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ACT.43 Hold the Snake's Head

 アコが呟く。

「ホッジスの言葉だったかな。『合理的人間は相手も合理的に判断すると考えるから誤る』 」

 カネが応じる。

「そうですね。冷静に考えれば、中国もロシアも譲歩して薬を手に入れるのがもっとも合理的判断だったでしょう。しかし、そうはいかなかった」

 俺は思わずつぶやいた。

「なんでまた民族主義なんてものが21世紀も後半になって支持されたんだろう?」

 カネが小さくうなずいて答える。

「カール・マルクスは、宗教は貧民の阿片だと言いましたが、民族主義は下層階級の人々や社会の価値観変化を受け入れられない人々の覚醒剤だからですよ。なにも誇るものがない人でも、自分は栄光ある民族の一人だと威張れるし、民族の伝統だと言えば、不合理なものも正当化できる。とても気分がよくなり万能感が出てくる。不満分子を多く抱える国家にとっては、ありがたい処方です」


 俺はぼんやり思い出した。そういえば21世紀に入ってから、中国やロシアは急激に民族主義的になっていた。たしか中国では日中戦争を題材に、人民解放軍が悪鬼の群れのような日本軍を倒す荒唐無稽な映画が沢山作られていたし、ロシアがウクライナに攻め込んだ理由も「ロシア民族を復活するナチズムから救う」だった。


 カネが続ける。

「中国やロシアでは、ゼフォンが流行り始めたとき、これはアメリカが秘密裏に仕掛けた生物兵器による侵略だ、という噂が民衆の間で広まってました。噂の出どころは分かりませんが、政府の意図的な世論操作だった可能性は否定できません」


 アコが言った。

「もういい。それからどうなったんだ?」

「中国を乗っ取った連中は『黄巾団』と名乗ってました。共産党の紅衛兵とは違うんだ、民族主義なんだと言いたかったようですね」

 たしか黄色こそが中国の伝統的民族色だった。

「彼らは、ペンディング中だったアメリカとの交渉のテーブルをひっくり返しました。要求は単純で、『すぐに一億人分のワクチンをよこせ、十億人分のワクチンを準備しろ』というものです」

「要求を突っぱねたら?」

「中国民衆が味わっている恐怖と悲劇をそのままアメリカに与える、です」

 アコが顔をしかめた。

 カネが続ける。

「同時並行でヨーロッパ情勢もまずいことになりました。ウクライナ軍はクリミア半島に入りセバストポリに進み始め、東部でもマリウポリの奪還に動き始めました」

 地球上の二つの拠点と複数国家どうしが武力衝突に至る。世界大戦だ。


 背後のモニターがヨーロッパの地図に変わった。

「ここで、今度はロシアが、マリウポリに突入しようとしていたウクライナ軍に戦術核兵器を使いました」

 モニターの黒海沿岸にキノコ雲マークがついた。

「それは、いったい……」

「ロシアの理屈では、自分らはインドと同じく、国内に侵攻してきた敵軍を叩いただけだということです」

 どんどん核兵器使用のハードルが下がっていく。


「アメリカのリウ大統領は中国とロシアに交渉テーブルに戻るように促しながら、核攻撃への臨戦態勢を中央軍に指示しました」

「中国は、核ミサイルをグァムとハワイの米軍基地に向け発射しましたが、これは米軍の迎撃で成功しませんでした。中国側も、迎撃は想定済みで、これは本気度を示すブラフだったんでしょう」


 俺はちょっと意外だった。核戦争は一気に始まって収拾がつかなくなるものだと無意識に思っていたからだ。


 アコが尋ねる。

「アメリカは中国を核攻撃しなかったのか?」

「まずは別の形で反撃しました。いわゆるプランHSHですね」

「なんだ、それ?」

「アメリカが対中戦争に関して早い時期から用意して、逐次ブラシアップしてきた計画です。Hold the Snake's Head、つまり……」

「毒蛇の頭を押さえる……?」

「そうです。精鋭部隊が乗り込み国家の舵取りをしている連中を一気に殲滅する作戦です。この作戦は毛沢東が生きていた時からずっと準備されていました」


 そうだ。アメリカが得意とするやり方だ。イラクでもイランでもやった。パナマでもベネズエラでもやったことだが、まさか、中国相手にずっと検討していたとは……。


「インド洋のディエゴガルシア島を飛び立った戦略爆撃機がインド上空を経て成都近郊の黄巾団の本拠地を爆撃し、垂直離着陸機に乗った特殊部隊が侵攻し黄巾団の壊滅作戦を行いました」

「失敗したのか?」

「幹部の大半は殺害されましたが、数人が成都に居合わせませんでした。生き延びた幹部の一人が、青島の海軍基地にいました。中国海軍の将校だった彼は、中国の戦略原子力潜水艦隊に米国への攻撃を命じました」

「それじゃあ、一斉攻撃になるんじゃないのか?」

「そう簡単にはいきません。深い海底にいる戦略原子力潜水艦とは即時に無線連絡はできません。それにアメリカは中国の軍事通信を傍受解読し、戦略原子力潜水艦をほぼすべて常時追跡していました。核攻撃指令を察知し、中国の原潜を一斉に攻撃しました。中国の潜水艦のほとんどが、何が起きていたのかも知らないうちに深海で沈められました」

「じゃあニカラグア沖の一隻は……」

「戦略原子力潜水艦は本国との通信のため、数日に一度、通信ブイを浮かべ、数か月に一度、浮上します。この一艇だけが本国の指示を知り、直ちにミサイルを発射しました。米海軍の攻撃を受けるまでの数分間のことです」

「数分間……」

「上手の手から水がこぼれた、というべきですかね」

「そして……」

「アメリカは青島の海軍基地にSLBMを発射しました」

 背後のモニターに世界地図が再度示された。

 まず、広島と長崎にマークがつく。そして、インド北西部、ウクライナ東部、アメリカ西海岸、そして中国の山東半島……。


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