい。
しかしそれを1週間前にいきなり告げるだなんて……。
部長がやばい奴だということは知っていたが、まさかここまでだったとは。
胃の重さを感じ、俺はため息をつく。
「で、でも弓道はかっこいいし、私はいいと思うよ」
「そう言ってもなぁ……」
「そ、それに流星くんなら、きっと大丈夫だよ」
「的中率2%の男が、大丈夫…….なんか目から水が出てくるわ」
わざとらしく肩をがっくりと落とす俺に、令美は「ふふふ」と小さく笑う。
「そ、そう言えばさ」
「ん、どうした?」
俺は顔を上げて彼女の方を見る。彼女は少し恥ずかしそうに片手で髪を弄りながら俺に訊ねた。
「その大会ってさ、い、いつあるの?」
「いつ? 来週の土曜日だけど……なんで?」
彼女は両手で髪を弄りながら、さらに恥ずかしそうに俯いて言った。
「お、応援って! 行ったらダメかな……?」
「……へ?」
思わず変な声が出てしまった。
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