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転生する前のこと

 「い、いえ……その、ものすごいあだ名があるって……聞いたので」

 「そう。ちなみに、あなたの、じゃなかった、クリアのあだ名は『知神』よ」

 「……それも、教えてくれました」


 奈緒は真登香と話しながら、不思議な感覚を味わっていた。何も知らないはずの真登香と、全てを知っているクリア。両者の認識の差は天と地ほどかけ離れているはずなのに、奈緒に接する態度はほとんど同じだった。それが彼女には不思議だった。


 「そう。優秀なインテリジェンスロッドね。……本当に、杖がしゃべってるのかしらね、くすくす……」

 「……?」

 

 言われている意味がわからず呆けていると、真登香は意外そうに目を見張った。


 「へえ。今の鎌かけだったんだけど……引っかからなかったわね。日に日に演技が……って、これ言われるの、嫌だったね、そう言えば」


 ますます、奈緒は言われている意味がわからなかった。ここまでくると、不思議を通り越して不気味にすら思えてくる。


 「……その、次の移動は……どこへ行けば」

 『結構大胆に聞くのね。今までの会話の流れぶった切るなんて。そうそうできることじゃないわ。……よほど、真登香と話すのが嫌なのかしら?』

 そういうわけじゃないよ。

 『じゃあ、どういうわけ?』

 ……みんな、もう移動を始めてるから。


 奈緒は教室の入り口へと目を向けた。彼女の視線の先では、何人かの生徒が級友たちと歓談しながら教室の外へと移動している最中だった。


 「次の移動? ……えっと、確か魔法・超能力科は第二戦闘室だったかな?」

 「第二……戦闘?」

 

 奈緒は呆けた様子で言った。


 「ええ。戦闘するための部屋だけど……今は、計器だらけで戦闘も何もないけどね」

 「え? それじゃあどうしてそんな名前に……」


 その疑問は、二人が同時に答えてくれた。


 「まあ、歴史って奴よ」

 『昔は生徒同士の模擬戦室だったんだけどね、十年前に生徒同士が本気で殺し合いして、それから模擬戦は中止になったの。今は、魔力測定器とか、超能力判定器とか、そんな愚にもつかないようながらくたで溢れてるわ』

 そんな言い方……

 『事実を事実として言って何が悪いの』


 あまりにきっぱりとした言い方に、奈緒はそれ以上言うのをためらった。これ以上話せば、あまり悪口は言わないでおこう、なんていう奈緒の価値観さえも切り捨てられそうだったからだ。


 「歴史……ですか。悲しいですね」

 「そうね。ま、すぐなれるわ。すでになれてるかもしれないけど。じゃあね、奈緒さん」

 「はい」


 奈緒はうなずくと、立ち上がった。ぞろぞろと教室を出て行く生徒達の後ろに頼りない足取りでついて行く。


 「不安だなぁ……」

 『すぐ慣れる。大丈夫だから。それに、いやだったら生徒会長のところへ行けばいい』

 

 奈緒は朝に読んだ小冊子の一文を思い出していた。確かに、その人を頼ればこの世界から出ることができるかもしれない。でもそれは、ひどく残酷で、最悪な方法にしか思えないはずなのだ。少なくとも、元の奈緒にとっては。


 「……」


 だからこそ奈緒は、そんな方法を簡単に推奨してくるクリアに、そしてそれを忌避できない自分に疑念を抱かずにはおれなかった。


 私、どうしちゃったのかな……

 

 自分の胸に手を当ててみる。トクン、トクンとかわいらしく脈を打つ自分の胸。自分のものではない。元の自分は、もういない。元のからだは、もう亡くなった。


 「……あれ」


 ふと、奈緒は疑問に思う。自分のからだは、どうしたのだったか、と。なんで自分は死んでしまったのだろうか、と。忘れたのか、覚えていないのか。

 『ちょっと、奈緒』

 え?


 いきなりクリアに呼ばれて、奈緒ははっとなる。


 ど、どうしたの?

 『どうしたもこうしたも、意識半分トびかけてた。何かあった?』

 ううん、なんにも……ないと思う。

 『……嘘はいけない』

 うそじゃないよ。

 『……そう』


 無関心なクリアの心が、今の奈緒には心地よかった。なぜか、クリアに聞かれたとき、奈緒の頭はほう、と霞んだのだ。まるで、世界が離れていくような、そんな感覚だった。その原因を、奈緒は推測することができなかった。


 「……」


 大事なことなら思い出すだろう、そう思って、奈緒は級友のあとに続く。

 

 リノリウムの廊下に、生徒たちの話し声と、足音が響く。幸せそうに歓談する級友たち。頬を赤らめて睦みあう恋人同士。その輪に、奈緒は加わることができない。ほんの最近まで、彼女には級友も、片思いの恋人もいたのだ。

 ……だが……。


 「みんな……」

 

 小さく、かすれるような声でつぶやく。ワイワイとやかましいくらいにおしゃべりに花を咲かせている級友たちが、その今にも消え入りそうな言葉を聞きとれるはずがなかった。


 『どうしたの?』

 ……みんなのこと、思い出しちゃって。

 『何かあったの?』

 それは……


 何があったか、思い出そうとする。しかし、奈緒の頭は呆けたように霞がかって、通常の働きをしない。


 『……わかった。何も聞かない。だから、落ち着いて』

 うん、わかった。


 クリアのその言葉を契機にしたかのように、奈緒の頭は晴れていく。しばらくすると、頭に靄がかかっていたことさえ、彼女は忘れてしまった。


 じゃ、いこうか。

 『ええ』


 何かある。そうクリアは見当をつけたが、詳しいことは何一つわからず……結局は、奈緒自身の口から話してもらうほかないと思ったのだった。

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