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ある日突然、僕らは終末を告げられた

 ある日突然、僕らは終末を告げられた。


 終末までの期限は約一ヶ月。原因は今まで観測されなかった小惑星。これは今現在も変わらない速度で地球に近づいてきている。避ける(すべ)はないそうだ。


 落下地点は日本と予想されている。日本を脱出しても、舞い上がる塵で地球に氷河期が再来するから無意味だろう、と画面の中で専門家が難しい顔をして言っていた。つまりは、逃げるだけ無駄なのだ。どう足掻いても、地球上にいる限りすべての生き物は滅びる。

 某国の某機関が公開した映像が流れても、初めの数日は誰もまともに取り合わなかった。少なくとも僕こと渡部(わたべ)倫太郎(りんたろう)の周りでは。

 しかし夜空の一際明るい星が日々大きくなっているのを見て、ようやく一般市民もざわつきだした。近づく小惑星が大きくなるにつれ日に日に夜が短くなり、ざわつきは騒動、暴動へと変化していった。暴動は各地へと広まり、半月足らずでインフラはまともに機能しなくなった。


「きっとこうなるって思ってたわ。国民は羊みたいに大人しく従順だなんて言われてたけど、そんなわけない。明日が保証されなくなったら、誰も彼もやけっぱちになるに決まってる。羊の皮の下は狼がいるとはよく言ったものね。今のこの状況がいい例よ」


 備蓄した食料と水を僕に披露し、母は得意げに胸を張る。いい例、と母は言ったけど、地球は滅びるのだからこの例が次に生かされることはない。それは母も十分わかっているだろうから、僕は「先見の明があるね」とだけ返した。


 社会がまともに機能しない中、僕は毎日高校に通い続けた。中学時代に被っていたヘルメットを再び被り、高校まで徒歩で通学する。自転車に乗ると、暴徒に囲まれ引きずり倒され()()()()に遭うからだ。僕自身はまだそんな目に遭っていないが、登校中、大変な目に遭っている人を何度か見た。彼らに見つからないよう、僕は一人で行動し、今までの倍は時間をかけて登校した。


 学校の敷地に入れば安全だ。これが中学校や小学校だったらまた別だろう。あそこは暴徒が押し入ったせいで荒れ果てている。給食や食料が狙われたのだ。高校も、食堂のある高校はひどいことになったらしい。

 命からがら帰ってきた幼馴染みからそう聞いた。


 下駄箱前に来ると、靴を履き替えるかそのまま校舎に入るか悩む。

 クラスメイトの下駄箱には上履きもないが、スニーカーや指定靴もない。登校していないのか、それとも履き替えていないのか。少なくとも一人は来ているはずなんだけど。


 腕組みして悩んでいたら、不気味な笑い声とめちゃくちゃなピアノの音が聞こえた。あれは、僕が今思い浮かべてた『登校しているはずの一人』の声ではない。あれは地球が滅びることを受け入れられない音楽教師だ。

 彼女はまだ安全な部類だ。ピアノを弾いて笑って、時々泣くだけで他人に危害を加えない。ただし、近づいたり刺激しなかったらの話だ。音楽教師が鍵盤を叩くことに夢中になってる間に教室に行かなくちゃいけない。

 結局、僕はスニーカーのまま四階に上がることにした。


 教室のドアに手をかけて、ヘルメットを被ったままだったことに気づき、急いで脱ぐとボサボサの髪を整えた。ただでさえ普段からボサボサの髪が、ヘルメットを脱いだせいでさらにボサボサだ。

 手櫛で整えたって気休めにもならないのはわかってるけど、やらないよりマシだと信じてサッと髪を整えた。


 そっとドアを横滑りさせる。日差しが入って明るい教室の窓際に彼女はいた。出席番号二八番、本間(ほんま)日向子(ひなこ)さんだ。ちなみに僕の出席番号は四一番。


 自分の席にちょこんと座った本間さんは、今日も本を読んでいる。僕が入ってきたことに気づいて顔を上げると、肩の上で揃えられた髪で隠すように顔を伏せ、小さな声で「おはよう」と挨拶してくれた。僕も「おはよう」とぼそぼそ返し、廊下側一番後ろの自分の席に着く。

 鞄から読みかけの本を取り出して開く。チャイムが鳴るまでの間、僕らは一言も話さず読書に勤しんだ。


 自家発電に切り替わっているのか、学校のチャイムが響かない日はなかった。ただ、その音はかなり不気味に割れている。

 小惑星のニュースが嘘じゃないとわかった校長先生が放送室で暴れたから、放送機器が傷んでしまったのかもしれない。しかし仮にチャイムが通常通りに鳴ったとしても、僕ら以外の生徒は来ないしHRを始める先生もやって来ない。


 複数人の教師が学校に来ている気配はある。誰も授業なんてやらない。

 ふらふら学校を徘徊していたり、大きな声で意味不明なことを叫んだりしてるだけだ。彼らは驚くほど僕らに興味がない。もしかしたら、僕らがいる四階まで上がろうと思わないだけかもしれない。

 真面目に登校して、真面目に四階まで上がって、真面目に自分の席に着いているのは僕らだけだ。


 めちゃくちゃなピアノの音が止む。甲高い笑い声が廊下に響き、遠ざかっていく。しばらくは三階以下の階で走り回るだろう。

 静かでいい、と僕はさらにページをめくった。


 ちら、と本間さんを見る。本間さんも本越しに僕を窺い見ていた。

 目が合った僕らは互いに慌てて目を逸らした。本に戻した目を、そろりと本間さんへ向ける。本間さんも、本から顔を上げておそるおそる僕へ顔を向けたところだった。

 眼鏡越しの本間さんの目が丸く開かれる。本間さんは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせると、結局何も言わず本に向き直ってしまった。僕も、話しかけられないまま本と向き合った。

 時間割で定められた時間、僕らはこんな風に互いの様子を窺いながら本を読んで過ごしていた。


 下校の時刻になるとどちらからともなく立ち上がり、鞄を肩に掛け――あるいは背負って――教室を出る。

 話しかけることもしないまま、何となく歩調を合わせて校舎の外まで一緒に歩いた。

 校舎を出て、校庭を横切り、正門まで二人で歩く。僕は正門を出て左へ、本間さんは右へ曲がる。ここでも僕らは互いの顔を見る。

 本間さんが何か言いたげにもじもじしている。僕も、本間さんに「また明日」と言いたくて口を開こうと努力する。

 けれど結局、僕らは無言で別れた。


 右に曲がった本間さんがまた角を曲がって後ろ姿が見えなくなると、僕は大きなため息をついて家路に着く。

 終末になっても律儀に学校に通っている理由は、偏に本間さんに会えるからだ。入学式の日、友達どころか同じ中学出身の知り合いもいない僕は、自分の席で本を読んでいた。本間さんもまた、自分の席で本を読んでいた。僕らは本を読むという行為だけでなく、読んでいる本まで同じだったのだ。

 小説のワンシーンみたいな偶然だなと思って、それから本間さんが読んでいる本を気にするようになった。

 そのうち本間さん自身が気になるようになっていた。


 話しかけたい、と思ったことは数え切れないほどある。けれど読書の邪魔をするのは論外だったし、席に着いていないときの本間さんはいつも友達に囲まれていた。友達と談笑している本間さんの笑顔は眩しいくらい明るくて、見ているこちらがつられて笑みを浮かべてしまうほどだった。

 本間さんと違って、僕の周りには人が寄りつかない。中学時代、何もしていないのに「暗い」「キモい」「無駄にでかくて邪魔」「オタクっぽい」と女子から誹謗中傷を受けた。幼馴染みは「気にすんな」と笑い飛ばしてくれたけど、気にならないはずがない。

 掛けられた言葉は呪縛のように、僕の性格を掛けられた言葉通りねじ曲げていった気がする。ねじ曲がったままの性格は高校に入っても変わらず、幼馴染みすらそばにいなくなった僕に近づく人は誰もいなかった。


 こんな僕なんかに話しかけられても、本間さんは困るだろう。仮に話しかけて返事をしてもらえたとして、何の話題を振ればいい? 僕が提供できる話題なんて、今まで読んだ本か授業の内容くらいだ。面白くもない話題が続くはずもない。


 そうやって話しかけない理由ばかり考えうじうじ本間さんを見つめるだけの日々を過ごしていたら、こんな風に終末を迎えてしまった。

 十数年の人生ですでに指じゃ足りないほどの後悔があるけれど、一番の後悔は、本間さんと話す機会はいくらでもあったのに、勇気を出さず話しかけなかったことだ。

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