転生する前の記憶
国立魔法・超能力学園の主だった特殊教室の中に、『魔法能力戦闘訓練室』――通称『戦闘室』と呼ばれる――という部屋がある。魔力の計測器や雑多な模擬装置などが立ち並ぶ、今や名ばかりの教室。ここで奈緒は初めての実技授業を受けることとなった。教鞭をとる先生を中心に、奈緒のクラスメイト達は円になって座っている。
「えー、では、まずは魔力の根源を調べましょう。どうやったら調べられるか、わかるかな? えっと、三笠君!」
先生が一人の男子生徒を指定した。指された生徒は、当たり前のように奈緒のほうにちらりと視線を向け、答える。
「えっと……前世の因果と今世の因果が、魔力の根源です」
「その通り! ちなみに私の前世の因果は『闇』『恋』『炎』で、今世の因果が『悪』『説』『恋』『炎』です」
奈緒はその説明を聞いても、まるで理解ができなかった。
『因果、っていうのは運命のようなもの。過去、現在、未来、すべてを通して象徴することのできるあらすじのようなもの。先生なら、前世は『暗いけど、燃え上がるような恋をした』っていう意味』
当然のように、クリアが解説をしてくれる。それでも、奈緒には噛み砕いてしか理解できなかった。
占いみたいなもの……?
『占い、っていうのが何かは知らない。正直なところ、因果の理解はまだ先でいい。今は、因果を知る必要がある』
どうやって知るの?
『それを今からやる』
クリアがそう奈緒の頭でささやくとほぼ同時、先生がみんなに号令を出した。
「では、みなさん。因果魔法を使って、自分の因果を調べてください」
その号令で、奈緒のクラスメイトは一斉に目を閉じる。すると、彼らの体はまばゆい光を放った。
『私の指示通り、言葉を心に思って。そうすれば、あなたの因果を知れる。前世の因果が。今世の因果は、私が肩代わりするから』
わ、わかった。
奈緒はうなずくと、目を閉じて奈緒の言葉に耳をすませる。心に直接響いているので実際には、そんな必要はないのだが。
『我因果をつかさどるもの』
われ、いんがをつかさどるもの
『因果を知り、魔の力、その根源を知るものなり』
いんがをしり、まのちから、そのこんげんをしるものなり
『根源を、今、古き記憶とともに……』
こんげんを、いま、ふるききおくとともに……
奈緒は、自分の意識が遠くのなるのを感じた。
奈緒が住んでいた町が、奈緒の視界いっぱいに広がる。
「……ここは……」
視界は奈緒の意思とは無関係に動き、移動する。最初は鳥瞰図のような街の風景が次第にミクロな視線になり、最終的は人の……もっと言えば、奈緒の視線の高さで止まった。視界が右を向く。そこには、奈緒が十六年間過ごした家があった。
『あなたの両親は早くに他界し、あなたは両親の今わの際の言葉を守り続けて生活していた……』
奈緒の心で、奈緒の声が響く。
『あなたは嘘をつくことを良しとせず、だれよりも『誠実』であろうとした……』
『あなたの最初の因果は、『誠実』』
また、声が響く。ここでようやく、奈緒は因果を知るということはどういうことか理解した。
自分の人生を司る『モノ』。それが、因果。そう奈緒には感じた。
『二つ目の因果……』
視界は日常の風景を映し出す。奈緒と、友人と、そして片思いの恋人とが仲良く帰宅しているシーンだ。奈緒は笑い、友人と話している。友人もほほえみを絶やすことはない。恋人も、奈緒にやさしく話しかけている。奈緒は恋人に話しかけれるたび、胸が高鳴るのを感じていた。
『あなたは『やさしい時間』を過ごしていた。時の流れはなだらかで、このまま時間が止まればよいと思っていた……』
『あなたの二つ目の因果は、『時』』
視界は、突如として暗くなる。ここはどこかわからない。ただ真っ暗だ。何も見えない。たが……奈緒は、得体の知れぬ恐怖を感じていた。
『あなたは突如として不幸に見舞われた。知りたくない記憶。思い出したくもない『苦痛』。それらすべては、未だあなたの中にある……』
『あなたの最後の因果は、『苦痛』』
その声を最後に、奈緒の意識は今世に戻った。
「……」
奈緒は目を薄く開けた。視界が少しにじんでいる。友達や片思いの恋人に会えたからだろうか。たとえ、記憶の中のことでも、たとえ、声は聞こえなくとも。それでも、奈緒は嬉しかった。胸の前で手を祈るように組むと、記憶を慈しむように反芻する。
『あなたの今世の因果は『万能』『終焉』『幸福』『転化』。今世の記憶を、あなたが見ることはできないみたい。逆に、前世の因果を私が見ることはできない』
……クリア。
頭に響く声を聞いて、奈緒は自分が転生したことを再確認した。自分は死んで、生き返った。その認識は奈緒の心に重いものとなっている。そんな中、前世の……つまり、昨日までのことを思い出したのだ。辛くなるのも仕方ないだろう。
『大丈夫?』
大丈夫。だから、魔力の根源って、知って何か意味あるのか教えて。
つらい気持ちを押しのけて、奈緒はクリアに聞いた。今はとにかく、なんでもいいから話をしてほしかった。死ぬ前のことを、思い出す前に。
『……わかった』
クリアは身を切るような奈緒の気持ちを感じとり、話を始める。時を同じくして、前にいる先生が根源についての説明を始めるが、奈緒はそれを聞き流した。
『根源は、魔力のもとになる『性質』のこと。根源によって、魔法の性質が変わる。あなたの場合なら、『誠実』『時』『苦痛』『万能』『終焉』『幸福』『転化』。どんな魔法が使えるかは、あなたの実力によって変わる』
……ふうん。
『生まれつき攻撃魔法が使えない魔法使いや、支援魔法が使えない魔法使いがいるのは、このせい。あなたの場合は、どんな魔法でも使える。あなたは、運がいい』
……そう。
運がいいなら、なぜ私はここにいるのだろう、と奈緒は思った。
運がよければこんなところに私はいない。本当に運がよければ今でも私は普通の女子高生やってるはずなんだ。……それなのに。
クリアは奈緒の中に黒いものがたまるのを感じた。




