最初の壁
派遣社員。
その言葉で、どのような仕事を想像するだろう。
私、月見里 朱祢は、とある工場で派遣社員として働いていた。
テレビでCMを見ない日はないであろうほどの有名な会社である。
名前がないと不便なので、とりあえずA社と呼ぶこととしよう。
私が所属したのは、A社の協力会社であるM社だった。
M社のことを知ったのは、職安の求人だった。
募集があったのはA社の品質系の部署だった。化学系の知識がなくても大丈夫、顧客など外部との電話はないとの触れ込みに思わず飛びついた。
電話は得意ではなかった。特に社外の人との電話は、失敗できないという思いからか、抵抗があった。
品質系の部署は二十人ほど。半分はA社の社員、半分は派遣社員といった構成だ。派遣社員は、ほとんどがM社の人だったが、某有名な派遣会社の人もいた。
最初に驚いたのは名前だった。
伊藤、伊沢など、伊の付く名字の人が六人もいたことだった。
A社に二人、残りは派遣。鈴木や斉藤のようなありふれた苗字の人はいなかった。名前が似ていることもあってか、全員の顔と名前を覚えるまで半月ほど掛かってしまった。
私が入社したのは七月上旬。
日の光が眩しく、離れたアスファルトの地面には水があるように見えるような暑い日のことだった。
初日は協力会社での座学だった。工場なので、安全に関する事柄に多くの時間を割いていた。
同じタイミングで入社する人がおらず、厳つい顔の安全担当とマンツーマンとなってしまった。会議室でたった二人だけだったこともあり、少し気まずい気もしたのを覚えている。
部署で働き始めたのは二日目からだった。
私は外観検査の班だった。
教えてくれたのは六十手前の女性、林さんだった。派遣の仕事は派遣が教えるということに、さして疑問は覚えなかった。肝心な所はA社の社員がきちんと教えてくれていたので、そういうものかと思った。
「じゃあ、まずサンプルを回収してこよう」
当たり前の話だが何かを作る時には、その材料となるものが必要になる。味噌汁を作るのに味噌がなければ売っている店へ買いに行く。それと同じように毎日様々な原料が大きなトラックで搬入されていた。納められたそれは、担当部署がサンプルを採取し、所定場所に置いている。メーカーからの書類もあり、それも回収する必要があった。いわゆる試験結果である。家具を買った時などに適合と書かれた紙が付いているのを見たことがある人もいるだろう。そんな感じの書類だ。
入ったばかりでやれることのない私は最初の数日は、言われるがまま頻繁に自分の部署と担当部署とを往復させられたのだが、あれは良くなかったと後に思う。
それから一ヶ月経ったある日のこと。
協力会社に所属する人は出勤時と退勤時、工場の敷地内にある協力会社の事務所が入る建屋へ行き、タイムカードに打刻する。駐車場から歩いて五分以上かかり、途中で他の部署の社員やパートの人たちともすれ違う。
林さんともすれ違う時、いつものように挨拶をした。
ところが、あからさまに避けられたのだ。
私が何かしたのだろうか。しかし、思い当たる節はない。
何かおかしいと感じたのは入社当初からだった。
協力会社の人事担当や部署の課長から
「大丈夫か」
「困ってることはないか」
と聞かれたことだった。
最初の数回は、新入りへの気遣いと受け取っていた。
度々聞かれては何かあるのかと勘繰ってしまうほどだった。
そして林さんの件。
ああこれなのか、と困ると同時に納得してもいた。
理由が分からないので、改善しようもない。
「覚えがいいし、若いから嫉妬しているんじゃないか」
同じ派遣の伊藤という男性には、そう言われたのだった。
人物名は全て仮称ですが、苗字が似ている人が何人もいたのは実話です。




