7 アリアスト子爵夫人との歓談
アリスティールは隣のアリアスト子爵邸の応接室にいた。子爵もしくは夫人にお願いがあったからだ。今は子爵は不在、夫人が出てきてくれるとのことで待っている。
ギースは置いてきた。いたら絶対余計なことを言うのは間違いないからだ。
アリアスト子爵夫人デライラとアリスティールは当たり前だが面識はある。母ソフィアの同級生であり、ギースの母親、両家は王都でも領地でもしょっちゅう行き来する仲である。
だが、個人的には正直に言うと苦手だ。
昔は大好きなおば様だったのだが、前世の記憶が蘇って以降、ギースと共に叱られた記憶が多すぎたからだ。
一対一で話すと考えると身がすくむ、手に「人」という字を書いて何度も飲むくらいに。
今回の用件はできれば手紙を書いた方が、ちゃんと伝わるんじゃないかとさえ思う。
だが、大事なお願いをするのに、紙に書いて渡して、はいどうぞと行くと思えるほど、アリスティールは常識知らずでも楽観主義者でもない。子供一人でお願いするのは最初から無礼は承知だが、それは家族ぐるみの絆に頼っている。
そして、アリスティールは一つだけ、ほぼ確実に説得できるだろうネタを持っていた。
ギースの母デライラが「アリスちゃん、どうしたの?めずらしい」と微笑みながら部屋に入ってきた。
「デライラおばさま、ごきげんよう」
アリスティールは立ち上がり、スカートを両手でつまみ、軽く礼をする。ホストである婦人に、椅子を勧められたので、再度ソファーに腰を降ろした。
メイドが二人分の紅茶を入れ、クッキーを置いて下がったところで、アリスティールは口を開いた。
「本日はおばさまにお願いがあって参りました。」
6歳の子供にしては、ひどく堅苦しいが25歳の大人としての常識が、砕けた口調を許さないのだ。6歳の子供にしては背伸びした、大人ぶり方を夫人は「あら」と目を開きながら受けた。
「アリスちゃん、随分あらたまって何かしら?」
「ギースを、いえ、ギース様を数日お貸しいただきたいのです。泊まりで。」
「隣なのに泊まる必要があるの?」
「実は今父母が不在なのですが、遠縁の者が訪ねて来て我が家に泊まることになったのです。」
「あら、お手伝いが必要?」
「いえ、子爵夫人に来ていただくような身分の方ではないのですが」
あえて、身分の低い知り合いと匂わせる。さすがに、社交界で情報通と知られるデライラ夫人に、シグリート王子が泊まるのを知られると面倒なのだ。そして、先に知ってしまうと、デライラ夫人がまずはご挨拶だ、ソフィアに代わってお世話だとすぐ飛んで来て、アリスティールがやりたいようにはできなくなる。
アリスティールはちょっと困ったような間を入れて、会話に爆弾を投げ入れた。
「その方は私と婚約がどうのと言っているのです。」
「まぁぁぁ、アリスちゃんにもうそんな話が!?」
デライラ婦人の目がギラギラワクワクしてきている。誰?誰?と詰めよって来かねない勢いを感じる。
「相手もギース様と同い年の子供の思い込みなので、大げさな話にはしたくないのです。」
王子と婚約なんて噂がたったら、身の置き所がないくらい注目されてしまう。
「だから、ギース様が泊まってくださって、私たちが仲良くしているのを見れば、その話は自然に無くなると思います。」
アリスは微笑んでみせた、それが望みだと言うように。
ギースは三男だ。だから、いずれ就職して自立するか、どこかの家に婿入りする必要がある、生活のために。そのため、うちによく連れてくるのはその布石だということは、母同士の話を聞くとうすうす分かっていたからだ。
「男性同士として遊び相手になっていただきたいのです。あと、何かの拍子に話が出て、後で私とその方が二人で館で過ごしたと噂が立っても困りますから。」
父母のソフィアやバイエルトも、まんざらではないため、いたずら小僧の訪問は黙認されているのだ。ギースが物を壊しては弁償する羽目になっても、アリアスト子爵は来させ続ける。壊したものは基本倍額くらいの価値の品が送られてきた。子爵家はかなり真剣にプッシュしてきている。
だから、次の言葉に力を込めた。
「私やギース様の将来のために」
デライラ様は私とギースが恋仲になれば万々歳なのだ。だから、別に私とギースの将来が一緒なわけじゃないが、それっぽく勘違いさせるニュアンスを込めた。
うちの館で王子が体調を悪化させて死んだら、多分私の将来は間違いなく吹き飛ぶから間違いではない。
ギースが蛇を王子にプレゼントしようとして、倒れたなんて周囲に知られたら、ギースの命どころか子爵家の将来も危うい。
事実、本当に二人の将来がかかっているのだ。
「まぁぁぁぁ」
デライラ様は結婚式を挙げている二人の将来を想像したのだろう、目をキラキラさせて二つ返事で了承した。ついでにギースの行動で物が壊れても、一切私が責任をとる旨を言わせてもらった。6歳の娘がとれる責任はたかが知れているが、王子がらみとなると父母も了承するはずだ。
デライラ夫人は「助かるわ」と笑ってウインクした。
「アリスちゃん、そのままギースをもらってくれてもいいのよ~」
どうとでもとれる微笑みでデライラの言葉を受けつつ、「命がいくつあっても足りないので、慎んでお断りします」と心の中でつぶやいた。
これで必要なアイテムはゲットした。あとは王子様の目覚めを待つばかりだ。
ちょっと気に入り部分です~




