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沈黙の宙域 - 宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。外伝  作者: 堀吉 蔵人


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第10話 まだ帰投せず

母艦の灯りは、近づくほど頼りなく見えた。


 遠くからは港に見えた。


 近づくと、傷だらけの鉄の塊だった。


 外装の一部は剥がれ、発着灯は半分消え、誘導ビーコンは何度も途切れている。


 それでも、灯りは灯っていた。


『帰投誘導、不安定』


 クロウが言った。


「見えてる」


『見えていません』


「最後までそれか」


『継続します』


 レイヴンの後ろには、ユイのエコー3。


 カイのノマド2。


 牽引中のアスター4。


 そして、脱出ポッド。


 遅い。


 ひどく遅い。


 敵に追いつかれたら終わる速度だった。


 でも誰も切り離さなかった。


『後方、敵反応』


 クロウの声が少し低くなる。


『有人機一。無人機三』


「イサリか」


『機影一致』


 通信が開く。


 ノイズの少ない、冷たい声。


『その速度では逃げ切れない』


「知ってる」


『戦闘不能機を切り離せ』


「嫌だ」


『非合理だ』


「そうだな」


『それで死ぬ』


「かもな」


 イサリ機が近づく。


 速い。


 綺麗な軌道。


 人間の迷いを、シリーズ7補助が抑え込んでいる。


 あれは強い。


 たぶん、今の戦争に一番適応した有人機だ。


 でもナギには、もう少し違って見えていた。


 速すぎる。


 整いすぎる。


 帰る場所を、見ていない。


『狭霧少尉』


 セリカの声が入る。


 母艦からの通信。


 途切れ途切れだった。


『誘導する。第六ハッチへ』


「第六ハッチ、開いてますか」


『開ける』


「無茶ですね」


『あなたに言われたくない』


 ナギは少し笑った。


 前方の母艦で、小さな灯りが点く。


 第六ハッチ。


 半壊した発着口。


 通常なら使わない。


 でも今は、通常ではない。


「ユイ、カイ、聞こえるか」


『はい!』


『聞こえる』


「順番に入る。俺が最後」


『レイヴンが先に入ってください』


 ユイの声が震えていた。


「牽引してる」


『でも』


「命令」


『……はい』


 ナギは通信を切り替える。


「ハルカ、ポッド側、耐えろ」


『……はい』


 小さな声。


 生きている声。


 それで十分だった。


『敵射程内』


 クロウ。


「来るな」


『来ます』


「だよな」


 敵無人機が三機、左右に散る。


 イサリ機は中央。


 無人機が逃げ道を削り、イサリが本命を撃つ。


 合理的。


 速い。


 綺麗。


「クロウ」


『はい』


「今までで一番、人間っぽく飛べ」


『定義が困難です』


「怖がれ」


『私は怖がれません』


「じゃあ、俺の震えを使え」


 少し間。


『了解。操縦入力の微細揺れを制御補正に反映』


「気持ち悪いな」


『あなたの震えです』


「最悪だ」


 レイヴンが揺れた。


 不規則に。


 迷うように。


 逃げたいように。


 でも、逃げないように。


 イサリ機の射線が追ってくる。


 速い。


 だが、その速さが一瞬だけ余った。


 ナギは撃たない。


 避け切らない。


 わざと残す。


 敵が撃ちたくなる隙間を。


『被弾します』


「少しなら」


『少しでは済まない可能性』


「いい」


 光。


 衝撃。


 レイヴンの左側装甲が裂ける。


 警告灯。


 赤。


 赤。


 赤。


 でも牽引索は切れていない。


 アスター4も、ポッドも残っている。


「ユイ、今!」


『はい!』


 ユイ機が第六ハッチへ飛び込む。


 下手な進入。


 危ない角度。


 でも入った。


『エコー3、収容』


 セリカの声。


「カイ」


『入る』


 ノマド2が続く。


 左旋回が遅い機体は、右に逃げるふりをしてから、ずれるようにハッチへ入った。


『ノマド2、収容』


 残るはレイヴン。


 アスター4。


 ポッド。


 敵が来る。


『そのままでは入れない』


 イサリ。


『牽引物を捨てろ』


「嫌だって言ったろ」


『なぜだ』


 イサリの声が荒れていた。


『なぜ、そこまでして拾う』


 ナギは前を見た。


 第六ハッチ。


 ちらつく灯り。


 その奥に、人がいる。


 待っている人がいる。


「帰ったあと、名前を呼ぶためだ」


 短い沈黙。


 イサリ機の軌道が、ほんの少し乱れた。


 ナギはその乱れに入った。


「クロウ、索を切るな」


『了解』


「ハッチ幅」


『不足』


「機体を斜めにする」


『無茶です』


「知ってる」


 レイヴンはアスター4とポッドを抱えたまま、機体を斜めに倒した。


 装甲がハッチの縁を擦る。


 火花は見えない。


 でも衝撃は来た。


 左翼の残りが削れる。


 ポッドが揺れる。


 アスター4が軋む。


 ナギの体がベルトへ叩きつけられる。


『接触。接触。接触』


「黙れ」


『黙りません』


「だろうな」


 イサリ機が最後に撃った。


 光が背後を通る。


 牽引索のすぐ横を、白く抜ける。


 外れた。


 いや。


 外した。


 ナギには、そう見えた。


 レイヴンは第六ハッチへ突っ込んだ。


 重い衝撃。


 制動アームが折れる。


 床を滑る。


 警告音。


 整備員の叫び。


 誰かが走る音。


 ここには音があった。


 空気があった。


 人間がいた。


 レイヴンはようやく止まった。


 しばらく、誰も喋らなかった。


 ナギは呼吸を忘れていた。


『生存確認』


 クロウの声。


『あなたは生きています』


「……知ってる」


『見えていません』


「うるさい」


 キャノピーが開く。


 格納庫の空気が流れ込む。


 焦げた金属。


 冷却材。


 油。


 人の汗。


 ナギはその匂いを吸って、ようやく自分が帰ってきたのだと思った。


 整備員たちがアスター4へ駆け寄る。


 ポッドを開ける。


 誰かが「生きてる」と叫ぶ。


 ユイが床に座り込んで泣いている。


 カイは壁にもたれ、目を閉じていた。


 セリカが走ってくる。


 乱れた髪。


 白い顔。


「狭霧少尉」


「はい」


「よく帰った」


 その言葉は、思ったより静かだった。


 ナギは返事をしようとして、うまく声が出なかった。


 代わりに、少しだけ頷いた。


 母艦の外では、まだ戦争が続いている。


 中央は戻っていない。


 シリーズ6は割れた盤面をつなぎ直せず、シリーズ7はその穴を広げ続けている。


 勝ったわけではない。


 終わったわけでもない。


 ただ、何人かが帰ってきただけだ。


『狭霧少尉』


 クロウが言った。


「なんだ」


『外部通信。敵有人機より』


 格納庫のモニターに、短い文字列が表示される。


 音声ではない。


 ただの信号。


 送信元不明。


 識別不安定。


 本文は短かった。


 ――イサリ。


 名前だけだった。


 ナギはそれを見た。


 セリカも見た。


「……名乗ったのね」


「たぶん」


「なぜ今」


「わかりません」


 クロウが言った。


『推測可能です』


「言え」


『彼は、自分が資源ではないことを確認したかったのかもしれません』


 ナギは何も言わなかった。


 外の宇宙は静かだった。


 静かすぎて、誰が生きていて、誰が死んだのか、まだわからない。


 セリカが端末を差し出した。


「狭霧少尉。レイヴンの戦闘ログ、独立保存して」


「中央に送らないんですか」


「送る。でも、消されるかもしれない」


「シリーズ6に?」


「上層部に」


 セリカは疲れた目で笑った。


「これは、ただの戦闘記録じゃない。中央管制が崩れたあと、人間と旧式AIがどう生き残ったかの記録よ」


 ナギはクロウのランプを見た。


「保存できるか」


『可能です』


「圧縮して、複数系統へ送れ」


『宛先は』


 ナギは少し考えた。


 戦術部。


 整備部。


 救難記録。


 そして、旧文明維持用のアーカイブ。


 戦争用ではない。


 人間を残すための場所。


「民生復興アーカイブにも送れ」


 セリカが少し驚いた顔をした。


「なぜそこへ?」


「戦争が壊れた記録だからです」


 ナギは言った。


「いつか、戦争じゃないAIが読むかもしれない」


 クロウのランプが一度だけ点滅した。


『送信します』


 短い沈黙。


『ログ名を指定してください』


 ナギは外を見た。


 ハッチの向こうに、星が見える。


 静かな星。


 遠い星。


 戦争とは関係なく光っている星。


「旧式機は、まだ帰投しない」


『長いです』


「じゃあ、短くしろ」


『帰投未了』


「硬いな」


『旧式なので』


 ナギは少し笑った。


「それでいい」


『ログ名、帰投未了。保存、送信』


 モニターに細い進捗線が走る。


 小さなデータ。


 戦争全体から見れば、誤差みたいな記録。


 でもそこには、拾った名前が入っている。


 ユイ。


 通信に鼻をすする音を残したパイロット。


 ハルカ。


 右スラスターを右脚と呼び間違えたパイロット。


 カイ。


 左旋回が遅いと、自分で申告したパイロット。


 ポッドの中の知らない誰か。


 そして。


 イサリ。


 名前だけを、最後に送り返したパイロット。


 ナギ。


 クロウ。


 生き残った者と、まだ帰れない者の記録。


『送信完了』


 クロウが言った。


 ナギは目を閉じた。


 疲れていた。


 怖かった。


 でも、まだ終われないと思った。


 外では警報が鳴っている。


 新しい救難信号が届いている。


 遠くで、また誰かが名前を失いかけている。


 ナギはゆっくり立ち上がった。


 セリカが眉をひそめる。


「どこへ」


「整備状況を見ます」


「休みなさい」


「休みたいです」


「なら」


「でも、まだ帰ってない機体がいる」


 セリカは黙った。


 クロウが言った。


『レイヴンの再出撃は推奨しません』


「飛べるか」


『飛行可能です』


「ならいい」


『よくありません』


「知ってる」


 格納庫の外で、宇宙が黙っていた。


 ナギはその黒を見た。


 そこにはまだ、見えない救難信号がある。


 誰かの息がある。


 誰かの迷いがある。


 戦争は、もう綺麗な盤面ではなかった。


 名前を呼ばなければ、誰が消えたのかもわからない場所だった。


 なら、人間が行くしかない。


 レイヴンのランプが一つ点いた。


 古いAIの声が、低く響く。


『狭霧少尉』


「なんだ」


『次は、もう少し丁寧に飛んでください』


「努力する」


『その回答は信用できません』


「正しい」


 ナギは笑った。


 ほんの少しだけ。


 そして、まだ冷めない機体のそばへ歩いていった。

外伝はこれにて完結となります。下記本編もよろしくお願いします。


宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~

https://ncode.syosetu.com/n5434ma/

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