転生後の転機
気持ちが落ち込んだ奈緒の耳に、先生の声が届いた。
「はい、では今日はこれから外に出て魔法の演習を行います。後ろの人から移動をはじめてくださいね!」
先生に言われた通り、生徒たちはぞろぞろと移動を開始する。仲良くおしゃべりをしながら楽しそうに歩く生徒たちを、奈緒は羨ましそうに見ていた。
「……」
奈緒は立ち上がり、だれとも会話せずに生徒たちの波についていく。喧騒の中、奈緒だけが暗い雰囲気をまとっていた。だれも、奈緒の様子を気にも留めない。それはそうだろう、と奈緒は思う。だれがこんな暗い人間に話しかけようとするものか。自分がこんな人間を見たとしても、気にも留めやしない。もしかしたら、いじめようとさえするかもしれない。奈緒は自分にこんな暗い感情があったことに、少しだけ驚く。転生してから、奈緒は自分の心に異常を感じていた。自分が死を忌避できないことや、こんなにも暗い考えを持つことが、信じられなかった。もう自分は生き返るまでの自分には戻れないのでは。そんな考えが頭をよぎる。
『奈緒、大丈夫?』
あまりにも心配になったクリアは、奈緒に聞いた。
大丈夫。大丈夫だから。
『……そう』
強がっているのはわかっていたが、クリアはそれ以上を聞くのをやめた。
生徒の波に流されて、奈緒は校庭へとたどり着くことができた。
「はい、みなさん。整列してください! 二列縦隊でお願いしますね」
生徒の一番後ろにいた先生が、奈緒と同じような杖を持って生徒たちから見えやすい場所に立った。
「では、軽く魔法を使ってみましょう。広い校庭を効率よく使って、たくさん練習してくださいね。今日は……そうですね、攻撃魔法を使う人は私が出す的を、支援魔法を使う人は近くの人にかけてください。では、はじめ!」
先生が杖をふるうと、生徒たちの周りや校庭のいくつかの場所に、赤い丸がついた板が現れる。それを契機に、生徒たちは思い思いに散り、魔法を使っていく。燃えたり、光ったり、爆発したり、溶けたり。奈緒はその光景を恐ろしいと思った。もし、あれが人だったなら、どうなってしまうのだろうと。そんな想像をしてしまった。
「どうしたの、クリアさん」
「……先生」
一人魔法も使わずに沈んでいる奈緒に、先生がその顔を覗き込んだ。
「あなた、魔法は得意でしょ? それとも、今日は使えない理由でもあるのかしら?」
「……魔法が、怖いです」
奈緒は嘘をつきたくなかった。使えないものを使えると言ったり、理由があるのにないと言うのも嫌だった。だから、言い出すのに勇気は必要だったが、嘘をつかずに言えた。
「……あなたほどの魔法が使えたら、怖くもなるでしょうね。でも、大丈夫よ。魔法はあなたを裏切らない。あなたの思い通り、あなたの考えた通り発動するわ。だから、安心して?」
「……」
先生の慰めの言葉が嬉しかった。だからこそ、奈緒はさびしく思ったのだ。この言葉は自分に……奈緒に向けられたものではなく、クリアに向けられたものなのだと。そう痛感したからだ。
「私は……」
私は、クリムネア・スターライトではありません。神崎 奈緒っていう、どこにでもいる高校生です。私がクリアを殺して、乗っ取りました。
自殺する時のような心境で、奈緒はそう切り出そうとした。
……しかし。
「?」
親身に話を聞こうとしてくれていた先生が、急に不審な表情になって、奈緒がいるのとは反対側にある校門のほうを見た。それと同時に、奈緒の頭にも言葉が響く。朝、彼女が学校に入るときに聞いた、鈴のようなきれいな声だった。
『侵入者、侵入者。魔法使いではなく、一般人。魔法使用は控えるように』
その言葉を聞いて、奈緒は先生と同じ方向を見た。
そこには、集団がいた。奈緒がいた世界にはかなり普及している、『銃』という兵器で武装した、五十人ぐらいの集団。急な襲来と、おかしなものを携えた一般人の集団に、生徒はもちろん、先生も何をすればいいのかわからなかった。
「……あれは」
『何? あんなもので何をしようとしているの?』
あれはグロックだ。奈緒はなぜか、集団のうちの一人が持っている拳銃の一つを異様なまでに注視する。
『ぐろっく? 何それ?』
銃だよ。知らない?
『知らない。何するものなの?』
それは……
その続きを言おうとしたとき、集団のうちの一人が動いた。
「我々は貴様ら魔法使いに殺された家族の仇討に来た! すべての魔法使いに復讐する、それが我々の悲願である! その手始めとして、この学園の生徒、教師を皆殺しにする!」
そんな呪詛とともに、近くにいた生徒の一人に銃を向け――。
「やだっ!」
奈緒は引き金が引かれるその一瞬を、目を閉じたため見ずに済んだ。おもちゃのような乾いた銃声がし、生徒の頭から、大量の血液が流れ出る。
「……なっ」
生徒たちは大声をあげながら逃げたが、先生は違った。怒りに燃えた表情で杖を構え、目を閉じ、呪文を唱える。
「『炎』よ、『闇』よ、私の中の『悪意』よ! 貫く『炎』塊となり、我が愛する者たちの敵を貫き、焼き殺せ! 行け、『フレアランス』!」
先生が魔法の名前を叫ぶと、炎の槍が生徒を撃った人間に向かって飛んで行った。彼はその魔法の槍を避けようともせず、防ごうともせず食らった。
「え?」
まさかそのまま食らうとは思っていなかったのか、先生はそんな声を上げた。炎の槍を食らった彼は、悲鳴ひとつあげずに一瞬で炭化した。ぶすぶすという音と、肉のこげる嫌な匂いが、あたりに立ち込める。
「おおおおおお! 俺らも続け!」
叫び声とともに、武装した集団は逃げる生徒に向かって銃を乱射する。その光景は、まるで狩りのようだった。
『な、なんなのこいつら……! 奈緒、逃げて!』
クリアでもこの事態は対処できないようで、そう言うことしかできなかった。
「……」
奈緒はクリアにせかされても身動き一つできなかった。拳銃を向けられるたびに全身が硬直し、発砲音を聞くたびにたとえようもない恐怖が彼女を包んだ。
『どうしたの!?』
か、体がうごかない……。
体だけでなく、頭もほとんど動いてなかった。さっきからしきりに頭に響く銃声と、霞む視界。そして、かすみがかった記憶。
「クリアさん、逃げて! 私がここで持ちこたえるからっ!」
先生は魔法で応戦しながら、後ろにいる奈緒に叫んだ。奈緒に向かう銃弾を防ぎながら、殺さないように注意して、急いで魔法を撃つ。それでも、撃てるのは五秒に一回程度。
最初の銃声がしてから、まだ三十秒も立っていない。それなのにもかかわらず、逃げるために走った生徒の多くは撃たれ、倒れていた。死んだ者も多数いるかもしれない。その反対に武装した集団には、先生が倒した人間以外に人的被害は全く見られなかった。普段は魔法を使って超常の力をもてあそんでいるような生徒たちだが、亜音速で飛んでくる死に対しては強くなかった。
「何してるの! 早く逃げて!」
「せ、先生……! か、からだが……」
そう聞いた先生は、銃弾から奈緒をかばいながら、呪文を唱える。
「愛よ、『恋』よ、我が生徒よ! 教師である我が『説』く! 我が言葉に従い、逃げよ! 遠く果てまで逃げて、自らを守れ!」
魔法で何とか心を持ちなおそうとした先生だったが、効果はなかった。もはや奈緒の硬直は心の問題だけでなく、身体の問題でもあるのだ。
「……!」
先生は何を見たのか、急に奈緒のほうを向き、彼女を抱きしめ、そのまま押し倒す。
「……大丈夫よ、クリア。だから、逃げて」
奈緒が見たのは、悲痛な先生の表情。奈緒しか守れず、迫る集団を退けることもできず、ただ逃げろとしか言えなかった、教師の表情だった。
「……先生」
その直後、先生の背後で光がきらめき、爆発が二人を包んだ。




