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臆病者の残すもの  作者: 月見里 朱祢
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木下君

 最後に木下君のことを語ろうと思う。


 木下君は伊沢さんの後釜として入ってきたA社の社員。

「〇〇君」と呼んでいたのは、部署にいるA社の社員の中に同じ苗字の人がいたからだ。私よりも少し若いからというのもあったが。


 木下君は真面目な青年で、勉強熱心だった。

 彼に教えるのは、伊沢さんの役目だ。

 しかし、派遣でも新しい人に教えるのを渋る伊沢さんが、木下君にきちんと教えられるだろうか。


 その答えは程なく出た。

 否である。


 全てとは言わない。

 ただ、派遣サイドとしては、これは知っておいてほしいと思ったものを伊沢さんは教えていなかったのだ。

 伊沢さんが知らなかっただけかもしれないが。


 かつてはあったシステムの練習環境は無くなっていた。

 伊沢さんは、合否を入力することは日常的にはない。確認することはある。

 ただ、検査の登録をし、合否の結果を入力し、結果を記録するというようなことは、する機会はあまりなかった。


 入社したばかりの木下君では、まだほとんどのことは分からなかっただろう。

 伊沢さんの役目と言って、放置してしまったら、真面目な木下君では精神を病んだかもしれない。

派遣の私でも辛い時期があったのだ。そうなることは想像できたし、何より気の毒だった。


 分からないことがあれば聞いてほしい、とは言わなかった。

 よくあるセリフだが、その人が何をどこまで分かるかは分からない。

なので、木下君には「システム合否の入れ方教えてもらったか」「サンプルの表示の見方教えてもらったか」など、具体的に聞くようにしていた。


 もちろん、すぐにではない。

 伊沢さんが教えていると僅かに期待もしていたので、すぐに口は出さなかった。


 後に木下君から聞いた話だが、伊沢さんは最低限のことは教えてくれたが、何度も質問するのは難しかったらしい。とりあえず私や他の人のところへ行き、何が分からないのか、どう質問すればいいのかをはっきりさせてから聞きに行っていた。



 この会社で学んだのは、喧嘩はいつでも売れるが、恩はいつでも売れるわけではない、ということだった。


 伊沢さんには、きつく叱られたことはなかった。

 そんな悪夢は度々見たが。

現実にしたくなくて、伊沢さんやその周りで何かあれば率先して手を貸すようにした。気難しい人ではあったが、恩がある人にはきつい態度をとらないとわかったから。


 あれから何年も時が流れた。


 私はM社を去った。

 定年を延長していた伊沢さんもA社を去ったと耳にした。

 以前畑を借りて野菜を育てるつもりだと言っていた。


 伊沢さんも木下君も家はそれほど遠くないので、いずれまた会うかもしれない。


 元気に過ごしていることを願う。

まとまりの無いものになってしまいましたが、読んでくださってありがとうございました。


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