第一話 選ばれなかった男
第一話 選ばれなかった男
鈍い衝撃が身体を突き抜けた。
甲高い金属音。
誰かの悲鳴。
宙へ投げ出される感覚。
視界が白く染まり――。
⸻
「……生きてる?」
誰かの震えた声で目を覚ました。
鼻をくすぐるのは木材でも鉄でもない。
甘い香のする香木。
冷たい石畳。
ゆっくりと身体を起こすと、そこは豪奢な広間だった。
高い天井。
色鮮やかなステンドグラス。
赤い絨毯の先には黄金の玉座。
左右には白銀の鎧を纏った騎士たち。
そして、自分と同じように戸惑う男女が大勢いた。
「ここ……どこ?」
「電車は?」
「夢だろ……。」
数えてみると四十数人。
全員、列車に乗っていたはずの乗客だった。
俺は立ち上がり、無意識に肩や腰を動かす。
骨に異常はない。
呼吸も問題ない。
――祖父の教えだ。
『生き残ったら、まず身体を調べろ。敵は待ってくれん。』
自然と苦笑が漏れる。
「じいちゃん。死んでも説教だけは聞こえてくるんだな。」
その時だった。
ゴォォォン……
鐘の音が響く。
玉座の奥の扉が開いた。
王冠を戴いた老人。
その後ろには豪奢な法衣を纏う神官たち。
そして一人の少女。
純白の法衣。
透き通る銀髪。
年の頃は十六、七ほど。
彼女が姿を見せた瞬間、広間の空気が張り詰めた。
大神官と呼ばれる少女は静かに目を伏せている。
「勇者諸君。」
王がゆっくりと口を開いた。
「よくぞ、この世界へ来てくれた。」
ざわつく広間。
王は続ける。
「この世界は魔王によって滅びの淵にある。」
「我ら人類では魔王を討つことができぬ。」
「ゆえに異世界より勇者を召喚した。」
誰かが叫んだ。
「ふざけんな! 帰せ!」
「そうだ!」
「勝手に連れてくるな!」
当然だ。
俺だって同じ気持ちだった。
だが王は眉一つ動かさない。
「帰還の魔法は失われて久しい。」
広間が静まり返る。
「諸君らには、この世界で勇者となり魔王を討ってもらう。」
一人の青年が手を挙げた。
「魔法が使えるなら軍隊が魔法を使って倒せばいいだろ!」
王は首を振る。
「魔法は魔王には効かぬ。」
「聖なる魔法と魔王の魔力は互いに打ち消し合う。」
「ゆえに最後は剣で斬り、槍で貫き、拳で倒すしかない。」
騎士たちが一斉に武器へ手を添える。
なるほど。
だから甲冑なのか。
だからこの世界には騎士がいる。
「魔王軍も同じだ。」
「魔族も武器と肉体で戦う。」
王は玉座の横へ手を向けた。
そこには祭壇があった。
剣
槍
刀
棍
斧
大鎚
双剣
鎖鎌
弓
見たこともない様々な武器まで並んでいる。
「神器。」
神官が厳かに告げる。
「神器は主を選びます。」
「選ばれた者は、その武器を極めし勇者となるのです。」
一人目が呼ばれた。
青年が祭壇へ向かう。
剣に触れた瞬間。
眩い光。
「剣の勇者。」
歓声が上がる。
続いて。
「槍の勇者。」
「刀の勇者。」
「斧の勇者。」
次々と武器が主を選んでいく。
歓喜する者。
泣き崩れる者。
誇らしげに武器を掲げる者。
そして、俺の番になった。
祭壇へ歩く。
自然と武器へ目が行く。
どれも良い造りだ。
重心も悪くない。
剣も。
槍も。
刀も。
祖父なら何と言うだろう。
『武器なんざ身体の延長でしかない。』
俺は少し笑ってしまう。
祭壇に手を置いた。
その瞬間だった。
カタ……
剣が震えた。
「……?」
続いて槍が震える。
刀も。
斧も。
双剣も。
祭壇中の神器が一斉に微かに鳴動した。
神官たちが息を呑む。
「なんだ……?」
騎士たちがざわめく。
神器はまるで互いに譲り合うように震え続け――
やがて。
すべての光が消えた。
静寂。
誰も動かない。
王が眉をひそめる。
神官たちも困惑している。
やがて王は少女を見る。
「大神官よ。」
銀髪の少女は静かに祭壇へ近付く。
両手を胸の前で重ね。
目を閉じた。
祈り。
長い沈黙。
そして彼女はゆっくりと目を開いた。
どこか悲しそうな表情で。
静かに告げる。
「……神託。」
広間中が息を止める。
「該当する神器はありません。」
空気が凍った。
「この方は資格者では……ありません。」
ざわめきが一気に広がる。
「選ばれなかった?」
「そんなことあるのか?」
「役立たずじゃねぇか。」
王の目から温情が消える。
「異世界人よ。」
「そなたは勇者ではない。」
「故に我が国に留め置く理由もない。」
あまりにもあっさりした言葉だった。
俺は肩をすくめる。
「歓迎してた割には、ずいぶん現金なんですね。」
広間が静まり返る。
王の表情が歪む。
「……無礼者。」
「城外へ追放せよ。」
騎士が近付く。
俺は抵抗しなかった。
抵抗しても意味がない。
今はね。
城門が重い音を立てて閉じる。
手元には粗末な旅袋。
銀貨が数枚。
身を守るすべもない。
「異世界初日でホームレスか。」
思わず笑ってしまう。
祖父なら怒るだろうか。
『笑えるうちは負けじゃない。』
その言葉を思い出しながら森へ向かう。
夕日が木々を赤く染めていた。
その時だった。
空気が変わる。
背筋に冷たいものが走る。
――殺気。
「ほぅ……。」
思わず口元が緩む。
「歓迎会の二次会ってわけか。」
風が鳴る。
黒装束の男が木陰から飛び出した。
短剣が一直線に喉を狙う。
だが俺は半歩だけ踏み込む。
振り下ろされる刃に合わせ、左手がわずかに動く。
――小穿。
刃筋を外しながら相手の懐へ滑り込む。
短剣は空を切り、男の重心がわずかに浮いた。
その隙を逃さず、静かに両手を男の胸へ添える。
――捕鼠。
ゴフッ!
男の身体は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち、
口から血を流し痙攣している。
息はかろうじてあるようだが…
半年もすれば動けるさ……たぶんな。
「まずは一人。」
左右からさらに二人。
俺はため息をついた。
「じいちゃん。」
腰を落とし、静かに構える。
「やっぱり、あんたの教えは間違ってなかったみたいだ。」
森に、拳が風を裂く音だけが響いた。




