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最後のお話~二つの世界にまたがって~

 「ね、真登香。明日で三週間だよ」

 「ん、そうね」


 奈緒の家の奈緒の部屋で、真登香と奈緒と二人はお互いリラックスして各々好きに過ごしていた。奈緒はベッドの上で魔法の本を、真登香はソファーの上で漫画をそれぞれ読んでいた。


  クリア、魔力のほうはどう?

 『問題ない。潤沢にある。今なら世界を滅ぼしても魔力を使い切らない』

 あはは、そんなにいらないよ。


 最後の一週間になってようやく手にした魔力の供給方法。そのおかげで、奈緒はこうして楽しく真登香と過ごせているわけだ。もしその方法を見つけていなければ、今頃奈緒は泣き叫んでいたかもしれない。


 「今までありがとね、真登香」

 「何よ、急に」


 奈緒は魔法の本をぱたりと閉じるとベッドから降りた。


 「私、自分の世界に行ってみるね」

 「……帰ってくる?」

 「すぐにね」


 奈緒はきっぱりと言った。今、奈緒にはここがある。しかし、もとの世界に奈緒の居場所はないのだ。戸籍はおろか、友達も奈緒の想い人も、今の奈緒を奈緒と呼ぶのには抵抗があるだろう。それならば、一目だけ見て帰ろう。そう奈緒は考えていた。


 「じゃ、ちょっと行ってくるね」 

 

 そう奈緒が言って杖を虚空から取り出すと、真登香は可笑しそうにぷっとふきだした。


 「どうしたの?」

 「いや、何も。ああ、やっぱり奈緒だなって」

 「え?」

 「クリアは魔法を使って異世界の神様と契約するときでも、そんなふうに買い物行くような気軽さで言わなかったもん。やっぱり奈緒って独特だね」

 

 奈緒はなんだかうれしくなった。真登香が自分を認めてくれたような気がしたからだ。


 「ふふ、ありがと。じゃ、行ってくるね」


 奈緒は杖を上に掲げると、それに自身の魔力を大量に放出する。二秒ほどでそれは恐ろしいほどの密度に増し、集まった魔力は少しずつ時空をひずませていく。

 

 魔法の本いっぱい読んだけど、これが一番。

 『ちゃんとした魔法も使えるようにならないとね。奈緒の因果は結構汎用性高いんだから』


 そういうクリアの声色はどこか嬉しそうだった。まるで、姉が妹に対して言うような感覚。


 ふふ、私はこれでいいの。


 一層魔力が強まると、時空のひずみも大きくなる。


 世界ってどうやって移動するの!?

 『よく見て考えて』


 奈緒は言われた通り、時空のひずみの奥を見る。いろんな映像の円が、白い何もない空間に散らばっていた。

 

 あれが世界?

 『おそらく。あなたの世界を選ぶのは至難の業だけど』

 やって見せる!


 「『我『誠実』なる魔法使い。我は望む。『万能』なる我が力もて、我が望み、我が大願を成し遂げたまえ!』……えきゃ!?」


 魔法を唱え終わったと同時、奈緒の体は時空のひずみに吸い込まれた。それと同時に、奈緒の部屋にあったひずみは音も立てずに閉じた。


 な、なにここ!?

 『魔法使いとしては及第点。でも、あなたレベルの魔力を持つ人間の魔法詠唱とは言えないわね。ちなみに身内びいき込々での評価ね』

 え、厳しくない?


 奈緒の体は動かそうにも動かず、一定の速度を保ちながら一つの場所に向かっている。


 『これでも甘い方。もしあの呪文詠唱を学園の教師が聞いたら間違いなく落第点を与えるはず』

 うう……だから、私はただ魔力流すほうが好きなんだよなぁ……。

 『普通の人はそれができないんだけどね。もうすぐでつくみたい』


 奈緒が視線を進行方向に向けると、だんだんと近づく映像の円があった。


 え、あの世界が私の故郷なの?

 『さっきあなたが魔法を唱えたじゃない。詠唱は酷かったけど、結果だけ見たら世界最高峰。誇っていいと思う』

 あはは……


 奈緒は魔法に関してだけは素直に喜べなかった。何をやってもこれはクリアの体だから、で説明がつくからだ。


 『……あなたの世界に帰ったら、まずは何をする?』

 そう……ね。まずはやっぱり……

 『復讐?』

 それもいいかも。なんてね。しないよ、復讐なんて。


 奈緒は冗談めかして言った。それとほぼ同時、奈緒の頭が目的の円に触れ、奈緒はいきなり外に放り出される感覚を味わった。驚いて思わず目を閉じた。再び目を開けると、広がるのはコンクリートの地面。


 「うわっ!」


 奈緒はあわてて魔力の層を手にまとい、落下のダメージを軽減した。ゆっくりと立ち上がると、用心深く周囲を見回す。


 「……ここは」

 

 よく見知った街並み。十六年間住み続けた街の様子が、奈緒の眼前にあった。


 「……帰ってきたんだ」


 奈緒はきょろきょろとあたりを見回す。探していた自分の家はすぐに見つかった。あわてて駆け寄ると、塀の表札を確認する。


 「……」


 そこには当たり前のように『神崎』という木製の表札がかけてあった。奈緒は自分の頬に温かいものが流れるのを感じた。


 「……キミ、だあれ?」

 「え?」


 後ろから声をかけられて、奈緒は振り向く。少し警戒態勢だったのは、自分が死んだ世界だからだろうか。しかし、声の主を確認すると、奈緒の警戒は一気にほぐれる。


 「……あ」

 「どうしたの? ……奈緒に何か用なの?」

 

 奈緒は首を振った。その人物は奈緒が生前よく知る友達……由香里だった。


 「じゃあどうして?」

 「由香里に会いに来たの」


 見知らぬ他人に名前を言われ、彼女は目に見えて警戒する。


 「……奈緒を殺した奴の仲間?」

 「違う。私は奈緒なの」

 「ふざけないでくれる? あんたどこの子? 名前は!?」


 由香里は真剣に怒っているようだった。奈緒は嬉しい反面、悲しくもあった。


 「わ、私の名前は神崎奈緒!」

 「ふざけないでって言ってるでしょ! あの子はもう!」

 「……由香里、私の死体、見れた?」


 由香里はさらに不快な表情を見せた。

 

 「何言ってんの!? 私は奈緒の友達でしかないから、家族以外は」

 「棺の中見た?」

 「……」


 由香里はきっと葬式に参加している。奈緒はそう確信していた。だから、奈緒はとにかく信じてもらおうと、奈緒しか知らないはずのことを言っていく。


 「そもそも、棺、ちゃんとあった?」

 「……なんで、あなた」

 「警察の人、なんて言ってた?」

 「警察? ……確かに、来てたけど……」


 由香里はどんどん、目の前の少女に疑問を持って行った。


 「私、殺されたんだよ。知ってる?」

 「し、知ってるよ! なんなのあなた、いきなり現れて奈緒を名乗って!」

 「私は、奈緒なの。私、嘘はつかないよ、絶対に。お父さんとお母さんに言われたんだもん」


 その言葉が、由香里の中の疑問を変えていく。奈緒のふりをしただれか、から、もしかしたら奈緒かもしれない誰か、に。


 「……本当に、奈緒? あなたの、好きな人は?」

 「優だよ。告白しなかった理由は、彼女がいるかも知れなかったから。で、どうなの? 参列に彼女とか、来てた?」

 「う、ううん。それらしい人は来なかったよ」


 思わずそう返して、由香里はハッとなった。


 「……なんで、とか、今まで何してたの、とかは聞かない。聞かないけど……」

 「何、由香里」

 「……ごめん。あの日、せめて私が一緒に帰ってあげてれば……」

 

 悔しそうに、彼女は涙を流した。ずっと、今までそれが由香里を苦しめていたのだろう。


 「大丈夫。私は……」

 

 奈緒は、今まで誠実に生きていこうと努力していた。ずっと、ずっと。たとえ友人に疑われそうになった時も、今でさえ。けれど、奈緒は。


 「私、意外とあっさり死ねたから。何も、由香里が心配するようなことはないから」


 奈緒はにっこりとほほ笑んで、そう言ったのだった。自分が由香里を苦しめるような事実を告げるくらいなら、嘘をつこう。たとえ誠実で無くなっても、友人を苦しめる友人にはなりたくないから。


 「……ホント? ……奈緒にそれを聞くのは、おかしいよね。奈緒、嘘ついたことなかったのに」

 「うん。私、これで安心していけるよ」

 「どこへ?」

 

 奈緒はにっこりと笑った。想い人……優の姿も見ておきたかったが、そんなことをしたらこちらの世界にいたくなってしまう。それではだめなのだ。


 「この体の世界へ。私、この世界に居場所ないから」

 「あるよ! 私が、優が! 絶対にあなたの場所を作って見せるから!」

 「……ごめんね」


 奈緒は、一瞬だけ心がぐらりと揺らいだ。けれど、奈緒は二人のために、この世界を去ることを決意した。


 「……『世界よ』」


 奈緒は杖を天に掲げると、短く、力強く詠唱した。一瞬ですさまじい量の魔力が空中へとはなたれ、時空をひずませる。奈緒は来た時と同じようにそこへ入ると、由香里が入ってこれないようにあわてて閉じた。


 「……由香里、優……」

 『……あなたが望むなら、あの世界にいてもよかったのに』

 「ダメ、ダメなの! 私は人殺しで、真登香とは一緒にいれるけど、普通の人とは一緒にいれないの! 私は、私を殺した人たちと同類だから……」


 奈緒は何度も嗚咽をこぼしながら、再び帰る魔法を唱える。


 「私はもう、あの中には入れない……ずっと、クリアの世界で生きていくの。人殺しだから。罪を犯したから。嘘もついてしまった。あの人たちと一緒にいていい理由なんて、何もないの。だから……」


 うわごとのようにつぶやきながら、奈緒は時空を漂う。


 『……気にする必要なんてない。嘘なんて誰でもつくし、人殺しだって、自己防衛の後払いみたいなもの。あなたに罪はない。だから、あの人たちと一緒にいても……』

 「それでも、あの人たちは『本当にこの子は奈緒なのか?』って疑問を常に持ち続けるんだ! もしふとした拍子に、あの人たちが私を私じゃないって言い出したら! そうなったら本当に私は……!」


 奈緒の叫びは、最後は声にすらなっていなかった。


 『……奈緒。気持ちは……よくわかった』

 「……ありがと」


 ひとしきり叫び終わると、奈緒は少しだけ吹っ切ったような顔になった。


 「……ただいま」


 時空のひずみを抜けると、来る前と同じく、真登香がソファーで漫画を読んでいた。


 「お帰り。友達とは会えた?」

 「うん。変わってなかった」

 「ふうん。なんで向こうにいつかなかったの?」

 「……あの人たちと私はもう、違う世界の住人だから」

 「……そう。これからよろしくね、奈緒」


 真登香はそっけなさそうに言った。けれど、その視線は奈緒をしっかりと見つめていた。


 「うん。よろしく、真登香」


 奈緒はそういうと、先ほどと同じようにベッドにの転がり、魔法の本を開いた。


 クリアも、よろしくね

 『……わかった。よろしく』



 奈緒は一度目を閉じ、静かに涙を流した。

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