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04 王子様の噂(3)~初めてのお茶会

 季節は廻り、水の季がやってきた。雪が解けて芽が吹くこの季節は、再会の季節とも言われている。しかし今年の私にとっては、新しい出会いの季節となりそうだ。

 今日は封内の五人の令嬢を招いて、初めてのお茶会だ。主催者であるお母様の挨拶に続き、私からも挨拶をする。


 わたくしのお披露目と友人探しを兼ねて開いたお茶会だもの、頑張らなくては!


「風の神ヒレモシモーナのお導きを嬉しく思います。ラエルティオス公爵領の長女アリアナ・ラエルティオスと申します。皆様方との間に、土の神カーリフィノポロの見守りがございますよう願っております」


 緊張しつつも、自分なりに最上級の笑顔を浮かべて参加者を見回す。

 もちろん令嬢方もお母様方ご同伴でいらっしゃっていて、どの令嬢もお母様も、とても綺麗に装って参加している。女性同士のみのお茶会と言っても、一切気は抜けない。


 今までは、お父様のお手伝いをしている、という体で昼餐にちょこちょこ顔を出していた。言ってしまえば聖女だってお父様のお仕事のお手伝いだし、新規事業とか政策とかで気になるところがあれば前世知識から少し余計なお世話をすることもあるし、まあ、私がお父様のお手伝いをしているというのは嘘ではない。

 相手が信じているかは微妙なところだけれど。

 それでも相手方も、私がいるということで自分の子どもを連れてくることがある。しかし基本的に執務を手伝える子どもというと、息子になることが多い。というか今のところ、娘を連れてきた方はいらっしゃらない。


 お母様はそれをどう思ったのか、急遽お茶会の開催を提案したのだ。アリアナにも令嬢のお友達が必要だわ、と。


 近く土の季に下院に入学する令嬢を中心に、お互いの練習も兼ねてお茶会を開催する慣例がある。要は九歳から十歳の令嬢たちの練習会だ。

 でもお母様は、そこに私をねじ込んだ。

 まだ、七歳の私を。


 正直、年上のお姉様方ばっかりで緊張度が半端ない。精神年齢はともかく、実年齢は最年少だ。

 しかも水の季の開催ということは、入学前に余裕をもって令嬢教育を終わらせられた方……つまりはそれなりの教育を行える家の令嬢たちが来ている。いわゆる上流貴族の子どもたちが多い。

 ……まあ私は、その筆頭である公爵令嬢なんだけれども。


 なんか私のお友達というよりは……お兄様のお嫁さんの地位を狙っている方が多いような……。


 私に対する視線が妙に温かいというか、お母様に向けられる視線に媚びが入っているような気がするというか。

 そんなささやかな不安を抱きつつも、夫人方、令嬢方の自己紹介も終わる。

 自己紹介も、そして座っている場所も、爵位順だ。今日のお茶会は、侯爵家から二組、伯爵家から二組、子爵家から一組の親子にご出席いただいているので、私とお母様はそれぞれの侯爵家に挟まれて座っている。計十二人が座る大きな丸机では、一番遠い席に座る子爵家とは会話なんてできそうにない。


 ちなみにお母様の隣はタラサディティカ侯爵夫人だが、私の隣は、ゼニファーフィボーノ侯爵夫人。あの活発そうな目をしたコンスタンティンのお母様だ。

 一度挨拶したことのある夫人に、少しだけほっとする。


「先日はコンスタンティンがお世話になったようですね」

「とんでもございません、わたくしの方こそお世話になってしまいましたわ。火の神カフトカルケリーに愛されているのでしょうか、楽しいお話しをたくさんしてくださいました」

「まあ、そうでしたの。コンスタンティンも隅に置けないわ」


 ふふふ、と嬉しそうに夫人が笑うので、私もニコ、と笑顔で返しておく。

 コンスタンティンの金髪と深緑の瞳は父親似なのだろう、夫人は赤毛に栗色の瞳だ。でも好奇心旺盛そうな雰囲気は、間違いなく夫人を受け継いでいると思う。夫人は噂話が大好きだと聞いている。

 あまりコンスタンティンの話を広げたくもないし、夫人の噂話をうまく躱せる自信もないので、夫人の隣にいるガラテアに話しかけてみる。私の一つ上で、コンスタンティンとは年子である。


「ガラテア様、素敵な衣装を召されていらっしゃいますのね」

「ありがとうございます、アリアナ様。アリアナ様のご衣装もとてもお似合いですわ」

「ありがとうございます。あら、ガラテア様のその胸飾り……もしかしてご夫人とおそろいでしょうか。とても綺麗ですね」


 ふと目に入った立体的に花を模っているそのブローチは、金の枠組みに微かに透ける色硝子が嵌め込まれている。色硝子は複数色が使われているけれど暖色でまとめられていて、とても美しい。

 ガラテアと夫人の赤毛によく似合っている。


「まあ、ありがとうございます。よく気付いてくださいましたわ」


 夫人が本当に嬉しそうに返す。


「ふふ、五つ上の姉が下院を卒業した際に、封都で買ってきてくださったのですよ」

「まあ封都の。とても素敵なお姉さまですわね」


 夫人の言葉をガラテアが補足する。娘からもらったものなら、なるほどそれは確かに嬉しいだろう。納得して、夫人に柔らかい笑みを向ける。

 するとガラテアが、今思い出しました、というような体でおもむろに口を開く。


「……そういえば姉から聞いたのですけれど、クセノフォン様は土の神カーリフィノポロにとても愛されているようですね」


 思わずガラテアを見て、お兄様との年齢差を計算してしまう。

 もちろん私は笑みを絶やしていないし、ガラテアも人好きのする笑みを浮かべている。でも今の言葉は、お兄様は多くの才能を持っていらっしゃるようね、という意味だと思う。ガラテアや夫人の出す雰囲気から、嫌味などではなく、純粋にお兄様のお話しを聞きたいのだと伺える。


 ……四つ差か。いやガラテアのお姉様もありえるわ。


 ガラテアの姉は下院で二年間被っていたわけだし、下院での様子を知っているだろう。ガラテアも少なからずその話を聞いていて、家でのお兄様の様子を知りたいのかもしれない。

 ところが残念ながら、お兄様は滅多に我が家に帰ってこない。

 下院在学中は季節終わりに二週間の休みがあるはずだが、お兄様が帰ってくるのは土の季の狩猟大会と、学年終わりだけだ。ここ二年半のお兄様の様子は、休暇の時に帰ってくる数日間しかしらない。

 もちろん会えばたくさん甘やかしてはくれるけれど……主にベラを。


 話せることがあまりないのも本当だが、加えて間に挟まれた夫人が、なんだか怖い。下手なことを話してどんな噂に発展するのかも怖いけれど、娘の旦那候補を見極めようとしているのがなんとなく伝わってくるのだ。

 ここはお兄様への褒め言葉は純粋に捉えておいて、ついでにお兄様とは仲が良いのですよ、という雰囲気を出すぐらいでいいか。


「下院で火の神カフトカルケリーのご加護を得ているようです。進学してお会いできる日は減りましたが、会えばいつも優しくしてくださいますわ」


 首席なのに謙遜するのも違和感があるので、お兄様の才能に対しては直接触れないようにしつつも、楽しんで勉強しているみたいです、と伝えておく。帰って来ないぐらいなのだから、嘘ではないに違いない。下院の様子はあまり知らないけど。

 そしてガラテアが聞きたいであろうお兄様の家での様子については、私の感想にすり替えておく。ついでに牽制だ。

 まあ、お兄様を狙うのなら私とも仲良くしてくださいね、というごくごく簡単なお話しだと思う。


「まあ、素敵なお兄様ですわね」

「憧れのお兄様ですの」


 うふふ、おほほ、と笑顔で会話する。


 そんな風にしばらく和やかにお話ししていると、自然な流れでお母様達と席を分けられた。今度は子どもだけで、一回り小さくなった丸机を囲む。

 先ほどまであった緊張感がいくらか和らぎ、仲良くお話ししましょうか、といったような雰囲気が少し出ている気がする。お母様方が同じテーブルにいると、どこかピリピリした空気が流れていて心臓に悪いのだ。

 お母様方からすれば、どの令嬢も自分の娘の友人になりえると同時に、自分の息子の将来の嫁候補でもあり、更には自分の娘の嫁ぎ先を思えばライバルでもある。厳しい目になってしまうのもやむを得ないだろう。


 子どもしかいなくとも、やはり爵位順だ。


 私の右隣りには、ガラテアに続いて二人目の侯爵令嬢、タラサディティカ侯爵の長女であるメリーナが座っている。今年十歳になる彼女は、なんだかオーラがあるというか、気迫がある。艶はあるが硬そうな金髪を巻き、赤茶色の瞳は意志の強そうな印象を与える。乗馬が趣味だという。


 さらにその隣、メリーナの奥には、トノティーオテロシメイオ伯爵の長女で、今年で九歳になるヘレナが座っている。封内では最南端に位置するトノティーオテロシメイオらしく、他の令嬢に比べるとやや日焼けしているようにも見える健康的な肌をしており、栗色の髪とこげ茶色の瞳をしている。なんというか、品はあるけれど、印象に残りにくそうな雰囲気をしている。舞踏が得意だとか。


 私の正面、つまり一番遠い席に座っているのは、ポタモスキーサラサ子爵の二女のナタリアだ。ナタリアは、メリーナと同じく今年で十歳になる。橙色に近い赤毛に濃い灰色の瞳、そしてややそばかすの残る白い肌をしている。どこか素朴な雰囲気のある可愛らしい令嬢だ。刺繍が好きです、とのことだ。


 ナタリア嬢の右隣に座っているのは、ヴォリアークロ伯爵の三女であるイオアンナ、今年で九歳。白銀色の艶のある美しい髪に、アイスブルーの瞳を持っている。肌もずば抜けて白く、なるほど北端を治めるヴォリアークロ領らしいと感じる。その色味とキリっとした目も相まって、どこか冷たい印象を与える。楽器演奏が好きだという。


 そしてイオアンナと私の間に座っているのは、先ほどもお話ししていたガラテア、こちらも今年で九歳だ。母親似だろう赤毛に、父親似だろう深緑の瞳をしている。少し話した感じ、やはりコンスタンティンと似て腹芸は苦手そうである。絵画が趣味とのことだ。


 改めて自己紹介をし、それとなく話し始める。といっても話題に困ったので、とりあえず下院の勉強について話題を振ってみた。しかし反応はいまいちだったうえに、話を振って早々に自分が話題についていけなくなる。

 よくよく考えれば年齢が違えば進度も違うし、そもそも好きなところから勉強を始めた私は、自分が何年次の部分を勉強しているのかもわかっていなかった。

 私が困っているのを察してくれたのか、右隣に座るメリーナが話題を振ってくれた。


「そういえばわたくし、先日封都に下院を見学に行って参りましたの」


 下院つながりは残しつつ勉強から話題を逸らす技術……、見習わねば!


「下院はいかがでしたか?」

「とても大きく美しい建物でしたわ。土の季から通うのが楽しみになりました」


 まあ、それはいいですね、と和やかに会話が進む。

 自分が通うところだと思えば興味も沸くだろう。私にとっては二年後の話になるので、いまいちぴんと来ない。そういえば、封都に行ったことさえない。


「封都はいかがでしたか?わたくし、まだ行ったことがないんですの」

「そうなんですの?とても綺麗に整っている街で、封主館もとても広いんですのよ」

「まあ、封主館に行ったことがおありで?」

「ええ、封主様のご子息と同じ年ですので、下院の入学前にご挨拶も兼ねて……」


 メリーナといろいろな令嬢が順にやりとりしていたが、封主のご子息の話が出た途端、令嬢達の空気がざわっとした。


 ん?なんで?


 きょろ、と令嬢たちの顔を見回すが、さすが令嬢、表情からは読み取れない。


「あ、違いますのよ、お互い親同士の用事があって、相手方のご子息も本当にたまたま都合が合っただけだったのですけれど、ちょうど良いから、とご挨拶だけさせていただきましたの」


 メリーナが少し慌てたように言って、理解した。なるほど、婚約したのでは、と邪推したのか。

 でもメリーナの言い回しでは誤解は解けないだろう。親同士が示し合わせた可能性も捨てきれないのだから。

 とはいえ、令嬢たちは一応の納得を示して見せた。


「そうでしたか、ちょうどよかったのですね」

「ええ」

「ちなみにご子息はいかがでしたか?」

「そうですわね……陽によって輝きの変わる美しい茶髪に、優し気な薄茶色の瞳をしておりましたわ」

「まあ、雰囲気のよさそうな方ね」

「あまりお話しはできませんでしたが、とても優しそうな方でしたわ」


 ご子息の話を聞いて、みんなしてきゃっきゃっしている。先ほど一瞬出た剣呑な雰囲気が嘘のようだ。

 私も笑って会話を聞くが、やはり顔の見えない相手ではあまり興味も湧かない。さり気なく話題転換を図る。


「そういえば封都といえば、お店もたくさんあるのでしょうか?」

「ええ、王都ほどではないけれど、素敵なお店がたくさんありますわ」

「何かお買い物はされたのですか?」

「お父様にお帽子を買っていただきましたわ」

「まあ、良いですわね。どのようなお帽子ですの?」

「今日は生憎被ってこなかったんですの……。鍔の広い白い帽子ですわ」

「これからの季節、白い帽子は涼し気で良いですわね」

「機会があったら是非見てみたいわ」

「わたくしも」

「ええ、喜んでお持ちしますわ」

「そうだわ、アリアナ様、一度行ってみたらいかがでしょう。ラエルティオス領からだったらそこまで遠くはないはずですわ」

「確かにそうですわ……今度おねだりしてみようかしら」


 ぽんぽんと進む会話に瞬きをしていたら、水を向けられてしまった。

 でも確かに、王都と違って何日もかかるような距離ではない。お父様はいい顔をしないかもしれないけど、きっとダメとは言わないだろう。それに封都に行ったら、お兄様にも会えるかもしれない。

 ふふふ、と封都に行く日を思い浮かべて笑う。


 下院に入学したら、自分でおでかけして買い物したりもできるのかしら?


 その後は封都の話からガラテアに胸飾りの話を振ったり、そこから他の令嬢が自分の装飾品への思い入れを語ったりしながらも、お茶会は順調に進んでいった。

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